幕間68
幕間68
「逃げたか?」
ヴェルナードは周囲に控えた部下達に問う。
「えぇ。この先で感じていた魔力は霧散しました」
先導をしていたジモクが応える。
「そうか」
ジモクの言葉に、ヴェルナードは一言返すと黙りこむ。
ハイルフォード王国に留まり、既にかなりの時間が経過してる。
精鋭を集めたはずの部下の多くも傷つき、その数も減らしていた。
これまで王国に気づかれないように立ち回っていたが、それももう限界であろう。
そのような中、最後の賭けとして、魔力を感じた地点に兵を進めたが、その場所に辿り着く前に、魔力の持ち主は立ち去っていた。
「さてどうするか」
ヴェルナードの口から自然と言葉が漏れる。
「急ぎ、撤退をするべきかと。ここからは国境も近いですし…」
そんなヴェルナードの独り言に、副官がおずおずと応える。
撤退。
それも一つの手であることはヴェルナードは十分に理解はしていた。
多少の犠牲は出たが、まだその被害は大きくなく、現状、ハイルフォード王国に自身の存在は気づかれていない。
ここから、逃げること自体は、決して不可能な話ではないだろう。
そして、歴戦の将軍としてのヴェルナードの経験は、作戦を続行した場合のリスクとリターンを秤にかけ、撤退に軍配を上げていた。
だが、ヴェルナードの直感は、その判断に反対をしていた。
作戦を続行するリスクの高さを理解しながらも、ここで撤退することにより、後少しで得れる何かを失うことの方が、より損失が多いと、その直感は語り掛けてきていた。
勿論、この直感が正しいものとは限らないことは、ヴェルナードも十分に理解をしていた。
ここまで作戦を進めてきた自分の判断を肯定したいという思いが生み出した、願望も多分に混じっている可能性も十分にあり、そんな思いが生み出した考えをそのまま受け入れるリスクを重々に承知はしているつもりではあった。
しかしその一方で、ヴェルナードの中には、あと少しで追っていた者に追いつけるであろうという、手応えもあった。
こちらが目指していた地点の魔力は霧散をしたということであるが、少なくとも、つい先ほどまで、その場所で大きな魔力が動いていたことは事実であった。
大きな魔力が消えたということは、その場所には既に誰もいないかもしれなかったが、何らかの痕跡は見つかるかもしれない。
それを、このままみすみす見逃してもいいのであろうか。
そう考え、深くため息をつくと、ヴェルナードは周囲を改めて見回した。
周囲にいる部下達は、元々精鋭であることに加え、必要以上の戦闘を避けていたこともあり、傷を負っている者こそ多いものの、まだ進軍を継続するだけの力は残っているように思えた。
だが、これ以上進んだ所でリスクばかりが上がり得るものがなければ、この優秀な部下達を無用なリスクに晒すこととなる。
それこそ、無駄な行動であると、ヴェルナードは今一度考える。
確かに成果を得られない作戦ではあったが、本国へ戻った後、他の貴族や将達に文句を言われないぐらいの工作も、現段階であれば十分に可能である。
そもそも、ハイルフォード王国の内情も、反逆者が発生したためか予想以上に疲弊をしている様子である。
それを報告し、王国との戦の再開をできれば、今回の自身の出兵についても、かなりの目溢しを期待できるであろう。
そこまで考え、ヴェルナードは自身の直感を抑え込む。
「全軍撤退を…」
そうして指示を出そうとヴェルナードは、口を開く。
「!!何者かが近づいてまいります!」
だがその声は、自身の部下、ジモクの声で遮られる。
「なんだ?何が近づいてきている?」
ヴェルナードは、声を抑えながら部下に問いかける。
周囲の部下達は、声を潜め、ヴェルナードとジモクのやり取りに耳を澄ませている。
「一人、何者かがこちらに向かっております。それなりに強い魔力を持ってはいるようですが、大分弱ってはいるようです」
ジモクも自然と声量を落とし、ヴェルナードに応える。
「方角と距離は?」
ヴェルナードは、淡々とジモクに問いかける。
「あちらの方角、100m程先かと」
ジモクは指で方角を刺しながら説明をする。
「そうか」
その言葉を受け取りヴェルナードは、口を閉ざす。
既に撤退を決めた後であったが、この報告は、ヴェルナードの心を動かしてた。
何の成果も得られてないこの出兵であったが、ここで動くことに、何らかの成果へとつながるかもしれなかった。
だが、これ以上の滞在はリスクではあった。
むしろ、今こちらに向かって来ている者が、こちらにとってのリスクとなることも十分にあり得る話であった。
「ジモク。お前は俺にその場所を案内しろ。他の者達は、急ぎ国境に向かえ!」
少し頭の中で計算をし、ヴェルナードは部下達に声をかける。
結論は、こちらに向かっている人物に賭ける。
勿論、リスクは最小限に抑えての話であったが。
「了解です!」
副官が慌てたように応え、部隊をまとめだしているのを尻目に、ヴェルナードは、ジモクと共にその場所へと向かった。
はぐれた敵兵か、それとも全く関係のない第三者か、あるいは、先程、霧散した魔力と関係がある者なのか。
ヴェルナードは、そのことを考えながら足を速める。
「あれですね」
ジモクが声を落とし、ヴェルナードに語り掛ける。
その言葉にヴェルナードは足を止め、指差された先を物陰から眺める。
指差された先には、一人の男が木に背を預け立っていた。
騎士のようであるその男は、周囲を警戒しながら、身体を休めているようであった。
明らかにハイルフォード王国の人間であり、その男が鎧に着けている紋章に、ヴェルナードは反応をする。
「あれは、ヴルカルの関係の紋だな」
独り言のようにヴェルナードは呟く。
今、ハイルフォード王国で起きている反逆劇の中心人物である男の部下。
その男は、きっとこちらの役に立つ。
そう考えたヴェルナードは、物陰から姿を現し、目の前の男の前に姿を現す。
「誰だ?」
目の前に急に現れたヴェルナードに、男は武器を取り反応をする。
「武器を仕舞ってもらって構わんよ。私は、貴公と戦うつもりはない」
笑みを浮かべながら、ヴェルナードは目の前の男に近づく。
「これ以上、こちらに来るな!」
男は、武器を向けてヴェルナードに怒鳴りちらす。
「ふむ。私は、ヴェルナード。クラルス王国の将軍だ。貴公の助けになるとは思うのだがね」
足を止め、ヴェルナードは、目の前の男に声をかけ続ける。
「貴公は、ヴルカル卿の配下だろ?そちらの事情も大体わかるのだが、どうかね?このまま行くところがなければ、私についてこないかい?」
相手の反応はない。だが、ヴェルナードはそれを無視して言葉をかけ続ける。
「この国から逃がしてやるよ。乗るかね?」
そして、ヴェルナードは、力を入れてその言葉を発する。
相手がこの言葉に乗ってくるか、否か。
反応を伺いながら、ヴェルナードは、再度距離を詰める。
「いいだろう。その話乗ろう」
そんなヴェルナードに対して、男は、疲れた様な笑みを浮かべて反応をする。
「実は行くところがなくてね。貴公が助けてくれるというなら、渡り船ではあるのだよ」
その疲れた様な笑みを浮かべたまま、男はヴェルナードに応える。
「おぉそうか!えぇっと貴公の名前は?」
喜びを見せながら、ヴェルナードは目の前の男に問いかける。
少なくとも、この国に反逆をし内情を知っている亡命者を確保できたのである。
成果としては、それなりの価値はあるであろう。
「ユノース。ヴルカル様に忠誠を誓った騎士の一人だ」
ユノースは、ヴェルナードに応える、武器を仕舞った。




