第八章「密入国」
第八章「密入国」
「門は明朝まで開かんよ。戻りな」
そういいながら、貧相な格好をした門番は、こちらを追い払う様に手を振る。
貧相な格好をしながらも、腰に差した刀と、後ろに仲間が控えているという状況が、彼を強気にしているのであろう。
明らかに軍人である、リリアーナ達を小馬鹿にするような態度を見せる男は、その実力を考えると、リリアーナに苛立ちより哀れみの方を強く感じられた。
「おや、閉門までは、まだお時間があったかと思いましたが」
柔和な笑みを浮かべながらも、どこか苛立ちを感じさせる声でネーナが門番の男に問いかける。
「その時間を決めるのが、俺達だよ。別嬪さん。どちらにせよ、ここは開かないんだ。一旦出直しな。いや、それとも後ろの姉ちゃんも含めて、俺達と一晩過ごすかい?」
下種な笑みを浮かべながら、門番達は、リリアーナ達を品定めをするように無遠慮に眺めてくる。
その不快な視線に苛立ちを感じながらも、リリアーナは、何も語らずにネーナと門番達のやり取りを見守る。
ここで下手に事を荒立てる必要はない。
そう考えているからこその対応である。
「申し訳ございませんが、私たちは用事があり長居ができないんですよ。ただ、身代わりはありますが」
ネーナは、上品に笑いながら後ろのグロックに合図をする。
するとグロックはつまらなそうに、懐から金貨が入った袋を取り出すと、中身を見せつけるように門番達に口を開いて見せ、それをそのまま彼らの前に放り投げた。
ゴクリと喉を鳴らすような音が門番達の方から聞こえる。
「いや、それでも十分ですよ。おい」
先程までの態度はどこへやら。
既に金貨に目が向いている門番達は、おざなりにリリアーナ達の偽の旅券を確認すると、そのまま門を開き、彼女達を門の向こうへと案内をした。
「ようこそ。バリスへ。どうぞお楽しみをください」
門番達のわざとらしい笑みを背中で受けながら、リリアーナ達は、そのままバリスの街の中へと歩を進めた。
「ここが灰色の街バリスですか。いや国境付近で戦乱に巻き込まれやすい街とは聞いておりましたが思ったより活気がありますね」
この街が初めてらしいラルフがどこか感心したように感想を漏らす。
もっともその声に応える者はいなかったが。
灰色の街と言われるバリス。
ハイルフォード王国とフリーラス共和国の国境沿いにあるこの街は、両国の戦禍に巻き込まれやすく、また支配する国がよく変わることで有名な場所である。
今現在この街の支配層は、昨今情勢を鑑みてかフリーラス共和国に近づいているようであるが、街の中には明らかに共和国の敵国であるはずのハイルフォード王国の関係者が歩いている様子が見られる。
そして、その横をフリーラス共和国の軍人が見回りをしているという異様な光景が広がっていた。
敵国に所属し合っている両者は近づいた瞬間、互いに相手に敵意の籠った視線を一瞬向けあったが、そのまま言葉も交わすこともなく自分の連れ合いと共に、それぞれ夜の街に姿を消していった。
「さあ、こちらに。会わせたい方がいます」
そんな様子を物珍しそうに眺めているリリアーナとラルフに対し、ネーナが声をかけて裏通りに誘導をする。
その言葉に従い、二人も裏通りを進む。
はっきりとした状況が分からないままであったが、今は、彼女の指示に従うしかなかった。
「それで、ここからどうするつもり?」
だが裏通りを進む中、状況も何も説明せずに、こちらに指示だけを出すネーナに苛立ちを感じたリリアーナは、それをぶつけるように目の前を歩くネーナとグロックに問いかける。
最も、その問いかけに応えはなかったが。
「どうぞ。こちらです」
ネーナからこちらに言葉が戻ってきたのは、それから十分後。
古びた居酒屋の入口の戸を開けながら、ネーナは、リリアーナ達に中に入るように手招いていた。
そんな彼女の態度に苛立ちを感じながらも、リリアーナは警戒を怠らずに店内に歩を進めた。
「いや、お待たせをしましたね。申し訳ありません」
リリアーナとラルフが店内に入ったことを確認し、ネーナとグロックは入り口の戸を閉めて、わざとらしく奥にいる人物に声をかける。
「なに。大したことはありませんよ。ネーナ様。それでこの方々が例の人物ですか?」
暗い店内の奥から、横柄な声で返事が戻ってくる。
その言葉に釣られて奥に目を向けたリリアーナの視界に飛び込んできたのは、肥満がひどい大柄な身体を椅子に預け、安そうな酒を口に運んでいる無精ひげを生やした小汚い初老の男性であった。
その周囲には、複数人の護衛と思われる男達がこちらを警戒するような視線を向けている。
「リリアーナ様、この者達は…」
ラルフは、リリアーナに対して語りかけようとするが、リリアーナはそれを目で制し、その先の言葉を止めるが懸念は十分に伝わっていた。
その装いから目の前にいる人物たちはフリーラス共和国の軍人であることは明らかであった。
本来であれば、敵である共和国の軍人たち。
だが、目の前でのやり取りを見る限り、こちらへの敵意はないのであろう。
ならば、無駄に争う必要もない。
「えぇ。事前にお話ししていた者達です。では取引を始めましょうか。ボーヤン様」
ネーナがわざとらしく語りかけながら、ボーヤンという男の前の席を引き腰掛け、同時にリリアーナ達にも座るように促す。
「失礼するわ」
こちらに不安そうな表情を向けているラルフに頷きながら、リリアーナは席に着く。
それに合わせて、ラルフとグロックも席に着く。
「さて自己紹介をさせて頂こうか。私の名はボーヤン。フリーラス共和国第七特務隊所属だ」
全員が席に座ったことを確認して、ボーヤンがこちらに語りかけてくる。
「まあまだっるこしい話は無しだ。諸君、こいつの始末に協力をしてくれないかね?」
そうしてボーヤンが一枚の写真を差し出してくる。
そこには、セレトの顔がしっかりと映し出されていた。
第九章に続く




