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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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幕間71

 幕間71


 「それ、包んでくださる?」

 その声が耳に聞こえた瞬間、グロックは、声を出しそうになったが、何とかその声を押しとどめる。

 いや、もしかしたら、少しは声が漏れていたのかもしれないが、市場の雑踏は、グロックのその声をかき消した。


 そのまま何気ない自然な動きで、声がした方に視線を向ける。

 その視線の先に、よく見知った顔、嘗ての仲間の姿が目に入る。


 魔女、アリアナ。

 セレトの片腕であり、多くの者がセレトの下を立ち去った今も、彼に付き従う数少ない人物。


 もっとも、グロック自身、セレトとの遭遇を期待していたわけではなかった。

 たまたま、セレトらしい人物の目撃情報を得たため、その情報を基に、当たりをつけてこの場所に訪れただけである。

 それゆえに、グロックは、自身の幸運が信じられなかった。


 見たところ、アリアナは一人のようであり、近くにセレトはいない様子であった。

 そんな市場で一人で食料を買ってるアリアナを見ながら、グロックは考える。


 セレトが近くにいるかは不明であったが、アリアナがセレトについて何らかの情報を持っていることは間違いないであろう。

 このままアリアナの後を尾行していけば、セレトの居場所もわかるかもしれない。

 だが今グロックの周囲には部下はいない。

 そもそも、クルスに指示されたエリアから外れているこの街には、グロック一人で訪れている。

 そしてグロック一人でアリアナとセレト、この両名を相手取ることはまず無理であろう。


 「その後ろの赤ワインを取ってもらえるかしら。えぇそれよ。お金?これで足りるでしょ?」

 アリアナは、めんどくさそうに買い出しを続けている。

 最も、手に持っている荷物の量を考えると、そろそろ市場を出て拠点に向かう頃であろう。


 拠点が近くにあるのか否か、そもそも、そこにセレトがいるのか、疑問ばかりが多くある状況であったが、グロックの中で大まかな方針は固まりつつあった。


 人目に付かない場所で、アリアナに襲撃をかけ、彼女から必要な情報を引き出す。

 そして、彼女を人質にし、セレトを自身の手で捕える。

 最も、セレトがアリアナに人質としての価値を見出すかは分からなかったが、それでも、アリアナの動きを封じて一対一で戦えば、先の戦いで多少なりとも負傷をしているはずのセレトであれば、グロックにも多少の勝機はあるであろう。


 そう考えると、グロックは、アリアナに視線を向けたまま、あえて人混みの中に向かい備考の準備を整る。

 そんな彼に気が付いているのかいないのか、アリアナは、荷物をまとめながら、そのまま市場の出口へと向かう。


 グロックが事前に調べた街の地理から考えると、アリアナが向かっているのは宿泊施設が多いエリア。

 多少は人の出入りはあるが、今居る商業エリアよりは、人気がない場所である。


 そのことに、好都合を感じながら、グロックは、舌なめずりをしながら武器に手を伸ばす。

 アリアナは、人混みを避けながら、商店街の出口へと向かう。


 狙うは、このまま先に進むとぶつかる、人通りが少ない裏路地に着いたタイミングである。

 そこで一気に襲い掛かり、勝負をつける。


 そう考えグロックは、アリアナの動きを注意深く見守る。

 先を行くアリアナは、背後にいるグロックに気が付いている様子はなく、荷物を持ち歩いている。


 そして、アリアナは、角を曲がり商業エリアを離れた。


 瞬間、グロックは、一気に動いた。


 無防備なアリアナの背中。

 そこに、手に持ったこの麻痺毒が仕込まれた短剣を刺し、彼女を捉える。

 それだけの簡単な仕事。


 アリアナは、こちらに気が付いている様子はない。

 周囲に霧のようなものが出ているが、簡単な警戒のためのものか攻撃性も防御性も見られない。


 構えた短剣は、そのまま彼女の背中を貫くはずであった。


 「グロロロロオオオオオ」

 だがその瞬間、何者かの叫び声が大きく響く。


 「?!グロック!!」

 そしてその声に反応して、アリアナがこちらに振り向く。

 その言葉と同時に、彼女の手から黒い霧が放たれる。


 セレトも得意としている、黒煙を放つ術。

 恐らく、何らかの呪術が込められている物かと思われるが、その術を正面から受ける理由はない。


 故に、グロックは強引に横に飛び、その術を避ける。

 だが、それと引き換えに、アリアナとの距離が離れてしまい、彼女と向き合う形となる。


 「久しぶりね、グロック。何の用かしら?」

 アリアナは、こちらを警戒する様子を見せながら問いかけてくる。

 その両の手には、術式が込められており、いつでも放てるようであった。


 「あぁ。久しぶりだなアリアッナア!」

 和やかに声をかけながら、最後の一瞬、力を入れて彼女に向けて短刀を投げつけ、同時に彼女への距離をつめる。


 前触れもなく投げつけられた短刀にアリアナの反応は一瞬遅れる。

 黒い霧を突き抜け、短刀は、アリアナへと一直線に向かっていく。

 アリアナが短刀を避ければ、その隙をつき彼女を切る。


 「グググオオオロロオオ!」

 だが、再度叫び声が響くと、同時にグロックが投げた短刀は弾き飛ばされる。


 「チッ!」

 短刀に対する反応が明らかに遅れていたアリアナによるものではない。短刀を弾き飛ばした何らかの護衛がいるのであろう。

 そのことに、舌打ちを一つ放ちながらも、グロックは、一気に距離をつめていく。


 目の前にいるのは、アリアナ一人のみ。

 このまま突き進めば、間違いなく、彼女に死なない程度のダメージを負わすことができるであろう。


 「ひっきゃあああ!」

 アリアナの叫び声が路地裏に響く。

 だが、その声に構わず、グロックが放った太刀の一撃は、アリアナの脇腹を切り裂く。


 それに大きいが、致命傷になり得ない傷。

 彼女を人質として使うために調整をされた斬撃である。

 ボフ。


 だが、彼女の叫び声が響く中、アリアナの傷から黒い霧が放たれる。


 「くそ!」

 正面から放たれた、黒い霧を浴びたグロックは、一瞬怯む。

 呪術が込められいる様子はなかったが、血のような匂いがする霧は、グロックの視界と思考能力を奪っていく。


 「グロロロロオウアア!」

 同時にあの叫び声が再度響く。

 瞬間、グロックの身体は、何かによって思いっきり弾き飛ばされる。


 強い衝撃は、グロックの身体の自由と思考能力を一瞬奪いとる。

 そのままグロックは、受け身をとることも儘ならず地面に叩きつけられる。


 「女性に対して、あんまりの扱いね」

 倒れたグロックに対し、アリアナは、傷のせいか息も絶え絶えに語り掛けてくる。

 このままグロックに襲い掛かれば、十分に勝機はあるであろうに、アリアナも体力の限界が来ていたのか、距離をとり様子を見てくる。


 「悪いね。あんたの主と同じで女嫌いなものでな」

 軽口を言いながら、目の前のアリアナへと笑みを浮かべた表情を向け、グロックは立ち上がる。


 負傷をし、元々魔力も尽きかけていたのか、アリアナの満身創痍な様子が伝わってくる。

 一見、チャンスではあったが、先程から放たれている、謎の叫び声をあげる護衛の正体がつかめていない状況では、こちらから迂闊に攻め込むわけには行かなかった。


 この不気味さ。

 何度も同じ部隊の仲間として戦いながらも、未だにその手の内が読め切れないアリアナという存在に、どこか恐怖を感じながら、グロックは、次の一手を考える。


 弱っている以上、アリアナも限界は近いようであった。

 実際、その豊富な術、あの彼女の異常な精神性を具現化したような呪術の行使が見られないということは、大分、追い込まれているという状況であることは間違いないであろう。

 先程から、こちらの動きを封じているあの叫び声の主のネタさえ割れれば、このままこちらで勝利することは充分に可能である。 


 グロック自身、魔術の才は大してなかったが、傭兵として戦い続けた中、剣一本で魔術師を倒したこともあらう。

 故にアリアナの動きを見ながら次の一手を考える。


 「あら?もう終わり?ならこのまま別れない?」

 アリアナは、傷を庇いながら、こちらに軽口を叩いてくる。

 最も、その身体は、グロックにつけられた傷もあり、決して万全ではない。

 そして、本調子ではないが故か、先程から彼女が放ってくるのは、黒霧による何らかの目くらましと、時折放たれてくる護衛による散発的な攻撃のみである。


 「そうしたいんだがな。旦那様にお会いするまで帰るわけにはいかないんだよ!」

 アリアナの言葉に、返事をしながら一気に彼女との距離をつめる。

 種は、凡そ予測が付いた。

 後は、それが正しいか試してみるのみである。


 「あの方を裏切ったお前が、あの方を主と呼ぶなあああ!」

 アリアナは、怒りの声を上げて黒い霧をこちらに放つ。


 目の前に一気に広がる黒い霧。

 そこに向けて、グロックは、一気に突っ込む。


 そして、そこをそのまま駆け抜け、アリアナに刀の切っ先を向けて飛び掛かる。


 「グオアアロロワアア!」

 瞬間、あの叫び声が響く。


 「死ね!」

 そしてアリアナが叫ぶと同時に、飛び掛かるグロックの身体に向けて凄まじい衝撃が襲い掛かる。

 そのまま、アリアナの目の前に凄まじい音が響くと同時に、グロックが身に着けていた鎧が宙を舞う。


 「馬鹿な男。あのまま逃げていれば、昔のよしみで見逃してあげたのに」

 心底軽蔑しきった声で、アリアナが呟く。


 「そうかい。それは光栄だ」

 グロックは、アリアナの背後から笑いながら応える。


 「?グロック?!貴様、どうやって」

 アリアナは、驚愕の表情を浮かべながら、慌てて後ろに振り向こうとする。

 だが、その身体がこちらに向けられる前に、グロックは、彼女に峰打ちを当てて一気に取り押さえる。


 「黒霧の呪術によるカウンターか。魔力が碌にない状況でよく考えたな」

 笑いながらグロックは、倒れたアリアナに語り掛ける。


 呪術が仕込まれた黒霧を放ち、それに害意をもって触れた者に、呪詛を返しカウンターをする。

 単純な手であるが、効果は絶大だ。

 最も、それは、ネタが割れてなければの話である。


 最後にアリアナに攻め込んだ時、グロックが放ったのは、単純な空蝉の応用。

 自身が身にまとった鎧を黒い霧にぶつけ、それを呪術への身代わりにしただけである。

 カウンターで発動した呪術は、身代わりに向けて放たれ、結果、無傷のグロックは、無事にアリアナを取り抑えることに成功したのである。

 もちろん、単純な鎧だけでは、アリアナに感づかれる可能性もあったため、軽い細工はしておいたが。


 「さてと、どうするかね」

 騒ぎを聞きつけ、人が集まってくる。

 そうなる前に判断を下す必要性を感じながら、グロックは、軽くため息をついた。

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