幕間2-5
幕間2-5
「ほう。私の力を借りたいと?」
差し出された手を一瞥するだけで握らず、セレトは、目の前の第七地区上級議会長という身分を明かした男、フィリス・オキタに視線を向ける。
「えぇ。えぇ。貴方の力が必要なのですよ」
フィリスの顔は笑みを浮かべている。
だが、その口調からは、彼が感じている強い不安が見て取れたし、どこか泳いだ視線には、こちらへの恐怖が色濃く出ていた。
元来、弱気で腹芸等できない男なのであろう。
しかし、そのような男がこちらに姿を見せて、このような形で交渉を持ちかけてきている。
そのことに興味を持ち、セレトは、彼の次の言葉を待つことにした。
「時に貴方は、我が国の政治的な構造はご存知ですか?」
何も応えないセレトに痺れを切らしたのか、フィリスは、少し不安が増したような声で問いかけてくる。
その言葉に軽く頷きながら、先を促す。
「清濁併せ呑む、と言えば聞こえはいいですが、今や様々な者達が、私利私欲のために争い合う、まあ一種の伏魔殿と化しているわけですよ」
どこか熱を帯びた様な声でフィリスは話し出す。
自分の言葉に興奮をしているのか、その表情からは、先程の怯えが消えていた。
フィリスが言う、共和国の政治的な構造は、セレトも伝え聞いており、大まかな事情は理解していた。
元々、多数の小規模な国家が集まり、各国の代表者による合議制という形でスタートをした共和国であるが、そこから様々な立場の者が政治に参加できるような仕組みが生まれた結果、現在では、賄賂が横行して、不正と汚職まみれになっているという噂も聞いていた。
建国者達が掲げた、万人が平等にという理念は、力を持つ者が合法的に弱者を甚振る言い訳に使われ、制度、法律上は万人に与えられているはずのチャンスは、多くの者達にとって無縁なものとなり果てていた。
最も、そうは言っても全くの無能が上に立てる程甘い世界ではないはずであり、目の前にいるフィリスも、それなりの能力は持ち合わせているはずではあった。
「それで、そのような場所で、私の力をどのように借りたいというのかね?」
ならば、目の前の男に媚を売るのも悪くはないだろう。
伝え聞いた話であれば、共和国における地区の上級議会長というのは、その地区における代表として国政に関われるレベルの高い立場である。
ハイルフォード王国における、有力な貴族と同程度の力は持っていると考えれば、そのような者とコネを作っておく価値は、十分にあるはずであった。
「率直に伺いましょう。もしあなたの古巣、ハイルフォード王国と、このフリーラス共和国。戦えばどちらが勝つと思いますか?」
少し息をのみ、落ち着きを取り戻すと、フィリスは、抑えた声でこちらに問いかけてくる。
「ふむ。十中八九、ハイルフォード王国じゃないかね。別段、どちらかに思い入れがあるわけではないが、国力の差を考えれば、そういう結論になると思う」
最も、ハイルフォード王国も、フリーラス共和国も、それなりの軍事力を持っており、他に敵が多い国である。
実際に、そこまで潰しあうことはないであろうが。
「やはりそうですかね」
当然、そんな両国の関係をフィリスも理解しているのであろう。
セレトの応えに納得をしたように頷く。
「それで、そんな状況で私に何を求めるのかね」
話しながら、少し不安が和らいだのか、落ち着きを見せているフィリスに先を促すようセレトは問いかける。
「単純な話です。貴方には、私の私兵として働いてもらいたい」
緊張によるものか少し声が震えているが、先程までの弱弱しさを感じさせない強気な声で、フィリスはその問いに応える。
「私兵?」
わざとらしく問い返す。
「えぇ。実は、私が担当している第七地区がこの辺りなのですが」
そう言いながら、フィリスは、机の上の地図に、指で円を作りながら説明をする。
第七地区は、ハイルフォード王国との国境付近に位置している。
「見ての通り、ハイルフォード王国に近い立地となっておりましてね。それゆえ、王国から出兵された部隊への対応も仕事の内となっているのですよ」
そしてこちらに苦虫を潰したような表情を見せてくる。
実際、共和国と王国との間では、そこまで大きな戦いは起こっていない。
だが、セレトが王国に居る頃から、小さな小競り合いはちょくちょく発生をしていた。
これらの処理を任されるのは、それなりの負担にはなるであろう。
「まっ勿論、大規模な戦いとなれば別ですが。ただ正直な話、今の私の手持ちの戦力では、少々厳しいものでして。故に能力がある人材は、常に求めているんですよ」
こちらを見ながら、フィリスの説得は続く。
この国での安定した地位、報酬といった言葉が、次々と流れてくる。
「それで、私は、元の同胞を殺せと?」
そんなフィリスの言葉を聞き流しながら、セレトは笑いながら、だが心外という風に応える。
「勿論、それだけではありませんが、えぇ、それも含めて、貴方の力をお借りしたい」
だがフィリスは、そんなセレトに対し笑顔で言葉を返す。
「貴方にとって、決して悪い話ではないでしょう」
そして、フィリスは、再度手を差し出してきた。
「そうだな」
その手を笑いながら、セレトは握る。
ハイルフォード王国と戦うことに、良心が痛むということはなかった。
ただ、セレトの心に若干の不安が横切る。
それでも、彼にとって、この話は決して悪い話ではなかった。
ハイルフォード王国にも、そこに住んでいる者達にも、最早なんの感情も持っていないことを実感しながら、セレトは、嘗て自分を倒した者達との再選を待ち望むこととした。




