幕間2-4
幕間2-4
セレト達がフリーラス共和国に訪れたのは約二年前。
当初、彼はアリアナと共に商人としてこの国への入国を試みていた。
「次の者。こちらに!」
衛兵の言葉に合わせて、下男に扮したセレトは、アリアナと共に偽造された旅券を見せる。
「商人か。馬車の荷物は何だ?」
衛兵は、旅券に軽く目を通すと、セレトとアリアナを一瞬見比べ、そのままアリアナに問いかける。
当然だ。
目の前の人間が貴族や豪商であれば、面倒なトラブルを恐れた衛兵は、下手に主の方に声をかけなかったであろう。
だが相手が一介のろくな後ろ盾もない商人となれば 兵士の方が立場が強い。
それならば、少しでも見目麗しい女性に声をかけて繋がりを作ろうとするのは自然な流れであろう。
「食料と、南方の方の着物でさあ。旦那」
だが、そんな衛兵に対し、無教養な下男を装いセレトは、へらへらと笑いながら応える。
アリアナの中途半端な演技に違和感を抱かせないための措置であった。
「わかった。中で必要な事項を書類に記入してくれ。次!」
目の前にいる、美女との会話を邪魔された衛兵は、当然のように機嫌を害したようであったが、こちらに必要以上に絡む気はないのか、不機嫌そうに呟くとセレト達を門の奥に追い立てる。
その先には、複数の兵士達が、入国理由等に合わせて訪れた者達を複数ある詰所のような場所に誘導をしていた。
『ご好運を』
アリアナは視線でこちらにメッセージを送ると、兵士の一人に誘導されて部屋に向かう。
『気をつけろ』
同じく視線でアリアナに返事をすると、セレトも誘導されるままにアリアナとは別の部屋に移動する。
「すぐに担当が来る。ここにかけて待っていろ」
武器を預けて通されたのは、殺風景な部屋である。
部屋の真ん中に机が一つと、その机を挟むように椅子が二つ。
机の上には、何枚かの書類とペンが置かれている。
案内をした兵士が部屋を出ていくのと同時に、セレトは机の上に置かれている書類を眺めながら時間を潰す。
面白みのない書類の文字を半分ほど目を通したタイミングで、部屋のドアが開かれ、一人の男が入ってきた。
「いや、お待たせしましたね。ささ、そこに座ってください」
入ってきた男は、わざとらしい笑みを浮かべながらセレトに椅子を勧める。
それを笑みを浮かべながらセレトは受けて、勧められるまま椅子に腰を掛ける。
「はい。フリーラス共和国にようこそ。私は、入国管理官のフィルスです」
フィルスは、わざとらしい笑みを浮かべながら、セレトの前に座る。
「それじゃあ、お手数をお掛けしますが、簡単な手続きですので!」
瞬間、セレトは、フィリスの言葉に若干違和感を感じる。
そもそも商人の下男に過ぎない自分をこのような個室に通し、アリアナから引き離した意図は、何なのか。
そのような疑問が彼の頭の中に浮かんだが、もう遅かった
「はい。では、セレト様。我が国には何の用でいらしたのですか?」
フィリスがわざとらしい笑みを浮かべたまま、偽の旅券に記載された偽名ではなく、セレトの名前を告げた瞬間、嵌められたに気づいた。
「はて、なんのことでしょうか?」
無駄とは知りつつも、セレトはとぼけた表情を浮かべ、逃げの一手を取ろうとする。
だが、魔術を発動させようとしても、魔力が霧散し、うまく術が発動しないことに気づく。
罠に嵌った。
己のうかつさに怒りを感じるが、目の前のフィリスという男は、今のところ、こちらを害するつもりはないようである、
そのことで落ち着きを取り戻しながら、セレトは今一度、目の前の男に表情を向ける。
まずは向こうの考えを確認することが必要である。
「いえいえ。貴方があのハイルフォード王国のセレト卿であることは、調べがついているんですよ。まっ、安心してください。何も別の部屋にお通しした貴方の部下に対しても危害を加えるつもりはありませんので」
ニヤニヤと笑いながら、フィルスはこちらに語り掛けてくる。
同時に机の上に、セレト達が提出した旅券を放り投げた。
「簡単な仕組みですよ。セレト卿。貴方達は、この旅券を作ったのが腕のいい偽造屋だと思ったようですが、我々は、これが偽造された旅券だと重々承知していたんですよ」
そして旅券を指差しながら、わざとらしい笑みを浮かべ、セレトに解説を始める。
「わかりませんか?この旅券を作ったのは、我々なんですよ」
イマイチ話を理解していないセレトに対し、フィリスは嬉々とした表情で説明を続ける。
「知っての通り我が国は、入出国の管理が非常に緩くなっておりましてね。国にとってそこまで害にも益にもならない人物は、まっ制限付きであれば基本、密入国であってもそのまま通しているんですよ」
フィリスの説明を聞きながら、セレトは、念のため打開の策を考える。
「実際に国境を、関所を超えることができる偽造の旅券。その噂が流れれば、皆、底を利用するようになりますからね。我々も管理しやすいんですよ」
目の前で喋り続けているフィリスは、帯刀こそしているが、一人。
こちらは武器もなく、碌に魔術も使えないが、対処しきれないこともない。
「ただね。やはり我が国に影響が大きい人物、貴殿みたいな重要な人物については、事前にこのような形で面談をお願いしているんですよ」
だが、喋り続けるフィリスを倒したところでここは、敵の本拠地である。
別室に連れていかれたアリアナのこともある。
「なるほど。高く評価をしてくれて嬉しい限りだ。だが、私は今や権力も富も失った没落者だよ。そんな男に何の用だい?」
動きを取れない以上、目の前の男と受け答えを進めるしかない。
「いやいやいや。没落者なんて。魔術師セレト卿。その力は、他国に住む我々も十分に存じておりますよ」
わざとらしく手を振りながら、フィリスは、セレトに応える。
「ほう。そうかい。嬉しい限りだよ」
そんなフィリスに合わせるように、皮肉を込めたわざとらしい声でセレトも応える。
「ならば、その力今一度我々、いや私のために活かしてみませんか?」
瞬間、笑みはそのままに、声に真剣みを入れてフィリスはセレトに問いかける。
「実は今回、担当官に無理を言って貴方の入国のタイミングに合わせてこの場を作って頂いたのですよ。貴方と一対一で話したくてね」
その表情から、笑みも徐々に薄れていく。
「共和国、第七地区上級議会長、フィリス・オキタム。貴方の力をお借りしたい」
そして、フィリスは立ち上がり、セレトに向けて右手を差し出してきた。




