幕間72
幕間72
「さてと。さっさと主の場所を教えてくれないかね?」
グロックは、拘束したアリアナにそう問いかける。
最も、アリアナはこちらを強く睨むものの、口を開かず何も答えない。
「ハァ」という音が聞こえてくる程、露骨にため息をグロックはつく。
ゴス。
そして、そのまま右足で、倒れている彼女の横顔を無造作に蹴飛ばした。
「っつ!」
アリアナは、息を吐くが、言葉らしいものは出て来ない。
その様子を見てグロックは、深くため息をつく。
何とかアリアナを無力化をしたものの、その口を開かせることに苦労をしている現状に嫌気がさす。
グロックに多少なりとも魔術の心得があれば、それを使いアリアナに何かを吐かせることができたであろう。
だが、魔術的な素養がほとんどないグロックはそんな手段をとることができず、仕方がなく肉体的な方法で情報を吐かせようとするが、結果は芳しくなかった。
何度も蹴られ、殴られ、多くの傷を負っていながらも、アリアナは、こちらを強く睨んできている。
その様子を見ながら、グロックは、またため息をつく。
グロックは、ただの小娘と思っていたが、アリアナは、予想以上に痛みに対する耐性と強い精神を持っており、これ以上、肉体的な苦痛を与えたところで、得れるものは少ないように思えた。
「腐っても、旦那が認めた人材か」
呟くように呆れとも、諦めともいえるような声を出しながら、グロックは再度溜息をつく。
「やれやれ。俺に主の場所を教えたところで、お前にとって悪い話ではないのだがな」
アリアナに振り下ろしていた手を止めて、グロックは、囁くようにアリアナに語り掛ける。
アリアナは、そんなグロックに視線を向けることもせず、口を開かない。
「俺の望みを教えてやろうか?お前の主の場所を聞いた後のさ」
そんな反応もしないアリアナを無視するように、グロックは、語りたい事を囁き続ける。
「別段、王国に居る馬鹿共に突き出したいわけじゃない。あぁクルスか?あいつからは、確かに命令を受けているが、そんなこと知った話ではない」
やや語尾を強め、吐き捨てるようにグロックは言葉を出す。
その口調か、内容にか分からないが、アリアナは、若干驚いたような表情を浮かべる。
「俺の願いは、ただ一つ。再度、セレトと戦いたいのさ。一対一で邪魔も入らない所でな」
そんなアリアナを気にすることもなく、グロックは、、一気に言葉を吐き出す。
アリアナは、その言葉に不可解な表情を浮かべる。
「馬鹿らしい話。あなた一人で勝てるつもり?」
呆れた様な表情で、アリアナは言葉を漏らす。
「あぁそうだな。あいつは、俺よりも強いだろうな」
言葉を返したアリアナに、何事もないような感じでグロックは言葉を返す。
「だがな、あいつと戦えるチャンスってのは、そう多くない。なら、今戦うしかないんだよ」
そしてそのまま、アリアナへの言葉を続ける。
「なんで?」
単純な興味があるからであろうか。アリアナが言葉を戻す。
「俺とあんたの主が一対一で戦い、あんたの主が勝てば、あんたは自由に逃げられるんだぜ?あんたにとって悪い話ではないだろ?」
アリアナの問いかけを無視して、グロックは、自分の言葉を続ける。
だが、その言葉にアリアナは言葉を返してこない。
「なぜ、あの人と一対一で戦いたがるの?」
だが、アリアナは、その言葉を無視して再度こちらに問いかけてくる。
「あぁ。お前は知らないんだろうな。俺は、昔、旦那と戦ったんだよ。その時の借りを返したいだけさ」
そんなアリアナに応えるように、グロックは、その理由を述べる。
「初耳ね」
少しは、こちらに興味を持ったのだろうか。
アリアナは、こちらの言葉に応える。
だがグロックは、そんなアリアナの言葉を無視し、嘗てのセレトとの戦いを思い返す。
いや、その圧倒的な力を見せられた記憶というべきか。
それは、正確に言えば一対一の戦いですらなかった。
当時、自分が所属していた部隊と敵対する部隊に、セレトが指揮する一隊がいたのである。
あの悪夢のような、禍々しい力。
その力によって、敗走した苦い記憶。
直接刃を交えることはなかったが、あの禍々しい力と、その恐怖は、グロックの心に深く刻み込まれていた。
その苦い記憶は、いつまでもグロックの心に残り、彼の自尊心をいつまでも痛め続けているのである。
そしてその記憶を塗り替えるため、グロックは、今一度セレトとの戦いを望んでいた。
だがセレトは、今、ハイルフォード王国の総力を挙げて追われている。
このままでは、他の者にセレトを倒されてしまう可能性は、十分にあった。
その結果、自身のセレトに対する恐怖、それを打ち消すことが一生できなくなる可能性。
それをグロックは恐れ、同時に彼を無謀とも言えるような行動に突き動かしていたのである。
最もグロック自身、セレトに負けるためだけに動いているわけではなかった。
セレトの下に、仕えることにより、彼の力、能力については、十分に学ぶ機会は得た。
そして、自身もあれから数多の戦場で経験を積んだ。
今であれば、一人の魔術師であるセレトを仕留めることができるであろう。
その自信がグロックにはあった。
「なあ、セレト様はどこだい?」
物思いに耽て閉じていた目を開き、グロックは、再度アリアナに問いかける。
その眼には、一つの決意が浮かんでいた。
「裏切り者に教えることはないわね」
アリアナは、そんなグロックを強い目で睨み返し応える。
「そうかい」
グロックは、諦めたように再度溜息を吐く。
そして息を吐きながらナイフを取り出す。
アリアナは、その鈍く光る刃を前に表情を変えずに、より強い表情でグロックを睨みつける。
そんなアリアナに対し何も言わず、グロックは懐から瓶を取り出し、その中の液体を刃物に塗る。
自白剤とするには強すぎる、意識を奪う強力な麻薬。
これを塗った刃物で切りつければ、彼女の口も多少は軽くなるであろう。
最もその強い効能は、容量を誤れば、相手を殺しかねない劇薬である。
そのリスク故に、これまで使わずにいたが、これ以上時間をかけるわけにはいかない。
刃物を振り上げ、アリアナの首に振り下ろす。
バン。
「おやおや。グロックさん。それは、困りますねぇ」
だが、その一撃は、その場に新たに現れた第三者が放った一発の銃弾により、ナイフを弾き飛ばされて止められる。
「ちっ!なんでお前がいる!」
動きを止められたグロックは、吐き捨てるように怒鳴る。
「それはこちらの台詞ですよ。貴方に指示された探索エリアには、この街は含まれていないはずですがね」
そんなグロックの言葉に飄々とした態度で、その一撃を止めた男、リオンは、まだ煙を吐いている銃口をグロックに向けながら応えた。




