第六章「道を違える」
第六章「道を違える」
「グロックさん。その武器を抜くという行動、本来であればかなり礼を失した行いであることは、重々承知しております。ただ、貴方には理解できないことだらけでしょう。故に、その非礼は見逃します」
リーダー格と思しき男が、対峙し武器を構えたグロックと、彼に対して露骨な敵意を見せていた男の間に入りながら、丁寧な口調で、ただしグロックに対する侮蔑を隠そうともせずに宥めるような言葉を発する。
「ほう。それは失礼をした。なら、学のない私にも合理的な理由を説明をしてほしいものだな」
しかし事情も知らずい、学もない傭兵風情が、この会話に入ってくることを小馬鹿にしたような言葉であったが、グロックは、その言葉を飲み込み、多少理性的に応える。
「何、簡単な話ですよ。この部隊の隊長はリリアーナ様ですが、我々はその上からの密命を受けており、そのための独自権限を与えられているのですよ」
言葉づかいは丁寧だが、その言葉の端々には、露骨な軽蔑が見て取れる。
「なるほど。なら仕方がないのかね」
グロックも、その態度にふさわしい嫌味な声で言葉を返す。
最も、彼もこれ以上無駄に言い争いを続ける気はない模様だった。
その様子を見ながら、リリアーナは安堵をする。
フォルタスの部下達が勝手な行動をする点は、正直な話好ましいものではないが、味方同士で争う方がもっと馬鹿臭い。
だが、目の前の二人の様子を見ている限り、少なくてもそのような危機は回避できたように思えた。
「あぁそうだよ。わかったらお前は剣だけ振っていればいいんだよ!」
しかし、そんなリリアーナの期待、いやグロックや、彼と話していた男の気持ちを裏切るように、もう一人のフォルタスの部下、当初から喧嘩腰であった男の侮辱の声が響く。
「お前!」
男の仲間が、窘めるような声を上げる。
ガキン。
だが、そのような言葉が終わる前に、グロックは武器を抜いて切り掛かる。
挑発をした男も慌てて抜いた剣でその一撃を受ける。
「くそ!傭兵風情が何をしやがる!」
明らかにグロックに力負けをしている男は、慌てた様な声で叫ぶ。
「二度と、俺に舐めた口を利くんじゃない!」
そんな男にグロックは鋭く一声をかけると、そのまま武器を下す。
切り掛かれた男は、グロックを睨みつけながらも、その実力差を思い知ったのか、口を開かずにいる。
その様子を見て、リリアーナはため息をつく。
「失礼しました。グロック様。ただ私共は決してあなたをないがしろにするつもりはなく…」
リーダー格の男は、慌てたように、先程まで以上に丁寧な言葉でグロックに謝罪をする。
彼も、少なくても、自分より強い男と争う気はないのであろう。
グロックは、そんな二人を見て、つまらなそうに鼻を鳴らすと、そのまま方向を変えて立ち去って行った。
「おい待て!」
リリアーナの視線を受け、ラルフがグロックの後を追う。
リリアーナは、そんなグロック達を見送ると、倒れている男に手を貸しながら頭を働かす。
少なくても、今目の前で格付けは済んだ。
相手も馬鹿じゃなければ、こちらにもう少し従順になるであろう。
「お前たち、何をしている。さっさと行くよ」
だが、そんなリリアーナの考えは、最後の一人、フードを被った女性の言葉によって打ち破られる。
「あら、結局貴方達は、ここで離れるの?」
嫌味を込めてリリアーナは、フードを被った人物に問いかける。
「えぇ。リリアーナ様。先程もこの者が説明したように、我々には、密命がありますが故」
言葉遣いこそ丁寧であったが、目の前の女性の声色は、強い意志が込められていた。
「ご安心してください。国のためという一点で我々は繋がっております。貴方の邪魔にはなりません」
そしてそのまま立ち上がった部下達を引き連れ、彼女たちは道を違える。
「案の定、フォルタス卿が動いてきましたか」
三人が立ち去った後、これまでこの争いに碌に関わらなかったネーナが、笑いながら語りけてくる。
「貴方は、わかっていたの?」
その驚きを感じさせない声に、不満を感じながら、リリアーナは、ネーナを問いただす。
「いえ、ただ彼が裏で動いているという話は多方面から聞いておりましたから」
リリアーナの苛立ち等、どこに吹く風。
ネーナは飄々と言葉を返してくる。
「それを私に報告しない理由は?」
苛立ちは、言葉を単調にする。
リリアーナは、感情の赴くまま、目の前のネーナを問いただす。
「あれが、我々に何の関係がありますでしょうか?」
ネーナは、その言葉につまらなそうに応える。
「どうせ、フォルタス卿の意を受けて動いている時点で、ろくな結末になりませんよ。そんな疫病神は、ここから離れてもらった方がいいでしょう。寝首を掻かれる心配も無くなりますからね」
そしてそこまで一気に言葉を発し、最後にわざとらしく微笑む。
「こちらには、こちらの作戦があるでしょう?」
そんなネーナにますます怒りが募りリリアーナの言葉は、より強くなる。
「元々、彼らは別の駒に過ぎません。貴方には、貴方の命があるのですよ」
そう言いながら、ネーナは懐から羊皮紙を出す。
そこには、ワーハイルの印が押されていた。
共和国が近い。
既に作戦が始まったこのタイミングで、リリアーナは、自身に新たな陰謀が近づいている感覚を実感していた。
第七章に続く




