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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第二部 聖女は泥の中を藻掻き続ける

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幕間2-1

 幕間2-1


 「目的の拠点が、三つは落とせはしたか。ほうほう。まあよくやった」

 ヴェルナードは、作戦に従事した部下達を前に、報告書を読みながら言葉を続ける。

 その内容は、部下達を褒めるようにも聞こえるが、この席にいる多くの者達は、内心怯えながら、その言葉を聞いていた。


 「そう。三つ。十の拠点を攻めながら三つとは、いやはや、全くコストに見合わない作戦だったな!なぁ!」

 そして怒気を含んだ声を発しながら、ヴェルナードが机を叩くと、周囲に控えている者達は一様にその怯えを表に出す。


 「俺が立案した作戦が悪かったということか?だが、そうなら誰かが止めてほしいものだよな?」

 怒りの声を上げながら、ヴェルナードの言葉が続く。


 ハイルフォード王国との戦いでヴェルナードが立案した作戦。

 ヴェルナードが率いる本隊が動き、それの対応で守りが弱った十の拠点を一斉に攻めるという単純な物であったが、事前の予測ではそれなりの成果が期待できるはずであった。


 実際、作戦開始直後、ヴェルナードが率いる本隊は、囮としての機能を十分に発揮をしており敵の主力部隊をしっかりと引き付けていた。

 当然だ。敵の将軍が率いる部隊が、それなりの大部隊ではあるものの、打ち破れなくはない規模で出撃をしているのである。

 罠の可能性を感じながらも、このチャンスを逃すという選択肢はないであろう。


 実際ヴェルナード自身、ギリギリまで敵部隊を引き付けるという作戦の性質上、かなりのリスクを抱えていた。

 部隊も大打撃を受け、最終的には、寡兵の中、ヴェルナード自ら武器を振るい、戦線の維持に努め、傷だらけとなりながらも戦い抜き、そして、部隊の維持が限界に近づき、撤退すらも不可能となるであろうギリギリのタイミングで、残った部下達ともに戦場から離脱した。

 リスクも犠牲も大きかったが、敵の拠点を複数落とせれば、そこを基点に、現在押し込まれているこの戦況を十分に巻き返せる。

 そもそも十の拠点全てを落とせなくても、八つを抑えられれば上出来で、最低でも六つは確保できるであろうという目論見もあった。

 それゆえに、ヴェルナードもこの戦いにかける意気込みは強く、リスクが高い戦場にも身を置いたのである。


 だが作戦を終えてみると、得られた成果は最低ラインの半分以下。

 この程度の成果では、今回の作戦にかかったコストには到底割に合わず、また確保できたのが三つ程度の拠点では、現在の戦況を覆すことは難しく、むしろハイルフォード王国がそれなりの部隊を派遣すれば、あっけなく奪い返されてしまうであろう。


 ジリ貧。

 そんな言葉がふとヴェルナードの頭をよぎり、それが彼の怒りをより加速させ、同時に机の上に置いてあった水差が、その八つ当たりによって床に叩きつけられ粉々になる。

 その様子を見た部下達は、身を固くするが、ヴェルナードの怒りは収まる様子もなかった。


 「それで、ここからどうするべきだと思う?」

 最も、作戦の失敗は既に確定している以上、今更怒りをぶちまけたところで事態は好転するわけでもない。

 それ故、ヴェルナードは、その怒りを強引に抑え込み、表面上は冷静さを取り繕いながら、集まった者達に問いかける。


 いずれにせよ、この作戦の失敗をどこかで取り戻さなければ、より状況が悪くなるだけなのである。

 この状況の打開できる方法を早々に取る必要があることは、ヴェルナードも十分に理解をしていた。


 そもそもこのハイルフォード王国との戦い、戦況は圧倒的にヴェルナード達、クラルス王国側が不利な状況であった。

 ハイルフォード王国内の混乱を付け入る隙と考え、二年前に停戦交渉を一方的に打ち切り、再度、戦が始まったわけであるが、開戦当初こそ相手の混乱に付け込み多少の戦果こそあがったものの、徐々に戦況は押し返され、未だに国境を押し戻すことはおろか、むしろ更に領土を失いつつある状況であった。

 その原因は、単純な軍事力だけの差ではない。


 ハイルフォード王国は、先の戦いでクラルス王国内の領土の深い場所にまで攻め込んでいた。

 その後、停戦交渉が始まるタイミングで部隊が撤退する際に、クラルス王国内に多数の部隊を保険として内密に残していった。

 現在、その部隊がクラルス王国内でゲリラ活動を行っており、ヴェルナード達の軍事活動を大きく制限しているという厳しい現実があった。

 最も、国内に残っている部隊は数も多くなく、拠点を見つけ次第潰しているので、以前ほどその活動は抑え込めていたが。


 「ハイルフォードの南側にある小国群を動かすことができれば、多少の時間稼ぎにはなるかと思いますが」

 一人の将が、恐る恐るといった表情で意見を述べる。


 「南?ブロカスやエラッサスあたりか?」

 ヴェルナードは、その将へと顔を向けると、思いついた国名を挙げてみる。


 「えぇ、まあそのあたりがよいかと。ハイルフォード王国と経済的な繋がりも弱いようですし、我が国とは多少の親交もある国ですし、うまく利用すればこの戦局を動かす鍵になるかと…」

 緊張を含みながらも、落ち着いた声で目の前の将は言葉を返す。


 その言葉を聞きながら、ヴェルナードは、聞こえないように鼻を鳴らす。

 確かに第三国を利用して、ハイルフォード王国に干渉をするのは一つの手ではある。

 だが、クラルス王国には、そのような第三国を動かせるような力は、現状では碌にないという現実もある。


 「でっそれらの国をどうやって動かす?」

 故にヴェルナードは、呆れた様な口調を隠さずに、その将に問いかける。

 先の戦いで、拠点を一つも落とせないばかりでなく、率いた部隊に与えた損害も特に大きかった無能な将。

 そんな男が、机上の空論と希望的な観測で上げてきた策という時点で、正直不快なだけであった。


 「ですから、我が国との交易について活用をするとか、例えば、交易に有効な条件を出すとか、非協力的なら交易を打ち切るですとか」

 そんなヴェルナードに対し、良いアイディアを出していると言わんばかりの態度で、その将は多少の自信を見せながら応えてくる。


 「馬鹿が」

 だが、ヴェルナードはその言葉を一言で切って捨てる。


 「えっ?いや、そんな悪くはないかと思うのですが」

 一転、慌てたような口調で将は、ヴェルナードにどもりながら応える。


 「はっ!それらの国は、どうせ我が国とろくな交易ができなくなれば、すぐにハイルフォードや他の国になびくだけさ!我々が奴らを動かすことができる?うぬぼれるな!そこまでの影響力、とうの昔に無くなっているわ!」

 そんな愚かな将に、ヴェルナードは国の現状を冷たく言い放つ。


 その言葉により、この席にいる者達が一斉に黙り込む。


 ヴェルナードは、改めて周囲を見回す。

 誰もが、ヴェルナードに恐れをなしているのか、口を開こうとしない。


 その状況にヴェルナードは内心ため息をつく。

 国の一大事という状況にも関わらず、失点を恐れて保身に走っている部下達。

 このような者達を率いて、この戦を勝ち抜くことができるのであろうか。


 元々、ハイルフォード王国との講和には反対をしていたヴェルナードであったが、このような状況を見ていると、そんな自分の考えが甘かったのかと若干の後悔を感じてしまう。

 だが、ハイルフォード王国が、現在、国内の混乱と、他の複数国家との戦いの活発化により、決して万全の状態でないことも事実である。

 そのような状況に付け込める今というチャンスを逃すというのも愚かしい話であった。


 「私の持っている情報筋からの話ですが、共和国が動きだしています。そこに合わせて出撃をするというのは?」

 そんな状況で一人の男が、落ち着いた声を上げた。

 ユノース。

 二年前に、ハイルフォード王国から亡命をしてきた優秀な男である。

 先の作戦でも、拠点を二つ落としている。


 「ほう?ハイルフォード王国と共和国の状況について情報を仕入れることはできるのか?」

 裏切り者と後ろ指をさされながらも、その声を確かな実力と実績でねじ伏せてきた男である。

 ヴェルナードも、その能力を買っているからこそ、柔らかい口調で先を促す。


 「えぇ。共和国の情報であれば、それなりに得ることはできます。またハイルフォード王国内部からもたらされている情報を考えますと、この辺りに展開している部隊が穴になるかと」

 落ち着いた声で地図を指差しながら、ユノースは言葉を続ける。


 「ほう。続けたまえ」

 ユノースの同意を求める視線を受け止めながら、ヴェルナードは先を促す。

 情報収集能力。

 国を裏切ったと言っても、ユノースは向こうの国ではそれなりの地位にいた男である。

 故に今も、ハイルフォード王国から情報を得るいくつかのルートを持っており、そのルート経由の情報により、ヴェルナードは何度も窮地を助けられてきていた。

 今回も、その力を活用することになるであろう。


 そう考え、笑みを浮かべるヴェルナードの影で、ユノースもまた、不敵な笑みを浮かべていた。

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