第六十三章「隠れ家にて」
第六十三章「隠れ家にて」
「おや、この場所は?」
リリアーナの声が聞こえる。
「まさか、アンタを招く羽目になるとは考えもしなかったよ」
そんな彼女に対し、吐き捨てるような声でセレトは言葉を返す。
「魔力で作った空間、というわけではなさそうだね。君の隠れ家かい?」
そんなセレトの態度を気にしないかのように振るいまいながら、リリアーナは、部屋を歩き回り、壁や調度品に無造作に手を触れる。
「あぁあぁそうだとも。いざという時の逃げ場所さ。魔力で繋がりを持たせておくことで、すぐに逃げて来れるようにしているな」
半ば自棄になりながら、セレトは応える。
クルスと自身の嘗ての部下達に囲まれ、逃げ場を無くしたセレトであったが、最終手段でもあった移転魔法により、その難を逃れたはずであった。
だが、その転移魔法の発動にリリアーナが強引に割込み、元々設定をしていた自身の避難場所にまでついてくるということは、予想外の事態であった。
「おやおや。そんな場所にまでご招待を頂き悪いね」
苛立ちが多分に混じったセレトの言葉に対し、心底愉快そうな声でリリアーナは言葉を返す。
そんな彼女に対する更なる苛立ちを感じながらも、セレトは、気持ちを落ち着かせながら現状を確認する。
今居るこの場所は、先程まで居たヴルカルの拠点からも、ハイルフォード王国からも離れた辺境に位置している。
故に、この場を切り抜けられれば、十分に再起を図るための時間を稼ぐことは可能なはずである。
目の前に居るのは、リリアーナ一人。
これまでの戦いで、多少なりとも傷を負ってはいるものの、こちらも先程の戦いで消耗をしているため、決して有利とはいえない状況である。
むしろ、単純なダメージでいえば、こちらの方が消耗は激しいようにも思える。
一方、ここは、セレトが用意した場である。
それゆえ、この戦いの場を熟知しているという点においては、セレトにも分があるかもしれない。
二人のほかに、この場にいるセレトの部下であるアリアナは、魔力の消耗もあり、まだ意識が戻ってない。
一方、リリアーナが自身の兵を呼ぼうにも、この場所について分からない以上、誰かを呼ぶことは難しいであろう。
最も、ここの正確な位置を分かったところで、すぐに援軍が駆けつけるということも難しいであろうが。
「なるほど。君は、客人か。そうであるなら、それ相応の対応をしなければならないな」
頭の中で状況を整理しながら、セレトは、仕掛ける隙を伺う。
「何、気を使わないで結構だよ。ところで、ねぇ、セレト卿。貴方は、ここからどうするつもりなの?」
そんなセレトと同じように、頭の中で状況を整理しているであろうリリアーナは、セレトに、何気ない態度で問いかけてくる。
「別に何も?あぁ。王国には追われるだろうから、その対策は考えるけどな。まあ気ままに生きていくよ」
それに対し応えたこの言葉は、セレトの中では、偽りのない本心であった。
ハイルフォード王国においては、もうセレトの居場所はないであろう。
後ろ盾となるはずであったヴルカルも失脚し、既にクルスや、ネーナ、グロックといった追手も放たれている。
そのような状況ではあるが、セレト自身、決して無力な一兵卒ではないつもりであった。
ハイルフォード王国では、その生まれと、運の無さ、巡りあわせの悪さで、大した立場に着けなかったが、自身の力を高く買ってくれる場所は、他にもいくらでもあるはずであった。
そうであるが故、セレトは、失った物に未練を見せず次の居場所を探すことを決める。
自身の力であれば、いくらでもやりようはあるであろう。
その傲慢な考えを頭の中で回しながら、セレトは、目の前のリリアーナに目を向ける。
「さて、貴方はどうするかね?聖女様。正直、私は、もう君と争うつもりもないのだよ。いや、理由がなくなったというべきかな」
そうして彼女に語り掛けると、セレトは、一人苦笑する。
勝手に、彼女に喧嘩を売り、今や、こっちの都合で、それを無かったことにしろという。
そんな身勝手な振る舞いをする自身を彼女はどう思うであろうか。
最も、あれほどに自身の心の中に渦巻いていた、リリアーナに対する嫉妬やら恨みといった感情は、既にセレトの心の中から消えつつあった。
彼女に対する自身の感情の基盤となってた、王国との繋がりが切れたからであろうか。
セレトの中では、既にリリアーナと事を構える気持ちはなかった。
「理由?そうね。貴方は、私を殺そうとしていた。私は、それで十分だと思うけど」
最も、リリアーナは、当然にセレトを見逃すつもりはないのであろう。
話しながら、刀を構えこちらとの距離を詰めようとしてくる。
「まだやるのかい?これ以上、殺し合う理由ってあるのかい?」
セレトは、気乗りがfしない態度で言葉を返す。
「シャムの因子は既に解呪した。貴公との繋がりも切れた。私はこれ以上戦いたいとも思わんがな」
そして、セレトは、リリアーナの動きを見ながら、魔力を込める。
魔力が身体を駆け巡る度、自身の傷が痛むが、そのような痛みを顔に出さず、ただセレトは、不敵に笑みを浮かべてリリアーナを見つめる。
互いに消耗を仕切っている。
敵地にいるリリアーナは、当然だが、セレトもここから逃げる先はありもしない。
勝負は一瞬でつくであろうことは、セレトもリリアーナも共に理解していた。
セレトは、もう一度アリアナの方に顔を向ける。
アリアナは、まだ倒れて死んでいるように眠っている。
あの様子では、回復するまでまだ大分、時間が掛かるであろう。
「あら、貴方は、何度も私を殺そうとした。今は、殺す気がないと言っても、またどこかで敵になる可能性もあるでしょ?」
そんなセレトと同じように、アリアナの様子を見、再びセレトに目を向けたリリアーナは、武器を握る手に力を入れる。
互いに一息をつくか否か。
瞬間、セレトは動く。
「蛇よ!」
セレトの声と共に、黒蛇が呼び出され、リリアーナに襲い掛かる。
「無駄よ!」
だが、リリアーナは、セレトが放った蛇を刀で切り伏せ一気に距離を詰めてくる。
「ちぃ!」
そんなリリアーナに対し、セレトは武器を構えて迎撃の体勢を取る。
「聖なる刀よ!」
リリアーナは、そんなセレトに対し武器に魔力を込めながら距離を詰めてくる。
「黒の手よ!」
そんなリリアーナの進行方向に、セレトは魔力で黒の手を呼び出す。
呼び出された腕は、そのままリリアーナに襲い掛かろうとする。
「はぁ!」
だが、そんなセレトの攻撃を、リリアーナは、軽く受け流す。
「槍、よ?!」
そのまま続けて魔力を込めて次の一手を放とうとするセレトであったが、瞬間目の前にいたリリアーナが視界から消えたことによって、一瞬、詠唱を止める。
「ほら!」
そして、混乱しているセレトの背後から声が聞こえたと同時に、その心臓は、後ろからリリアーナによって貫かれる。
「あ、れ?」
本来であれば、すぐに再生ができるはずの傷であるが、リリアーナが突き刺した刀に魔力を込めているのか、セレトの身体の再生も、他の魔術も碌に発動をしない。
「さようなら。少し、気持ちが楽になったわ」
そんなセレトに対し、リリアーナは、淡々と語る。
「くそが!」
だが、セレトは強引に魔術を発動させる。
瞬間、セレトの身体は、多数の黒い蛇へと変わり、一気に地面に散らばる。
「逃げられるとでも?」
そう言いながら、リリアーナは、セレトの分かれた身体に向けて光の矢を多量に放つ。
「くそくそくそ!」
貫かれ、消滅をしていく蛇を可能な限り集めて、身体を再生させながら、セレトは、リリアーナと距離をとる。
「待て!」
だが、リリアーナは、そんなセレトを武器を構えて追ってくる。
再生も途中であり、魔力を練る間も碌に与えられていないこの身体では、あっけなくリリアーナによって消滅をさせられるであろう。
「死ね!」
そして、そんなセレトの身体に向けて、リリアーナは光の魔力が込められ、明るく光る刀を振るう。
ジュッ。
一瞬、何かが焼ける音がすると同時に、再生しつつあったセレトの身体は、光の魔術によってあっけなく消失をした。
「はぁ、はぁ。仕留めたのかしら」
疲れた表情でリリアーナは、呟く。
宿敵であるセレトを倒したにも関わらず、その表情は、どこか影があった。
「そうだねぇ!」
そして、その隙をついてセレトは、一気に込められた魔力を放つ。
黒い鎖が、一気にリリアーナに向けて放たれる。
「これは?!」
一気に身体の自由が奪われたリリアーナが叫ぶ。
「いやはや、危なかったよ!」
そんなリリアーナに対し、セレトは、笑みを浮かべて語り掛ける。
「あれはデコイだったの?」
リリアーナは、驚愕の表情を浮かべて問いかける。
「うん?蛇か?あぁ。あれは本体だよ。最も、もう一つ本体のバックアップを作って影に潜ませておいたけどね」
そんなリリアーナに対し、セレトは笑いながら応える。
「抜かったわね」
リリアーナは、どこか諦めた様な声を出す。
「俺の心臓から刀を抜かなければ、そっちの勝ちだったんだがな」
諦めが混ざったリリアーナの声に対し、セレトは、喜色が混ざった声で返事をする。
「さて、どうするかね」
魔力を込めながら、セレトは、捉えたリリアーナに今一度視線を走らせた。
第六十四章へ続く




