幕間64
幕間64
「悪夢、悪夢、悪夢…」
それは、ただただ呟き続ける。
「おやあ。あんた、まだ生きているのかい?」
それに対し、声をかける。
「苦痛と悪夢。その力の根源」
最もそれは、その声に気づかぬように、呟きを続ける。
「全く、変な成長をしてしまって。こいつをどうすればいいのやら」
呆れた声で、成長をし、巨大化を続けるそれに話しかける。
相変わらず、それは、そんな声に気づかぬようであったが。
「まあいいさ。いずれ方向も決まるだろうよ」
全く反応らしい、反応を見せないそれに声をかけ、部屋を出ようとする。
「伝令です!」
だが、急に部屋に飛び込んできた兵士によって、その動きは止まる。
「どうした?」
慌てて入ってきた兵士に、あくまで落ち着いた声で問いかける。
「北部方面に派遣した複数の部隊が全滅をした模様です!」
兵士は、息を整えると一息で報告をする。
「ほう。それなりの規模の部隊を送っていたと思うが」
少々の驚きを見せながらも、落ち着いた態度で兵士の言葉に応える。
慌てたところで、部下に余計な不安を与えるだけである。
「逃亡者であるセレトが関わっている可能性も高く、我々にも出撃の指令が出ました」
そんな対応に、少し落ち着きを取り戻した兵士が、報告を続ける。
「ほう。私もか?」
兵士から言われた言葉に、驚きが混ざった言葉を返す。
最も、遅かれ早かれ、どこかのタイミングで出撃を命じられるのは分かっていたので、そこまで驚きはしなかったが。
「はっはい!セレトが関わっている以上、お力添えを頂きたいというのが上の意向でして」
少々取り戻しつつあった落ち着きも吹き飛んだように、慌てた態度で兵士は応える。
「そうか。わかったよ、準備をしよう」
そんな兵士の様子を厳めしい表情で見つめながら言葉を返す。
最も、腹の中は、表情と裏腹に笑みを浮かべている状態であったが。
「お願いいたします!」
兵士は、多少緊張した様子でありながらも、ほっと安堵の表情を見せる。
そしてそのまま、部屋を出ていこうとするが、部屋を完全に出る直前で、何かを思い出したように振りかえり問いかける。
「そういえば、先程まで誰かいましたか?」
少々の好奇心を見せながら、兵士は、自身の疑問を口する。
「いや。誰もおらんよ。どうしてだい?」
そんな兵士に対し、少々困惑を見せながら応えと自身の疑問を口にする。
「いえ、誰かに話しかけているように思えたので。気のせいですかね?」
兵士は、応えに納得をしていないようであり、再度問いかけてくる。
「気のせいだろう」
だが、これ以上、目の前の兵士の好奇心に付き合う必要はないと考え、彼の言葉をばっさりと否定をする。
その回答に兵士は、納得をしていない様子を見せていたが、首を振るとそのまま部屋から立ち去った。
「やれやれ。めんどくさい話だ」
兵士が部屋を出ていくのを眺めて、呟く。
「私が誰と話そうと、関係ないだろうに。なぁ?」
そういい、部屋の隅へと目を向ける。
そこには、黒い液体に満たされたグラスが置いてあった。
「闇と光、二律背反…」
隅に置かれたグラスからは、呟くような音で、声が聞こえる。
「セレトの忘れ物か」
その声のする方向に視線を向けながら、こちらも同じように呟く。
「巫女、聖女、悪夢を…」
その呟きに応えるように、声は鳴り響く。
「セレトが使ったシェイプシフターの肉片か。思わぬ拾い物になりうるかな」
そう言いがら、出撃の準備を進める。
セレトが聖女襲撃に使ったと噂があるシェイプシフターの死体を一部を回収ができたのは、彼にとっても予想外の戦果であった。
一度、セレトの魔力が流れた、この魔法生物の死体は、その魔力の残滓もあってか、未だに彼の意思が残っているかのように見受けられるところがあった。
そして当初は、ただの肉片だったが、外から魔力が込められたことにより、徐々に喋り出すようになったのである。
元々、大した期待もなく回収をしたものであったが、戯れで込められた魔力により徐々に成長をしていくこの肉片には、不思議な魅力があり、同時に、現在逃走を続けているセレトと何らかの繋がりが期待できる道具でもあった。
それゆえ、まだ残っているセレトの魔力の残滓等をうまく使うことにより、きっと自身の助けに繋がるであろうと考えていたが、この予想より早い成長は、その思いをさらに強めたのである。
「出撃の準備が整いました!」
そこに、先程とは違う兵士が訪れ、こちらに声をかけてくる。
部屋の外には、部屋に入ってきた兵士以外の兵士達も複数名控えている。
「ふむ。向かうかね」
そう言いながら、グラスを持ち上げ、その中身を口の中に流し込む。
液体と共に、固形物が一つ、身体の奥に入っていく。
瞬間、一瞬自身の身体が熱くなるのを感じる。
「どれ。急ごうか」
そう言いながら、リオンは、自身の白い髪をいじりながら一歩、外に足を踏み出したのであった。




