幕間2-3
幕間2-3
ドンドン。
無遠慮なノックの音が部屋に響く。
「…入れ」
二日酔いがもたらす頭痛を我慢しながら、セレトは、外に居る者に声をかける。
こちらに対する敬意の無さを感じさせるノックの主は、好んで顔を合わせたい人物ではなかったが、今のセレトの立場には、それを拒む自由はなかった。
「客ガ、キタヨ。サッサト、準備シナ」
ドアを開けて入ってきた大柄な男、オルオスの片言の共通語が部屋中に響く。
「あぁわかった。すぐに行く」
めんどくさそうに手を振りながら応え、セレトはベッドから降りる。
「オ前如キガ、アマリ人ヲ待タスナ」
オルオスは、こちらを蔑むような視線を送りながら訛りの強い片言で捨て台詞を残すと、そのまま乱暴に部屋を立ち去る。
たかが下男であるオルオスの不愉快な態度に一瞬怒りを感じた物の、その感情はすぐに収まる。
無駄なことに力を入れることの虚しさを、セレトはここに来た数年で十分に学んでいた。
「どうせ、大した話じゃなかろうに」
そう一人で呟きながら、セレトは服装を整えると部屋を出て客間に向かう。
「遅いな。魔術師君」
そして部屋に入ったセレトを待っていたのは、数名の護衛の騎士を引き連れた小太りの男、ブパトルであった。
目には、こちらへの蔑みと同時に、どこか恐怖の色を浮かべながらこちらに語り掛けてくる。
「すまんね。仕事明けなものでね」
そんなプパトルに多少の哀れみを感じながらセレトは応える。
「貴様!なんだその口の利き方は?!立場を弁えろ!」
護衛の騎士の一人が怒りに満ちた声をぶつけてくる。
「いやいい。無駄に争う必要はないだろう」
だがプパトルは、今に襲い掛かりそうなその護衛を止めると、わざとらしく寛大な処置を見せた者特有の傲慢な態度でこちらに恩着せがましい目を向けてくる。
馬鹿臭い。
その様子を見て心底呆れたセレトは、鼻を鳴らして別の表情を見せる。
そんなセレトの態度が予想と違ったのか、プパトルは驚いたような表情でこちらを見つめ返し、その後、機嫌を損ねたようにこちらを睨みつけてくる。
「馬鹿!スグニ謝罪シロ」
慌てたように、オルオスは、抑えた声でセレトに怒鳴りつけてくる。
護衛の騎士達も無礼なセレトの態度に怒りの声を上げる。
最も、セレトに言わせれば所詮共和国の下級議員に過ぎないプパトルの機嫌を損ねたところで、大した問題にはならない。
そもそも、プパトルは、今のセレトの雇い主ですらないのである。
たかが使い走り程度の男に対して、気を遣うつもり等、毛頭もなかった。
「それで、用件は?」
気怠そうにセレトは問いかける。
同時に気持ちの赴くまま魔力を展開し、周囲に軽く影を放つ。
「…先の戦いの報告が欲しいのと、次の任務の話だ」
プパトルは、不機嫌そうな表情を見せ、一瞬こちらを怒鳴ろうとするが、セレトが展開した魔力とその表情を見ると、その怒りを飲み込み、押し殺した声でこちらに問いかけなおしてくる。
その眼には、明らかにセレトに対する恐怖が垣間見えていた。
「戦いについては、この間、報告を上げた通りだ。いつも通り、そちらからの報告通りの場所に小隊がいたので、全滅させた。目撃者もいないはずだ。それで次の仕事とは?」
そして問いに対して、つまらなそうにセレトに応える。
こちらを苛立たせはするものの、こちらに噛みつくだけの度胸はない小者。
怯えを見せながらも、どうにかして、自身のプライドと利益を守りたいが故の姑息な立ち回りを見せるプパトルの相手をすることは、セレトにとってかなりの苦痛であった。
「あぁそうだな。大体の報告は、こちらで受けている物と大差はない。だがな、貴様、あの場から持ち帰った物があるだろう?」
そんな小者がこちらに噛みついてくるように、問い質してくる。
「はぁ?なんのことだ?」
だがセレトにとっては、特段思い当たる節もない話。
不愉快な表情を浮かべて、セレトは、プパトルに問い返す。
「しらを切るのはよせ。あそこで貴様が始末した部隊が所有をしていた武器はどこにいった?」
そんなセレトに対し、プパトルは、苛立ちを隠そうともせずに応える。
「武器?わからんな」
そんなプパトルの様子にますます苛立ちが強くなる中、セレトは、自身の忍耐を信じながら抑えた様子で声を出す。
先の戦いの戦利品は、セレトにとって大した価値がある物はなかった。
そもそも、戦いの中で得た戦利品は、セレトが自由に得ることができるという契約のはずであった。
だが、目の前の男は、そのような事情を無視して、こちらに一方的に問いかけてくる。
その様に、セレトの忍耐は既に切れかけていた。
「ふざけるな。あそこにいたのは、王国でもそれなりの立場の者達と聞いているぞ。特に斥候の話では、リーダーであるデポルとかいう将軍は、かなりの業物のミステルソードを持っているはずだ!」
だが、忍耐が切れかけていたのは向こうも同じことだったらしい。
プパトルは、机を叩きながら怒鳴りつけるようにこちらに声をぶつけてくる。
「ほう。それで?」
たかがミスリル性の刀一つで、こちらを余計に苛立たせるこの男の首を刎ねられたらどれほど気持ちいいだろうかと考えながら、セレトは怒鳴り返すのをぐっと我慢をする。
プパトルが言う、ミスリル性の刀は、確かに見かけた記憶があったが、セレトにとってはどうでもいい戦利品の一つにすぎなかったことも、この怒りをより増幅させていた。
大方、目の前の男は、ちょっとしたお小遣い稼ぎ程度のつもりで、自身の地位を振りかざし、セレトに対し文句をつけているのであろう。
「貴様は立場を分かっていないようだな!いいか、お前みたいな亡命者に生きるための術を与えてやってるのは我々だ。それを弁えて与えられた扶持だけで我慢するのが筋だろう!いいから、さっさと先の戦いで得た戦利品を一式こちらに渡せ!」
そんなセレトの怒りに気が付いていないのか、プパトルは口から唾を吐きながら、こちらに一方的に捲し立てる。
「わかった。少し待ってろ」
馬鹿臭い。
大した価値のない武器のために、これ以上無駄な問答を続けることに虚しさを感じながら、セレトは席を立ち裏の倉庫に向かい、無造作に置いてあるミスリルソードを持ち上げ部屋に戻る。
「ほう。それか。さっさとこっちに渡せ」
セレトが武器を持ち部屋に戻ると、プパトルは、先程の怒りがどこに行ったのか、一気にだらしなく表情を崩しセレトを急かす。
「あぁそうかい!」
だがセレトは、その言葉に従わず、一気に手に持ったミスリルソードを振るう。
「!貴様!」
護衛の騎士たちが慌てたように、驚いた表情でプパトルとセレトの間に割り込もうとする。
だがセレトは、そのような騎士達の間をすり抜け、一気にプパトルの正面に立つ。
「えっ?」
プパトルが間抜けな表情を見せる。
ドス。
瞬間、セレトは、そのプパトルの首筋を軽くなぞるようにして、壁にミスリルソードをぶち刺す。
「勝手に持っていけ」
めんどくさそうにセレトは言い放つ。
「お前、貴様、俺が誰だと!」
プパトルは、状況が理解できていないのか、様々な言葉を口から放ち、セレトに向けるが、意味がある言葉は出て来ない。
「俺の雇い主はお前じゃない。あまり調子に乗るな」
セレトは、そんなプパトルに対し呆れた様な口調で言葉を放つと、怒り狂っているプパトルを残して部屋を出た。
後ろから、プパトルの怒りの声が聞こえてきたが、セレトはそれを無視して、この国に着いた当時のことを思い返していた。




