幕間2-6
幕間2-6
「何の用だ?」
スラム抜けた先、周囲の状況とは似合わない立派な屋敷の門番の男は、不機嫌そうにセレトを怒鳴りつけてくる。
閉じられた門の前には、男が三人。
こちらを怒鳴りつけてきている男の手には、拳銃が握られており、奥にいる二人も刀に手をかけていつでも抜刀ができるように構えている。
勿論、この三人を無力化をすることはセレトにとって難しくはない。
現に、後ろに控えているアリアナは、すぐにでも目の前にいる男たちに向けて魔力を込め始めている。
最も今日は、揉め事を起こしに来たわけではない。
相手の出方にもよるが、ただの会合で済ませるつもりであった。
「プパトルの使いだ。さっさと通せ」
だが、相手の高圧的な態度が癪に障ったのか、自然とセレトの口調も荒くなる。
当然、その口調は相手を刺激し、場の空気は一気に張り詰めた物となった。
そんな状況の移り変わりを見ながら、セレトは、自身の失敗を反省する。
プパトルに命じられたつまらない仕事ということもあり、どこか自分の中で投げやりな気持ちがあったが、その結果として、余計な争いを生み出してしまったのは完全な失策であった。
目の前の男達は、明らかにこちらに敵意を剥き出しにしており、それをうまく収める方法はすぐには思いつかなかった。
「お前ら控えろ!その方は客人だ」
だが、その不穏な空気は、奥から響く大声で一気に消し飛ぶ。
そしてやかましい足音を響かせながら門が開き、その声の主、屋敷の主の右腕カサルが姿を現した。
この辺りを暴力で支配している組織の幹部とは思えない程、華奢な体つきであるが、その目は鋭く、どこか凄みがある。
当然、門番達からすれば雲の上のような存在である。
すぐにカサルの言葉に従い、彼らは武器を下した。
最も、こちらに向けられたその表情は、先程までとは変わらずに敵意がしっかりと表れていたが。
「確かバファット様と、リーナ様でしたな。プパトル様より話を伺っております」
カサルは、そんな周囲の門番達を一瞥しながら、二人が今使っている偽名で呼ぶ。
「申し訳ありませんな。急な来訪で」
セレトは、わざとらしい笑みを浮かべながらそんな門番達の前を悠々と歩き屋敷に入る。
「何、こちらも不手際がありご迷惑をかけた。申し訳ない」
そんなセレトに対し、カサルはわざとらしく謝罪の意を伝え、屋敷に招き入れる。
そんな雑談を交わしながら屋敷の中に入ると、そこには外のスラムからは想像がつかない程の豪華絢爛な空間が広がっていた。
大理石が敷き詰められた床の広々としたホール、そこに並べられた光り輝く調度品、そして各居室に通じる背が高い扉は非常に希少な木材で作られている。
この屋敷の主は、ゴミ溜めのようなスラムの中で、少なくとも王国の下手な貴族よりも豪勢な暮らしをしているのは間違いはないのであろう。
「こっちだ」
屋敷の様子を眺めているセレトに対し、カサルが一本の廊下を示しながら声をかける。
その言葉に頷き、セレトとアリアナは、先導をするカサルの後に続く。
「悪趣味」
屋敷の中を進みながら、アリアナがふと呟く。
幸い、前を進むカサルの耳には届いていないようであったが、セレトもその言葉には同意の意を示すように軽く頷く。
屋敷に置かれている家具は、確かに一目見て高級品と分かる物であったが、その組み合わせはめちゃくちゃであり、ただただ如何にも高級品を並べただけという成金趣味丸出しのものである。
また、この屋敷の主の趣味なのか、全体的に輝きを重視しているような数々の調度品により、室内は下品に落ち着きがなく輝いてた。
「ここで少し待ってくれ」
屋敷の奥、一際立派な扉の前につくと、カサルは扉をノックもせずに室内に入っていった。
「どう出てきますかね?」
アリアナは、不愉快そうに周囲の様子を眺めると呟くようにセレトに問いかけてくる。
「さあな、だが、俺達には関係がないことだ」
セレトはめんどくさそうに応える。
その声にアリアナは軽く頷き、そのまま口を閉じた。
「入り給え」
数分後、カサルがドアを開けてセレト達を招き入れる。
その言葉に従い、セレトとアリアナは導かれるまま部屋に入った。
通された室内は、屋敷でこれまで見てきた場所と違い、非常に落ち着いた空間となっていた。
黒を基調とした木製の家具を中心に、所々アクセントのように古いアーティファクトが飾られている。
「それでプパトルは、どのような話を持ってきたんだい」
その落ち着きのある部屋の奥、黒塗りの執務机の先から妙齢のそれなりな美女が、こちらに問いかけてくる。
彼女とセレトの間には、彼女の護衛五名が立ちはだかり、セレトとアリアナの後ろには、カサルが控えていた。
「あー、ワースナ夫人、お会いでき幸栄です」
セレトは、そんな夫人に対して、わざとらしく挨拶をする。
「無駄な言葉はいらないわ。貴方みたいな下郎は、こちらの時間を無駄にせずさっさと必要なことだけを話しなさい」
だが、その言葉は、ヒステリックな声によって遮られる。
「これは失礼。では、伝言をお伝えをしましょう」
そう言いながら、セレトは懐に手を入れる。
瞬間、周囲の護衛達が一斉に動き出す。
「こちらを。プパトルからの言伝です」
そんな周囲の様子も気にもせず、セレトは懐から取り出した羊皮紙をワースナの机の上に置く。
「確認しましょう」
恩着せがましく、さも大儀なことをするかのようにワースナは羊皮紙を開き、その中身に目を通す。
周囲の護衛とカサルは、こちらの挙動を見逃さぬよう視線を向け、もし少しでも怪しい素振りを見せたらすぐに切りかからんばかりの勢いである。
そんな周囲の様子も意に介さず、セレトとアリアナは、目の前の女性が羊皮紙を読み終えるのを待っていた。
羊皮紙に何が書いてあるかは、セレト達も知らされていなかったが、その中身は碌なものではないのであろう。
それは、目の前で読み進めるにつれ、その美しい顔を徐々に歪めているワースナの様子からも見て取れた。
「それで。お前は、どうしろと命令を受けているんだい?」
書面を読み終えたワースナは、セレトとアリアナを睨みつけながらこちらを詰問してくる。
「おや、どんな事が記されていましたか?生憎、私には中身は伝えられていないものでして」
わざとらしい笑みを浮かべながら、セレトは応える。
周囲の護衛達が徐々にこちらに距離をつめようとしている様子が目に入る。
「ほう。なら教えてやろう。お前達のボスは、私達を処分する旨をご丁寧にお手紙で教えてくださったのさ。さんざんこれまで我々と繋がり、甘い蜜を吸いながら、用がなくなった瞬間にこちらを捨てようとするわけだ」
ワーナスは、怒りを抑えようともせずにこちらを睨みながら言葉を吐き捨てる。
「おやおや。それは大変失礼を。プパトルにはよく伝えておきますよ」
嘲りの笑みを隠そうともせず、セレトは適当に言葉を返す。
その後ろでは、アリアナが笑いを隠せないのかわざとらしく咳をしている。
「ふざけるなぁ!」
瞬間、ワーナスが怒鳴り、同時に護衛とカサルが一斉に動き出した。
アーティファクトも構えた敵が六名。
セレト達を取り囲むように殺意を込めた動きでこちらに襲い掛かってくる。
「ふざけたつもりはないんだがね」
だがセレトは、呆れたように言葉を漏らすと、腕を一振りする。
瞬間、大量の影で作られたナイフが周囲に放たれる。
「ぐええ!」
「があああ!」
「たっ助け…」
様々な叫び声が響き、五名の護衛があっけなく倒れる。
「なっ何事?!」
ワーナスが驚きの声を上げる。
その顔に向けて、アリアナが闇の炎を放つ。
「おさがりを!」
カサルがアリアナの闇の炎を弾き飛ばしながら彼女をの目の前に飛び込み、主を守るようにこちらに武器を向けている。
「ほう、あの攻撃を防ぐか。思ったよりやるじゃないか」
セレトは笑いながら、目の前のカサルに語りかける。
そんなセレトの言葉に応えることなく、カサルは、こちらの隙を伺っている。
田舎のマフィア程度と侮っていたが、セレトが思ったよりも、腕が立つメンバーが揃っているようであった。
「わかった。君と一つ取引をしよう」
故にセレトは、笑いながら展開している魔術を解除し、ワーナスとカサルに話しかける。
「取引?」
カサルが怪訝そうな表情で、こちらの言葉に反応をする。
取引にという言葉に興味を持った。
そのことに勝利を確信しながら、セレトは笑みを浮かべる。
「何、大した話ではない。君たち二人にとって悪くはない話だよ」
話の流れが分からぬアリアナが背後で困惑をしている様子が伝わる。
ワーナスは、眉間に皺を寄せながら、これが起死回生の一手に繋がるか計算をしている。
そしてカサルは、こちらの次の言葉を待っていた。
セレトは、唇を軽く舐めると次の言葉を発するため、口を開いた。




