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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第二部 聖女は泥の中を藻掻き続ける

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第一章「再起の基盤」

 第一章「再起の基盤」


 「ようこそいらっしゃいました。リリアーナ様。こちらへどうぞ」

 招待状を受け取りながら、タキシードを着た男が茶会の会場への道を示す。


 「ありがとう」

 目の前の男に笑みを浮かべて礼を述べると、その案内に従いリリアーナは会場へと進む。


 「聖女様がいらしたわ!」

 「リリアーナ様?」

 「まあ、相変わらず凛々しく素晴らしい方」

 そして彼女が会場に入ると先に集まっていた人々が雑談をやめ、リリアーナの方へと顔を向けて話し出す。


 「やあ。今日はこんな素敵な会に招待してくれてありがとう。少し遅れてしまって済まなかったね」

 そのままリリアーナは歩みを止め主催者である、ヤラーヌ伯爵夫人に挨拶をする。


 「いえ、リリアーナ様。お待ちしておりました。どうぞこちらに」

 ヤラーヌ伯爵夫人は、妙にびくつきながらリリアーナに席を進める。


 その様子を見てリリアーナは、席に着きながら心の中で苦笑する。


 王国中を騒がせたあの事件以後、このようにリリアーナに対して一歩引いたような態度を示す者が増えていた。

 勿論、元々聖女として、多くの人々から一定の畏敬の念を持たれていたが、最近は、そこに露骨な恐怖心が混ざっていることにリリアーナは気が付いていた。


 あの事件、古王派の大物貴族ヴルカル、そしてセレト、彼らによるリリアーナの暗殺事件から、既に二年が経過した。

 その月日は、様々な物を変えていったが、リリアーナが大規模な貴族たちの権力争い、そしてその中で発生した暗殺騒動に巻き込まれたという現実は、月日を得た今でも下火になることなく、むしろより強く多くの人々の関心が寄せられていた。


 結果、王国の政治的強者達の暗殺事件のターゲットと認識されたリリアーナは、微かな同情と、それ以上に、そんな彼女を取り巻く状況に巻き込まれたくないが故の腫れ物のような扱いを向けられることとなった。、

 最もリリアーナ自身は、それを必要以上に気にすることはなかったが。


 「そういえばお聞きになりましたか?リリアーナ様」

 席に座ると、茶に口をつける暇もなく、近くにいた一人の婦人が話しかけてくる。


 「はて。何のことでしょうか?」

 その婦人の顔には怯えがないことを確認しながら、リリアーナは問い返す。

 リリアーナに下手な同情も、理不尽な怯えも持っていないこの女性との会話であれば、少なくても無駄なストレスを感じることはないであろう。


 「フリーラス共和国との小競り合いがまたあったとか。おかげであちらの香水がこちらに入ってこなくなって、困っているんですよ」

 婦人は、その品の良さそうな顔を大げさにしかめながら、さも一大事が起きたかのように語りだす。


 「あぁそのことですか」

 リリアーナは、今度は表情にはっきりと苦笑を見せながら応える。


 この二年でこの国を取り巻く環境も大きく変わった。

 今話に出たフリーラス共和国は、そこまで大規模でないものの、ここ一年ほど国境付近においてハイルフォード王国との小規模な軍事的衝突を繰り返していた。

 クラルス王国は、一旦講和の動きが見られたものの土壇場においてその交渉は決裂をし、現在もハイルフォード王国と戦争状態が続いている。

 最も、二年前の戦争が始まる前と比べると、国境はクラルス王国側に大分押し込んでおり、ハイルフォード王国側が優位な状況ではあったが。


 他にも小国との小競り合いが続いており、大規模な戦こそ発生をしていないが、全体的に緊張を強いられている状況が続いており、決して楽観視をできる状況ではない。

 だが、数多の領土と関所、そして兵士達によって守られたこの王都では、そんな戦いの血生臭い話等入ってこない。

 故に、国境付近に領土を持っているような貴族や、軍閥系の貴族でもない限り、この国の大多数の者には、その戦火の直接的な影響は少なく、国内にはある種の平和ボケをした空気が蔓延をしていた。

 それでも貴族という支配階級側の人間であれば、もう少しこの状況を憂慮するべきであろうが、この茶会に集まったメンバーは、特にその意識が低い者が多いのか、戦時中という状況に関わらず会話は自然とつまらない日常に対する愚痴へと変わっていった。

 最も、日々の化粧や贅沢な生活にしか興味がない貴族の婦人達というのは、直に政治に関わっていない以上、そうなってしまうのも仕方がないのかもしれないが。


 しかし、どちらかと言えば軍人としての立場が強いリリアーナにとっては、自身の周囲にいる、所謂同胞ともいえる貴族達のこの体たらくは、あまりに不愉快なものであった。


 そもそも、元々リリアーナは、このような茶会に参加するつもりなどはなかった。

 それでも自身の基盤の強化のため、ここ最近彼女は、こういう繋がりを求めて、自分の主義主張は別として様々な会合に出ていた。

 その中には、あまりに自身の主義主張とかけ離れた物も多かったが、今回の茶会は、その中でも特にひどい物であった。

 出席をしているメンバーの大半は、現在の国が置かれている状況を鑑みずに自身の欲望ばかりを吐き出しており、さらに軍人であり育ちが違うリリアーナに対しては露骨に恐れを見せている者ばかりであり、非常に場違い感を感じる会であった。

 そして会の主催者であるヤラーヌ伯爵夫人は、政治的な力こそ持っており、軍事的な見識もあるものの、この国の上層部が引き起こした事件に関わっていたリリアーナを明らかに厄ネタとして扱っていた。

 自身に対する否定的な見方は、そこまで気にはならなかったが、そのような集団と共に過ごすという状況は、非常に強いストレスとなって彼女を襲っていた。


 「まあ、それは困りましたわね。最近、物価も上がってますし、本当に困りましたわね」

 他の伯爵夫人が、そこまで困っていない声で応える。

 リリアーナにとっては、つまらない話題である。

 どうせ彼女たちにとっては、多少の相場の上昇はそこまでの問題ではない。

 旦那に無理を言えば、いくらでも補填ができる範囲の話なのである。

 故にその言葉には、真剣みがなく、どこか空虚であり、リリアーナの虚しさはより増していくばかりであった。


 「そうですわね。リリアーナ様、共和国の小規模な軍勢等、貴方様の手によって、簡単に鎮圧ができるのでは?」

 最初に口を開いた婦人が言葉を返しながら、リリアーナに会話を振ってくる。

 一見、リリアーナに対する皮肉のようにも聞こえたが、目の前の彼女は、悪びれた様子もなく、ただ純粋な目を向けてきており、ただただ何も考えていないだけであるということがよくわかった。


 「私を買い被りすぎですよ。ただ、上層部の方では、そこまで問題視していないようですし、早々にこの戦も収まると思いますよ」

 そんな腹立たしい問いに、リリアーナは、感情を抑え謙遜をするような口調で応える。


 「まあ、それは素晴らしいわ」

 「あら?でも戦が長引くのは損失だわ。すぐに収められる戦いに兵を出し惜しみするなんて、軍部の怠慢では?」

 その言葉を受けた婦人達は、それで納得をしたのか、そのまま各々の意見を勝手に話し出す。


 そんな様子を見ながら、リリアーナは、ばれないようにそっと溜息をつく。

 彼女達に言った言葉は、半分、上層部が問題視をしていないという部分は本当である。

 だが、小規模故に必要に応じてすぐに終わらせることができるという国の発表と裏腹に、そう簡単に鎮圧をできるものでないという噂が、多少なりとも軍事や情勢に詳しい者の耳に入っていることも、また事実であった。


 少し前から、フリーラス共和国に新設されたと見られる部隊。

 ハイルフォード王国との国境付近で、小規模な軍事作戦を起こしているその部隊は、部隊規模故に、そこまで大きな戦いに関わっていないようであったが、その強さは本物であり、数だけをそろえた様な中途半端な大隊が、圧倒的な兵力差を持ちながら、既に壊滅に追いやられているという事実がリリアーナの耳に入っていた。

 そこまで大きな被害が出ていないが故、無理に倒す必要があるわけではないが、国としては、半ば討伐をあきらめた部隊。

 そのような部隊の存在を知らず、好き放題に現在の軍部の悪口を言う婦人達の何と醜いことか。


 リリアーナは、また改めてため息をつく。

 周囲のメンバーの発言は、既に不愉快というレベルを超えており、彼女に非常に強い怒りをもたらしつつあった。


 「なんですか!ここは招待状がない方は入れませんよ!」

 故に、ヤラーヌ伯爵夫人の怒鳴り声は、リリアーナの怒りを中和して、落ち着かせるという意味合いでは、非常にいいタイミングで発生をしていた。


 「失礼しました。しかし火急の用事につき、申し訳ございません。あぁリリアーナ様、お楽しみの所申し訳ございません。すぐにお戻りを願いたいのですが」

 そして、そんなヤラーヌ伯爵夫人の言葉を受け流しながら発せられたリリアーナを求める声で、彼女はより冷静になった。


 「すぐ行くわ!」

 だからこそ、その言葉に周りを押しのけて、リリアーナはすぐに答えた。

 急な呼び出しという点では、明らかにめんどくさい話であった。

 だが、そんなめんどくさい話であっても、今この場に居続けるよりは、リリアーナにとっては、非常に過ごしやすいのは間違いなかった。


 第二章に続く

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