第三章「疑念と羊皮紙」
第三章「疑念と羊皮紙」
「共和国かぁ」
疲れが口から溢れたような声でリリアーナは呟きながら、昨日の会合を思い返す。
寝転んだベッドの脇に置かれた机には、昨日フォルタスから渡された羊皮紙が置かれている。
その『極秘』という文字から始まる書面には、現在共和国との国境付近で発生をしている襲撃事件を解決するために、調査に入るように指示が書かれていた。
そして現在起きている事件の存在は、軍全体の士気に関わるため、この任務の件と合わせて口外しないように念押しがされていた。
勿論、国としては、リリアーナが任務に従事をしている間は、その隠蔽に協力をする旨、ダミーとして仮の任務を与えることも記されている。
当然だ。
現在王国内でそれなりの地位を持ち、多方面と交流がある聖女。
その動向は常に注目の的である。
そんな自分を極秘の任務に従事をさせようとするのであれば、それなりの対処は必要である。
そのことに納得をしながら、リリアーナは、どこか胡散臭さをこの任務に感じていた。
そもそも、共和国との戦い自体、あまりに非効率なのである。
向こうから仕掛けてきた戦であるが、向こうが展開している軍は、数も多くなく決して強靭ではない。
さすがに共和国自体を潰すことは難しいが、ハイルフォード王国が、ある程度の規模の部隊を出せば、今発生をしているこの戦を終わらせることは十分に可能なはずである。
だが王国は、この戦を終わらせることはせず、未だに局地的に小規模な戦いを続けている。
勿論、他にも敵対している国が多いこともあり、共和国に部隊を集中させることができないという事情もある。
しかし、例えそうであってもこの共和国に対する王国の戦いの進め方は、明らかにおかしかった。
局地的な戦いを続け、一進一退の状況を維持する。
その一方、小規模な部隊への襲撃が相次いでいる中、そのような部隊を用いた作戦を積極的に立案する。
そして、そのような襲撃者がいる状況に、テポルという有力者を小部隊で送り込む。
まるで、その襲撃者をおびき出すかのような配置。
確かに襲撃者という存在を無視することは得策ではないかもしれない。
だが、国と国の戦いの中で、小規模な部隊だけに被害を与えているその存在は、戦争という大枠の中で見れば、決して重視をする必要がないことも事実である。
そのような小さな戦いに、テポルという札をぶつけるのは、いささか大げさな対応であるようにも思えた。
そして、何よりも問題なのは、テポルはその襲撃者に敗れたという事実である。
それは、ハイルフォード王国内でもトップクラスの実力者であるテポルを破ったということであり、それ以上の強さを持つ存在が、共和国にいるということなのである。
だが、その強者は、決して表立っての行動はしない。
少なくとも、ハイルフォード王国の中隊以上の部隊は、その襲撃者による襲撃を受けていないことも事実である。
そんな中、白羽の矢が自分に立った不運にリリアーナは、また一つため息をつく。
単純に犠牲を減らすだけであれば、話は早い。
それなりの規模の部隊のみを派遣する。
これまでの傾向から見れば、それだけで十分に襲撃は防げるはずであった。
だが王国は、そのような対処はせず、むしろその襲撃者を挑発するように、リリアーナという餌を派遣することを決めたのである。
明らかに貧乏くじであろう。
そのことに頭を痛めながら、改めてリリアーナは、フォルタスから渡された羊皮紙に目を通す。
そこには、度重なる共和国方面での襲撃事件解決のため、特別な部隊を編制、派遣する旨、部隊の編制は、現在進められており近日中にメンバーの顔合わせがある旨が記載をされていた。
テポルを倒すほどの相手であり、規模が大きい部隊には手を出さない敵。
故に、少数精鋭の部隊でおびき寄せ、倒すという方法しかないのであろうが、今の王国の人材に、そこまでの余裕があるとはとても思えなかった。
リリアーナ自身、テポルより多少は腕が立つとは思うが、そこまで大きな力の差があるわけではない。
そんな自分が無策にこの戦いに巻き込まれても、テポルと同じようにあっけなく倒されてしまう可能性も十分に高かった。
だからこそ、この作戦で自分が組むメンバーの質は重要であったが、その肝心なメンバーの情報は全く知らされていない。
誰が敵で、誰が味方か分からない状況で、決して友好的な関係ではないフォルタスが関わっている秘密の任務に携わる。
あの暗殺事件以降、警戒を重ねてきたリリアーナにとって、この作戦は明らかに関りをさけるべき作戦であった。
だが、目の前の羊皮紙には、それを許さない証、国王からの直々の命であることを示す印が押されていた。
国王が絡んでいる任務であるという点においては、一定の信用、安心はあるものの、同時にその任務を断るという選択肢をリリアーナは奪われたのである。
王族からの評価は決して低くなく、また聖女として大衆人気の高いリリアーナを王族が陰謀に巻き込む可能性は当然に低い。
しかしこの任務には、リリアーナを快く思わないフォルタス、そして立場が不明瞭なクルスが関わっている。
王族達が知らないところで、何かが仕込まれている可能性は十分にある。
コンコン。
ノックの音が響く。
「入りなさい」
そのドアの前の主にリリアーナは応える。
「失礼します」
そしてリリアーナが返事が終わると同時に、ラルフが部屋に入ってくる。
「ご苦労様。何かわかった?」
ラルフに対し労りの言葉をかけながら報告を促す。
「はぁ。昔の繋がりも利用して調べてみたのですが、残念ながら役に立ちそうな情報はなさそうでしたね」
ラルフは、申し訳なさそうにリリアーナに応える。
「そう」
そんなラルフに対し、短く返事をするとリリアーナは、視線をそのまま窓の外に向ける。
「いや、全くというわけではないのですが、少し関係がしそうな情報はあります」
リリアーナの様子に苛立ちを見て取ったのか、慌てた様子のラルフの声が響く。
「話して」
別にリリアーナは、ラルフに苛立ちを感じているわけではない。
ただ、自分が置かれた不安定な立場に対する不安と苛立ちが声色に出ているのであろう。
リリアーナの素っ気無い返事に、ラルフは、ますます委縮した様子を見せる。
「いえその、まあなんと言いますか、与太話なのかもしれませんがね。どうも共和国にあの男が逃げているという話がありまして…」
一気に話し、ラルフは言葉を切り、リリアーナの方に視線を向け様子を探る。
リリアーナは無言で、視線により先を促す。
「王国の一部の人間が、その逃げたアイツを誘き出すために動いているとか。まあゴシップの類なのですが、若干今回の作戦と繋がりがあるような話でして…」
ラルフは、恐る恐る言葉を続ける。
「あの男、ね」
リリアーナは、どこか遠くを見るような目で呟く。
「ただ、共和国にあの男が逃げたという話自体が、そもそも眉唾じゃないですか。それに、この話も共和国への出兵に関する反対意見の中で出た政治的な意図が感じられると言いますか」
ラルフは、そんなリリアーナに更に怯え始めたのであろうか。
言い訳じみた様な声で、口から矢継ぎ早に言葉を発する。
「セレト。貴方が動いているの?」
だがリリアーナは、そんなラルフの声が届かないかのように、様々な感情が混じった声で、一言呟いた。
第四章に続く




