幕間75
幕間75
「では、今後の両国の発展を祈ろうではないか」
ユースルレイン六世、クラルス王国の現国王は、笑みを浮かべ、手に持った杯を持ち上げる。
その様子に、目の前にいるハイルフォード王国の使者、少々硬い表情ではあるが、同じく笑みを浮かべ杯を持ち上げる。
そして二つの杯が当たり、共にその中身を飲み干す。
「では、今後も両国の変わらぬ友好を…」
使者は、少々肩の力を抜き口を開く。
クラルス王国の王宮で行われたこの簡単な作業を持ち、両国の先の戦いは、正式に講和が成立し、終戦となった。
最も、国王自ら対応をしたクラルス王国に対し、ハイルフォード王国は、下級貴族を使者として寄こしている等、明らかに不平等な空気に満ちたものであった。
勿論、今日を迎える前に、両国で細かい取り決めは終えており、この日はあくまで、両国の和睦を内外に示すための儀式に過ぎない。
だが、例えそうであっても、ハイルフォード王国の対応は礼を欠いており、こちらの神経を逆なでするものであった。
最も、今回の戦いは、表面上は引き分けのように振舞っているが、実質的にはこちらの敗戦である。
故に、この講和に際し結ばれた条約も、明らかにクラルス王国にとって不利益なものであった。
しかし、そのような条件であっても。その内容を呑まざるを得ない事情がクラルス王国にあった。
一つに、ここに来て周辺国家に不穏の動きが見えており、ハイルフォード王国と戦い続けるリスクが高まりつつあること。
そして、ハイルフォード王国の襲撃により、予想以上に大きな被害が出てしまった現状では、周辺国家を抑えきることは出来ないため、早期に国力の回復を行う必要がある。
だからこそ、ここは、相手の申し出をこらえる必要がある。
当然この状況に納得しない一部過激派達は、不平不満を述べていたが、そのような者達を説き伏せ、そして特に過激な者達を、今日、この場所から遠ざけることで、今のところ、特に問題は起きずに講和は進んでいた。
このまま無事に講和が結ばれる。
そのことに、ユースルレインが安堵し一息をついた瞬間、事件は起こった。
「あぁそうだ。ユースルレイン閣下。我が国の上層部から、一つ取引と言いますか、お願いがあるようでして…」
ハイルフォードの使者は、杯の中に注がれた酒を一気に飲み干し、少々赤みがさした顔で、若干、口元の動きを鈍らせながらも語り掛けてきた。
「ほう?何かね?」
ユースルレインは、笑みを浮かべながら、同時に心の中で悪態をつきながら、その言葉の続きを待つ。
必要であれば、聞き入れるつもりではあったが、これ以上の要求は、正直なところ勘弁を願いたいところであった。
「いえいえ。そちらが心配されるような要求ではありませんよ。むしろ、代価を払うつもりの、そう取引ですよ」
わざとらしい笑みを浮かべながら、使者は、応える。
「ほう?何かね?」
その笑みに合わせて、穏やかな顔と声を維持しながら、ユースルレインは、先を促す。
周囲に控えた部下達、他の使者達が、聞き耳を立てる様子が視界に入る。
「はっ、実は一人、我が国の罪人がこちらの国に逃げ込んだという話がありまして。その男を捕える手助けをしてほしいのですよ」
そういいながら、使者は、懐から手紙を取り出す。
「詳いことは、こちらに書いてあります。謝礼も払いますので、まあ、ご協力を頂ければと思います」
使者は、笑いながら懐から出した紙を広げる。
「罪人の名前は、ユノース。どうもこの国で、ある有力者に取り入っているようですが…」
使者は、笑いながら言葉を続けようとする。
シュン。
瞬間、風切り音がなり、使者の首が切り落とされる。
「?!貴様、何をする!」
その様子を見た、ハイルフォード王国側の使者達が、一瞬遅れて騒ぎだし、武器を構え始める。
「どういうつもりだ?ヴェルナード」
そして、ユースルレインは、頭を抱えながら、使者の首を切り落とした男に問いかける。
「いえ、彼の非礼が目に余った物でつい。申し訳ございません」
その顔には、全く後悔の念も、謝罪の気持ちも浮かんでいなかったが、言葉だけは丁寧に発しながらヴェルナードは応える。
講和反対派である、この男の行動に頭を痛めながら、ユースルレインは、頭を振る。
いずれにせよ、こうなった以上、再度の戦争は避けられないであろう。
そうである以上、この場で取れる方法はただ一つであった。
「一人も逃さず処理をしろ」
この場に来ている相手国の使者を全滅させ、異変の発覚を可能な限り遅らせる。
それぐらいしか、手段は残っていないであろう。
そう考え、一つの命令を下す。
そして、虐殺が始まった。
「それでどういうつもりだ」
多勢に無勢、そもそも下級貴族が連れている兵士の質など知れている。
ハイルフォードの兵士は、あっという間に全滅し、その死体が転がる中、ユースルレインは、改めてヴェルナードに問いかける。
「先程の話で出ていたユノースですが、今、私の方で使っているのですが優秀な男です。それを切り捨てるのは、まだ早いかと思いまして、念のため追手を潰した次第です」
その問いにヴェルナードは、悪びれもせずに応える。
「ユノース?あぁさっき使者が言っていた、ハイルフォードから逃げ出したという男か。ふむ。なるほどな」
ユノースが、ヴェルナードの保護下に入っていることを、今初めて知ったユースルレインは、少々驚きながらも、その言葉を流す。
いずれにせよ、ハイルフォード王国とは、また戦争が始まる可能性が高い以上、急ぎ各方面に指示を出す必要があるであろう。
「そのユノースが、面白い情報を持っておりまして。まあ一度聞いてみてください。この状況を打開できるかと思いますよ」
笑いながら、ヴェルナードは、言葉を続ける。
「ほう」
そしてその言葉は、どこかユースルレインの耳を引いた。
「ご興味がおありですか?おいユノース。王がお呼びだ」
そんなユースルレインの表情を見て、ヴェルナードは笑みを浮かべ後ろに控えた男を呼ぶ。
「お初にお目にかかります。我らが王よ。ユノースと言います。お見知りおきを」
そしてユースルレインの目の前に進み出た男が頭を下げる。
「ほう。貴公は、どのような情報を与えてくれるのかね?」
そしてユースルレインは、この男がもたらす情報が、起死回生の一手となることを祈りながら、その男に問いかけた。




