幕間2-7
幕間2-7
「さて私の方で、貴公らを助けてやってもいいが、どうするかね?」
目の前でこちらに怪訝な表情を向けてくるワーナスとカサルに向けて芝居がかった態度でセレトは語り掛ける。
「助ける?プパトルの犬に過ぎない一兵士がこの状況でどうやって?」
ワーナスは、猜疑心に溢れた目でこちらを見つめながら、疑惑に満ちた声で問いかけてくる。
カサルは、そんなワーナスを庇うかのように彼女の前に武器を手に立ち塞がり、こちらを睨みつけている。
一兵士。
その言葉にセレトは苦笑をし、後ろのアリアナが不快そうに鼻を鳴らすのが聞こえる。
だがワーナスの言葉は、今のセレト達の状況を端的に表していた。
バファットと、リーナという名前を与えられ、プパトルの下でつまらない仕事をこなしているだけの使いっ走り。
多少の力があろうとも、所詮は、ただの一介の兵士に過ぎない。
「一兵士に過ぎなくても、お前らを助けてやるぐらいの力は持っているさ」
だが、この二人を利用すれば、こんな状況を抜け出すための一手を得ることができる。
最もあまり時間をかけることはできない。
もう少しするとプパトル達が.こちらの様子を確認に来る段取りとなっている。
故に話をすぐに進める必要があり、その思いがセレトの口を軽くしていた。
「はっ!お前らのボスであるプパトル様様は、私たちを見捨てたんだよ!あいつは気に喰わないが、この辺りでは絶大な権力を持っている!お前みたいなやつが何ができる!」
それなりに美しい顔を歪めながらワーナスはヒステリックに叫ぶ。
そんなワーナス達を眺めながら、セレトはつまらなそうに転がっている死体に黒霧を纏わさせる。
怪訝そうな表情で、そんなセレトの動きを見張っていたワーナスとカサルであったが、黒霧が晴れた瞬間、驚きの表情を見せる。
そこには、焼け焦げて細かい判別こそできなかったが、ワーナスとカサルに似た体格の死体が二つ転がっていた。
「身代わりを仕上げてやった。最も、回答次第で、この本物を作ってもいいんだがね」
わざとらしく笑いながら、安っぽい脅迫の台詞を吐く。
あまり好みの方法ではなかったが、身代わりの死体を見た二人の表情を見る二、その効果は絶大であったようである。
「それで、そちらは何を望む?」
警戒した声でカサルが問いかけてくる。
「そうね。そちらの要求次第ね」
そして後ろにいるワーナスが震えながらも、こちらに同じく問いかけてくる。
最も、この二人の表情には打算が現れており、セレトの次の言葉を待っていた。
「何、こちらの要求は大したことじゃない」
そんな二人を面白げに眺めながら、セレトは口を開く。
二人が息をのむ。
後ろに控えたアリアナは、どこかつまらなそうにため息をつく。
「俺と、こいつに、お前らの界隈で動くための人脈と身分をくれ」
そしてセレトは笑いながら要求を口にする。
アリアナが後ろで呆れたように大きく、再度こちらに聞かせるかのように溜息をつく。
要求を聞いた二人は、セレトの言葉に混乱をしたような表情を浮かべる。
当然だ。
セレトの要求は、裏社会に通じている二人にとってはあまりに軽い。
だが、セレトが最も必要としているものでもある。
「それぐらいの話なら問題ない。力になれるだろう。バファット」
ワーナスは、ほっとしたように、だがどこかこちらを疑うような目で見ながら応える。
「しかし、具体的にどうしてほしいのだ?我々は、今回の襲撃でほとんど力を失った。できることは決して多くないぞ」
だがカサルは、こちらにくぎを刺すように言葉を補足する。
「セレ、バファット様。あまりお時間がありません」
そしてそんな二人の言葉を遮るように、アリアナが注意を飛ばす。
「あぁわかっている」
そんなアリアナに向けて頷ぎながら、セレトは笑いながら二人に向き直る。
「何、私が望んでいるのは大した話ではない。このままお前らを逃がしてやるから、俺達が今後、この国の裏側の人物達と接触するためのルートを、お前らのコネで作っておいてほしいだけだ」
そう言いながら、セレトは、金貨を数枚二人に投げ渡す。
「当面の路銀だ。さて、さっさと立ち去れ。あぁそれとこいつも必要だったな」
屈辱に満ちた表情で、金貨を拾おうとする二人の影に向けて、セレトは黒霧を放つ。
「なんだ?!」
突然のことに驚きを見せる二人の前で、黒霧は、影の中に吸い込まれていく。
「何、大したものじゃない。今後こちらから何かあった時に連絡をするための手段さ」
そんなセレトの言葉に呼応するように、二人の影の中に、一瞬複数の目玉が浮かぶ。
「そして監視も兼ねているわけか。不愉快な男だ」
ワーナスが、ぼそりと呟くが、それをセレトは無視する。
いずれにせよ、これで種をまくことはできた。
後は、それが芽吹くのを待つだけである。
「何をお考えなのですか?」
二人が立ち去った後、死体に偽装工作をしているセレトに向けてアリアナが問いかけてくる。
「何、あんなものでも何かの役に立つかもしれないだろ?」
そんなアリアナに向けてはぐらかす様にセレトは応える。
「それは、そうかもしれませんが」
アリアナは、納得をしていない表情で応えるが、それ以上の詮索はしてこない。
「まあ、その件は後にするぞ」
部下を引き連れ、部屋に入ってきたプパトルを尻目に、セレトは声を落とし、アリアナも頷く。
「派手にやったな」
開口一番、この部屋の惨状を目にプパトルは不愉快そうにこぼす。
「あぁ。あんたに頼まれた通りの仕事だ」
そう返しながら、セレトはワーナスに偽装した死体を蹴飛ばす。
「ふざけるな!俺が命じたのは、こいつらとの話し合いだ。皆殺し等、いつ求めた?」
そんなセレトに対し、プパトルは怒鳴り声を響かせる。
「おや?貴方の親書は、彼らを正当防衛、あるいは王国への反逆で処刑するための道具ではなかったのですか?」
意外そうな表情を向けながら、セレトは、プパトルに当てこすりのような言葉を返す。
大方、馬鹿な犯罪組織をけしかけて共倒れを狙ったのであろうが、その思慮の浅さにセレトは呆れを通り越し、もはや哀れみを感じていた。
「何を言っている!あれは、先の依頼に関する礼と奴らに行動を控えるように命じるだけのものだ!貴様、何か余計なことを言ったな!」
だがプパトルは、本気で怒りを見せながら、忌々しそうにカサルの死体に目線を向ける。
「おや、それは失礼しました」
そんなプパトルの様子を見ながら、セレトは、とりあえず謝罪の意を示す。
しかし同時にプパトルの様子から、自分もプパトルも知らない、新たな陰謀の気配を感じていた。




