第七十五章「乗っ取り」
第七十五章「乗っ取り」
「参りましたねぇ。遠くへは逃げていないと思うのですが…」
ユラがぼやきながら、周囲を探索している様子を、セレトは、少し離れた場所から確認をする。
勿論、彼女に近寄るような愚は犯さない。
彼女の様子は、セレトが放った監視用の使い魔を通して伝えられている。
最も、ユラはセレトが放った使い魔たちの存在には当然のように気が付いているようであったが。
「ねぇ。セレト卿。このまま逃げ切れると思ってます?ひひひ。ここで一度を決着をつけてみませんか?」
ユラは、こちらが放った使い魔の方へ向けて声を上げてくる。
ここで戦うべきか否か。
セレトは一考をする。
追手は、当然ユラ達だけでないであろう。
恐らく他にも追手が近くに潜んでいる可能性を考えれば、多勢に無勢。
アリアナが戻らないのは、他の敵との交戦という事態もあり得る。
これらの要素を考慮すると、このまま戦うというのは、当然、愚の骨頂であろう。
だが、ユラが引き連れている、セレトのコピーとも言える存在。
ユラが言っていたことが本当であるなら、こちらの行方は、そのコピーを使い、いつまでも追われ続けることが可能なのであろう。
そう考えると、ここで逃げたところで無駄でもあり、むしろこの場でユラ達を始末することが最適解のようにも思える。
「くくく。怯えないでくださいな。私、貴方を気に入ってはいるんですよ。だからこそ、それ相応の礼儀は尽くすつもりですよ。ひひひひ」
ユラは笑いながら、侮蔑の声色でこちらを挑発するように呼び続ける。
その近くには、自身のコピーが佇み、こちらの出方を窺っている。
二対一。
しかもうち一人は、自身のコピーであり、こちらの放つ手に対する対抗手段を持っている。
アリアナがいれば、また違う展開も望めるが、現状は明らかに不利であった。
一巡、頭の中で様々な思考が巡る。
首にかけた懐中時計がふと目に入る。
その時計の針を見て、ふと、アリアナの戻りが遅すぎることに気が付く。
アリアナも敵襲を受けている。
その考えが、ふとセレトの頭の中に浮かぶ。
そして、セレトは決断をする。
「おや?まさか、本当に出てくるとは。ひひ」
少々驚いた表情で、ユラはこちらに視線を向ける。
コピーは、黙って立っている。
そんな二人の前に、その姿をセレトは晒す。
戦う。
その結論に従い、少しでも勝機がある方法を取るべくセレトは動き出す。
「今度は、逃しませんよ!けけけけ」
ユラが笑い声をあげると共に、コピーが動き、セレトの足元に魔法陣が現れる。
拘束の魔法。
影のような漆黒の鎖がセレトの足元から現れ、その身体に巻き付く。
「さて、どうしますか?」
動きが取れないセレトに対し、ユラは笑いながら語り掛けてくる。
だが、その言葉にセレトは応えずに機を伺う。
チャンスは一瞬。
「まあ、このまま後腐れもなく、殺してしまうのが最適解なんでしょうが」
笑いながら、ユラは縛られているセレトに近づく。
その後ろにコピーが控え、セレトを縛る術を維持している。
ユラが手元にナイフを構える。
刃渡りは短そうであるが、首を引き裂き、相手を殺傷するぐらいの力はあるであろう。
そのナイフでセレトの首を断とうとする。
その瞬間、セレトは一つの賭けに向けて動き出す。
そしてナイフが動こうとした瞬間、セレトが仕掛けていた術が発動をする。
黒い闇を纏ったナイフが、ユラ達の周辺に一斉に展開される。
魔術で生み出された刃物は、そのまま敵に向けて放たれる。
「無駄ですよ!」
だがユラは、一気に距離を取る。
同時に上げた声に反応して、後ろに控えるセレトのコピーが結界を張る。
結界は、対となる力で、セレトの放った攻撃を次々無効化をしていく。
「囚われているのに、大したものですね。ひひひひ」
ユラは、笑いながらこちらを見る。
その目の前には、依然、囚われているセレト。
そんなセレトが事前に仕掛けていた罠を打ち破った。
そうユラは考え、勝利を確信したのであろう。
その顔に笑みが広がる。
「あぁそれでいいんだよ!」
だからこそ、セレトの放った次の一手は、彼女を驚愕させ、その笑みを奪った。
グサリ。
放ったナイフの一部が、囚われてたセレトの首を刎ねる。
「なに?!」
ユラの笑みが驚きに変わるのが見える。
目の前で起きていることを理解できず、焦りを見せるユラに対し、セレトは、彼女を出し抜いた満足を実感しながら次の一手を進める。
自ら首を刎ね、自身を贄にしたからこそ発動をさせることができる術。
自身を媒体に一つの生命を呼び出す。
「この召喚式は?!まさか、ヨルムガンドの使徒?」
ユラが焦ったような声を上げる。
「止めて!あの男の力を持つ貴方ならできるでしょ!この術を止めて!」
錯乱するかのようにユラは、セレトのコピーに嘆願をする。
だが無駄である。
この術式は、自殺という一つの儀式を起点に発動をする使徒の降臨である。
中途半端な自身のまがい物が止められるようなものではない。
それでも、強引に止めようとするのであれば、相手が取れる手段は一つだけである。
グサリ。
耳慣れた音と共に、自身のコピーの首が落ちる。
自分と同じく、自殺という手段を取り、同等の対価を払うことで、こちらの動きを強引に止めるための術が発動をする。
そう、単純な自身の持つ力と知識を、中途半端に所有をしている者が、辿り着く応え。
いや、むしろユラの思念を受けて動く操り人形と化している存在であるならば、目の前の行動は、ユラの焦りがもたらしたものか。
いずれにせよ、自身の思うよう、望むように進んでいく。
『自殺』
それが、セレトの狙っていた応え。
「?!なぜ止まらない?いや、何が起こっているの?」
ユラの焦り声が響く。
「ユラ、ありがとう。思い通りに踊ってくれてな!」
そんなユラに、セレトは、もう一つの身体、今しがた首を刎ねたコピーの身体を使い語り掛ける。
「?!セレト!貴様!」
驚きと、怒りが入り混じった表情でユラがセレトに応える。
セレトが発動した召喚の術式、それと同時に全く同じ方法で発動した召喚の術式。
近距離で発動をした、同じ存在を呼び出す術式。
その同じ術、同一の存在を呼び出すという性質は、同時に発生をすることで、混同し、一つの術式となる。
そして、自身の死と身体という術の媒体も、同様に混同を始める。
その状況を利用し、二つの身体を支配下に置く。
いや、コピーは、所詮ユラの操り人形であり、希薄な意思しかもっていない。
故に、自身の意思を上書きすることは、決して難しい話ではなかった。
首を刎ね、徐々に死が蝕んでいく身体を、自身の呪われた力で強引に現世に止めながら、セレトは、賭けに勝ったことを実感するのであった。
第七十六章へ続く




