第六十四章「すべて枯渇する」
第六十四章「すべて枯渇する」
「例えばだ。身動きが取れないあんたの首を刎ねる。ある意味、それが最善手であるのは間違いはないだろう?」
捉えたリリアーナを相手に、セレトは笑いながら語り掛ける。
同時に込められた魔力をリリアーナに向ける。
「だがな、それは、それで味気がないというのが本音でね。そんな矛盾した感情、どう思う?」
リリアーナの反応はないが、セレトは、それを無視して話し続ける。
「そうだな。さっきの戦いで心臓を貫かれ、あんたの攻撃で追い込まれた屈辱。それを考えると、この首を楽に刎ねるのもつまらない」
そうしてセレトは、魔力で生み出した黒刀の剣先でリリアーナの首を撫でる。
「あら、なら生かしてくれるというの?」
首に刀を突き付けられている状況にも関わらず、ようやく口を開いたリリアーナは、強い口調でセレトに問いかける。
その態度は、状況からはとても信じられない程の余裕が感じられるものであった。
「ははは。俺が?あんたを生かす?この傷を、この状況を俺に与えた、あんたを?」
そんなリリアーナの言葉は、自然とセレトに笑みを浮かべさせた。
状況からすれば、まるで負け惜しみのような強がりを述べるリリアーナの態度は、この圧倒的に優位な状況にあるセレトの加虐心をより強め、そして、身動きができない彼女を自由にできるというどす黒い欲望を、より高めてくれた。
この傲慢な女の、余裕に満ちた態度を、自分の手で絶望に変えられる。
それは、セレトの心の中で徐々に広がり、同時に、彼に多大な幸福感を与えることとなった。
「あら?あなたが、この状況になったのは、ヴルカルに付き、国を裏切ったからでしょ?私に何の責任があるというの?」
そんなセレトの内面を知ってか知らずか、リリアーナは笑みを浮かべながら、セレトを挑発するように話しかけてくる。
「貴様の責任?」
この彼女の態度に、どこか苛立ちを感じながらも、その苛立ちを、簡単に消し去ることができる状況にあることで、心を落ち着けながらセレトは応える。
「お前の責任、いや罪は単純なものだよ。その存在が気に喰わなかった。いいや。ヴルカルは関係ない。あいつは、たまたま渡りに船だっただけさ」
最後と思うと、口は軽くなる。
ここまで隠していた思い、屈辱をも吐き出すように、セレトは言葉を続ける。
「お前は、俺の存在を否定していた。聖女?騎士団のトップの勇敢なる女性団長様?ふざけるな!テルスの谷、コロポッツ山脈、様々な戦場で、俺はお前以上の戦果を挙げていた。なのに、上のお気に入りのお前ばかりが評価される状況?そんなものを認めろというのかい?」
怒り、積年の恨みが多分にこもった言葉は、延々とあふれ出す。
先の戦いで述べたような言葉。だが、より強い思いを込められた言葉には、セレトの強い意志が反映される。
「あら?さっき話していた、私が嫌いだから、この計画に乗ったという話、それは本気の話だったの?」
そんなセレトを目にしながらも、リリアーナは、態度を変えずに言葉を返す。
最も、先程まで広がっていた笑みは、少しずつ薄れつつはあったが。
「あぁそうだとも!お前は、俺から多くの物を奪った!お前の力が認められるなら、なぜ俺は、こうなった?なぁなぁ、アンタ、俺より強いのか?」
怒りの言葉は、セレトの感情を爆発させ、同時にその思いは彼の魔力を増幅させ、セレトの憎しみに満ちた心は、魔力に禍々しい気配を付与していく。
「愚かね。そんなつまらないことで、全てを失うつもりなの?」
捕らわれているとは思えない余裕を見せて、リリアーナは、呆れた様な口調でセレトに問いかける。
「つまらない?あぁそうかな?」
瞬間、セレトの魔力が放たれ、リリアーナを捕えている黒い鎖に流される。
「ッ!」
その魔力が彼女の全身に流れた瞬間、リリアーナの口から声にならないような音が漏れる。
黒い鎖を通して、リリアーナの全身に流されたのは、腐食の呪術。
通常であれば、リリアーナが身にまとう魔力の防壁により弾かれるであろうこの術は、彼女を捕えている鎖を通すことにより、その力を増し、その効力を彼女の身に直接与える。
身体の内側から、肉体を腐らせるような痛みは、歴戦の戦士であるリリアーナを以てしても耐えられず彼女を苦しめていく。
「哀れだな。本来の自身の力を見誤り、その力以上の地位を得た存在というのも」
そんなリリアーナの苦しむ様子を笑顔で見ながら、セレトは心底嬉しそうに語り掛ける。
「このままお前が、苦しむのを見続けるのもいいのだが、こっちも都合があるのでね。すまんが、ここで幕としようか」
だが、そんな喜色の色を引っ込め、セレトは、刀を抜き、拘束されたリリアーナの首に当てる。
リリアーナは、呪術により苦しみながらも、セレトに対し視線を向ける。
その表情には、哀れみの色が強く浮かんでいるように思えた。
「じゃあな」
そんなリリアーナに何も語らず、セレトは、刀を振り上げ、リリアーナの首に向けて刀を振り下ろした。
ガキン。
だが、その刀は、リリアーナの首に振れた瞬間弾かれる。
「?!」
驚いた表情を浮かべ、セレトは一瞬固まる。
「鏡の盾。単純な罠にかかったわね!」
そんなセレトに対し、リリアーナは言葉をかけ、同時に刀を振るう。
慌ててセレトが反応をしようとするが、すでにリリアーナを捕えた魔力を込めた鎖は、一瞬の隙をつき解除をされている。
そして、彼女の攻撃を避けようと身体をひねるセレトの身体を、リリアーナが放った斬撃と別の斬撃が切り裂く。
「くそ!しくじった!」
鏡の盾により、セレトがリリアーナの首に向けて放った斬撃は、そのままはじき返され、悪態をつくセレトを襲う。
「だから、貴方は所詮三流の魔術師なのよ!」
そのままリリアーナが放つ攻撃がセレトの身体を刻む。
「調子に乗るなあ!」
だが、セレトは、刻まれた身体を気にする素振りもなく強引に腕を振り闇の短刀を大量に生み出す。
生み出された短刀は、黒い瘴気を放ちながら切っ先をリリアーナに向けて、セレトの身を守る壁のように立ちはだかる。
「呪いの術式が刻まれた刃物ね。少々厄介そう」
リリアーナは、そうぼやき攻撃を止める。
「おらあ!」
その一瞬の隙をつき、影を使いリリアーナの裏に回ったセレトは、刃物の壁に動きを止めているリリアーナに背後から襲い掛かる。
「!無駄よ!」
だが、その襲撃は読まれており、リリアーナは、身体をこちらに向けながら、その勢いで刀を振るう。
刀の切っ先は、リリアーナが込めた光の魔術に反応してか、七色の光を輝かせながら、セレトの両手を断ち切る。
「ぐおお!」
腕が断たれた痛みに声を上げながらも、セレトはそのまま口から黒い槍を吐き出す。
「くっ!」
放たれた槍は、リリアーナの左肩を貫き、彼女の動きを止める。
「はぁはあ!」
息を切らしながら、セレトは距離をとる。
リリアーナは、負傷した肩に治癒の術をかけながら、体勢を整えようとしているが、セレトの呪術を編んで生み出した黒槍は、彼女の術を弾き、その回復を妨げる。
その様子を見ながら、セレトは彼女に追撃をかけるべき、身体を再生しながら一気に距離を詰めようとする。
だが、瞬間、セレトは自身の身体に起きた異変により、その動きを止める。
「なぜだ?!なぜ再生しない!」
叫んだセレトの視線の先には、リリアーナに断たれたまま、再生をされない自身の腕があった。
「魔力切れ?強制発動のリジェネも碌に発動しないなんて、貴方ももう限界かしら?」
そんなセレトにリリアーナは、負傷による苦悶の表情を浮かべながらも、セレトに強い視線を向ける。
だが、そのリリアーナも、多く傷を負い、セレトによる多数の呪術による影響で既に満身創痍のようであった。
腕を失い、碌に魔力も残ってないセレトは、そんな満身創痍のリリアーナにボロボロの身体を向け、残った魔力を込めながら、その一歩を踏み出した。
第六十五章へ続く




