第二章「食事会」
お知らせ:前章(11月14日投稿)の第一章「再起の基盤」において、一部未投稿部分があり、11月24日に追記修正が行われております。
第二章「食事会」
「それで一体何ごとなの?」
お茶会の会場を離れたリリアーナは、馬車に乗り込み迎えの騎士に尋ねる。
あの場を離れることを優先していたが故に、彼女は、まだ状況を把握できていなかった。
「はい。どうも共和国の方面で新しい動きがあったようでして、我が国としても、この問題の解決のため何らかの策をとるための招集とは聞いております」
同行する騎士は、自身が分かっていることをそのままリリアーナに伝える。
この口ぶりからすると、彼も詳細な話を聞いていないようである。
「共和国ね。また例の問題?」
リリアーナは、つまらなそうに問いかける。
答えを期待していたわけではない。
ただ目的地に着くまでの間、何か言葉を出していないと、非常に落ち着かなくなるが故の問いかけである。
共和国方面に展開している部隊が、正体不明の敵に潰されているという現実。
被害にあっているのは小規模な部隊のみであるので、現状、そこまで大きな被害とはなっていないが、今後の事を考えると早々に対策を取る必要があるのは明らかであった。
「いえ、その件だけではないようですが、何分詳しい話を知らされてはないものでして」
だが騎士の回答は、何か奥歯に詰まったような、歯切れの悪い者であった。
その様子にリリアーナは、若干の違和感を感じる。
単純な共和国方面に展開をしている部隊が襲撃を受けたことに関する集まりではないのであろうか。
最も目の前の騎士は、余計ないことを言わない主義なのか、それとも本当に何も知らないのか、そこから先、こちらの問いかけに応えることはなかった。
「こちらです」
しばらくして馬車が止まり、騎士の指示に従いリリアーナが馬車から降りると、目の前にある古いレストランの中に案内をされる。
中に入ると、広いホールを中心に、個室に分かれた席が目に入る。
明らかに一見の客が入れず、それぞれの席が離れているこの場所は、密談に最適なように思えた。
「急な招集申し訳ありません。リリアーナ様」
そんなことを考えている彼女を、店の奥から出てきたラルフが出迎える。
「構わないわ。でも、こんなところで会合なんて、普段と少し趣が違うようね」
リリアーナは、頭を下げるラルフに、身振りで頭を上げるように示しながら応える。
二年前には、この国の警備部隊の隊長であったラルフだが、現在はリリアーナの下で働いていた。
当時ラルフは、リリアーナの命を狙っていたセレトの調査を独自に進めている中、その暗殺計画に巻き込まれ生死の境を彷徨うことなった。
その後、何とか一命を取り留めたが、上層部は、自分達の指示を聞かずに事件に巻き込まれた彼を持て余し、またラルフも、政治や謀略によって風見鶏のように動く警備部隊に失望をしていた所をリリアーナが引き抜いたのである。
彼が警備部隊時代の繋がりを利用し仕入れてくる王国内の情報は、非常に有益な物も多いこともあり、現在リリアーナは、ラルフを特に重鎮していた。
「先方の指定でして。どうも内密に相談をしたいことがあるようです」
ラルフは、先導をしながらリリアーナに小声で応える。
誰が来ているのか聞こうとしたが、ラルフが足を止めたことによりリリアーナは、その先を言葉にするのをやめた。
どうせすぐにわかる話である。
「やあリリアーナ卿。ご足労を頂き悪かったね」
だが部屋に入るなり、立ち上がり声をかけてきた男、フォルタスを見た瞬間には、さすがのリリアーナも驚いた。
古王派の有力者、いや、ヴルカルが二年前に失脚してからは、特に強大な力を持つこの男は、決してリリアーナと友好的な関係ではなかった。
それは、属している派閥の違いもあったが、それだけでなく、若造でありながら王族からの覚えもよく、実績を積み重ねて順調に力をつけていくリリアーナが自身の立場を脅かしかねない警戒感もあるのであろう。
最も、リリアーナを疎ましく思っている人物は、派閥に関係なく目の前のフォルタス以外にも多数いるが。
「フォルタス卿。あまり長話はできない。挨拶はほどほどに切り上げた方がよろしいかと」
そんなフォルタスの横から、クルス、あのセレトの父親が声を上げる。
クルスの後ろに控えたネーナは、その言葉にワザとらしく頷いている。
古王派の有力貴族のフォルタス。
二年前、国家に反逆をし国を追われたセレトの父親であるクルス。
リリアーナは、この席にそろったメンバーを見回し、この面々に対する驚きを表情に出しながら、促されるまま席に着く。
「さて、君に来ていただいた理由だが、まあなんとなくは想像はついているだろ?」
フォルタスは、笑いながらリリアーナに問いかけてくる。
「共和国に配置している部隊の件ですか?噂程度の話は聞いておりますが」
リリアーナは警戒しつつ応える。
そもそもフォルタスとまともに会話をしたのは、二年前、セレトとの戦いから戻った際に彼の屋敷に呼ばれた時が最後である。
あの場で、フォルタスはリリアーナを恫喝し、リリアーナは怒りを見せて立ち去った。
その後、公の場で二人は会うこともあったが、フォルタスはリリアーナに礼を失せぬ最低限の対応を見せ、リリアーナもそれに倣った対応で返していた。
そのような険悪な関係であったはずのフォルタスが見せるやけに親し気な口調は、リリアーナに非常に不気味であった。
「そうだ。共和国内に配置している部隊が次々と潰されていることは聞いているだろう?」
フォルタスは、先程まで浮かべていた笑みを引っ込め、不愉快そうな表情で話を続ける。
その言葉にリリアーナは頷く。
一応、機密事項となっている案件ではあるが、共和国内の小部隊が次々と潰されているのは、国内の有力者であれば誰でも知っている話である。
「まあ、正直な話、潰されているのは工作用に送り込んでいる小隊が中心だ。そもそも共和国との戦いもそこまで活発的じゃないしな。我々もそこまでは重要視をしていなかった」
フォルタスは、そう言いながら、潰された部隊の名前を複数呟く。
「その状況がどう変わったんですか?」
リリアーナは、喋り続けるフォルタス、その横で口を開くこともなく黙ったまま座り続けているクルス達に視線を向けながら先を促す。
「第八部隊、テポル将軍が部下達諸共暗殺された」
フォルタスは、声を潜めて囁く様な声でリリアーナに応える。
だがその言葉は、その抑えられた音量にも関わらずリリアーナの頭の中に入り込んできた。
「デポル将軍がですか?一体何者が…」
驚きを隠せないリリアーナは、そのまま言葉を発する。
だが、その先の言葉は、フォルタスとクルスの鋭い視線によって止められる。
デポル将軍。
この国でも有数の魔法剣の使い手であり、国内でも五指に入ると言われた実力者である。
それほどの人物が暗殺されていたという事実は、確かにトップシークレットであり、軽々しく口外ができる話ではない。
「いいか。彼は、共和国との戦いにおける一連の小部隊襲撃事件を防ぐために、向こうに極秘で派遣をされていた」
固有名詞を出していないためか、フォルタスは、多少音量を上げて言葉を続ける。
「あれほどの実力者であれば、それなりの大隊でなければ対処はできないだろうしな。だが、それほどの大部隊を動かせば、当然こちらの情報網に情報は入るから十分に対処は可能だ。一連の小隊を襲撃している部隊程度であれば、十分に返り討ちにできるは考えていた」
そこまで話し終え、フォルタスは、言葉を止め、目の前にあるグラスから水を口に含んだ。
「しかし、デポルは暗殺された。大部隊が動いた形跡もない状況でな」
そしてフォルタスは、腹立たしそうに事実を述べる。
「デポルを潰せるだけの実力者がいて、そいつが積極的に動いている。この状況を我が国の上層部は、大変重く受け止めた」
これまで黙っていたクルスが、フォルタスの言葉を引き継ぎ、そのまま淡々と説明を続ける。
「だが、事が事だけに、この事実を公にするわけにはいかない。最近我が国の厭戦ムードも強いからな。この状況を利用されて終戦とさせるわけにはいかない」
クルスの言葉を聞きながら、リリアーナは、先程の茶会の様子を思い出す。
戦による被害ばかりを気にして、その戦いを止めたあとのことを考えずに不平ばかりが出ていた状況。
だが、戦を止めるという弱腰の外交を見せた瞬間、多数の敵国に囲まれた状況であるこの国は、あっけなく滅びてしまうであろう。
今この戦いを止めるような状況を避けるべきということは、リリアーナも十分に理解をしていた。
「故に、我々は一つの作戦の決行を決めた」
そして、フォルタスが再度言葉を引き継ぎ話し始める。
「リリアーナ卿、貴公を中心とした精鋭部隊の派遣をな」
フォルタスは、真剣な表情で言葉を発し、同時に手元の羊皮紙を広げた。
そこには、リリアーナに部隊への従軍を命じる王国からの勅命が記されていた。
第三章に続く




