幕間62
幕間62
「く、痛!」
ロットは、身体中を走る痛みで目を覚ます。
「おや。目を覚ましたか。くくく」
そして、そんなロットを眺めながら、ユラは笑みを浮かべながら声をかける。
「お前は、ユラ?!くそ、なぜここに!」
急に目の前に現れた敵に、ロットは、混乱をしながらも武器を構えようとする。
「あらあら。落ち着きなさい。ねぇ!」
だが、そんなロットの身体は、ユラの力強い声と共に、地面に縛り付けられるように抑えつけられる。
「別段、貴方と敵対するつもりはないんですよ。ねぇ。くくく」
ユラは、笑いながら目の前のロットに言葉を続ける。
「どういうつもりだ?」
身体の動きを封じられながらも、何とかその拘束を解こうとしながら、ロットは、ユラに問い返す。
最も、ユノースとの戦いで傷ついた身体では、複雑に身体に絡みついたユラの魔力による拘束を解くことはおろか、身体を動かすことすら儘ならぬ状況であった。
だが、そんな状況でありながらも、ロットは、目の前にいるユラを観察をする。
その身体には、多数の傷を負い、よく見ると彼女の左腕は、肩より先が切り落とされている。
余裕のある声と、ロットを抑えつける強大な魔力に反し、彼女の身体は明らかにボロボロであった。
「いえいえ。状況が変わったのですよ。ねぇ、貴方に力を貸すと言えば、私と組む気はありますね?くくく」
だが、そんな傷を負いながらも、笑いながらユラは、目の前にいるロットに対し手を向けてくる。
その身振り、態度は、まるで身体に負った傷等、存在しないようなものであった。
「状況が変わった?国を裏切った反逆者と、こちらが組む余地等あると思うのか?!」
そんなユラに対し、ロットは、怒気を含んだ声で応える。
身体が碌に動かず、目の前のユラに対し一撃を加えることすら困難な状況であったが、例えそうであっても、目の前にいる女、つい少し前に兄と自分の命を狙ったような女に対する怒りがこの場では勝っていた。
「ははは。国家に対する反逆?それは、思い違いですよ。くくく」
だが、そんなロットに対し、ユラは心底可笑しいというように笑いながら近づいてくる。
「貴方が、どう考えているか分かりませんが、私は、私の忠義で王国に尽くしてはいるつもりですよ。ききき」
そうして笑いながら近づいてきた、ユラは、自身の右の手の平、そこに刻まれた天秤の刺青をロットに見せる。
「それは、調停者の証?!」
その刺青の意味を理解したロットは、驚愕の声を上げる。
「そう。おっしゃる通り、これは、調停者の証。まあ、私には、これに従った考えと任務があったのよ。」
そしてユラは、笑いながらロットにその刺青を示して語り続ける。
「私には、私の立場があることが分かったかしら?まあ、貴方の敵ではないのよ。ふふふふ。ねぇねぇ、そうであれば問題はないでしょ?」
そしてユラは、ロットに顔を近づけてくる。
「この腕、貴方のお兄さんに切り落とされたのよ。この腕の代わりとして、助けてくれないかしらねぇ?」
そのまま、互いの顔が触れそうな程の距離で、ユラは、ロットに語り掛ける。
「助け?このような状況で何を助けろと?」
だが、ロットは、そんなユラに力強い言葉を返す。
「このような状況で、俺がお前を助けるとでも?王国への忠義?そんなもの関係はない。例え調停者であろうと、こちらと敵対をしていない立場だろうとな!」
怒りは、言葉を生み出し、ロットの口から次々と溢れである。
「おやおや。私は、貴方に敵対をするつもりはないのですがね」
そんなロットに対し、ユラは笑みを絶やさずに言葉を返す。
「ふざけるな!貴様は、あのアサシンを使い、俺と兄さんを殺そうとした。そして、団長の命が狙われている計画があることを知りながらも、そのことを黙殺した!そんな存在と手を組むなど、納得をできるか!」
そして、言葉を吐き出し終えたロットは、口から唾を吐き拒絶の意思を示す。
ユラは、事情があると言えども、自身と、自身の主リリアーナ、そして敵対をしていたと言えども身内である自身の兄ユノースを害した。
そして今、自身を抑えつけ、動きを碌に取れないような状況で交渉を仕掛けてくる。
彼女の立場、立ち位置は、味方であるのかもしれないが、ここまでやられた状態で、彼女を味方と考えることは、ロットには、到底無理であった。
故に、ここは、拒絶の意思を示す。
同時に、この状況からの脱出を図るため、自身を捕えるユラの魔術の解呪を試みる。
「あららら。交渉は決裂ですか。残念ですね」
ユラは、そんなロットに対し、どこかふざけた口調で、さほど残念さも感じさせない態度で言葉を返す。
ロットは、そんな彼女に対し、僅かな優越感を感じ、同時に満足を得る。
「なら、貴方の手は借りられないですか。残念ですね。リリアーナ様の件もあったのですが。くくくく」
だが、そんな小さい優越は、ユラが最後に漏らした言葉によって、一気に流れていった。
「リリアーナ様の件?一体なんのことだ?」
聞いてはいけない。そう思いながらも、自身が救出のために探し求めていた主の名前を聞かされたロットは、そのままユラに、問いかけてしまう。
「リリアーナ様?いえ、彼女は、あの男を追ってここを離れてしまったようですなね。という話ですよ。あの身体で、あの男に勝てるのかは分かりませんが。はははは」
そんなロットをじらすように、笑いながらユラは言葉を返す。
「あの男?!セレトか!」
ユラの策。あるいは、台本に従ってしまっていると気が付きながらも、ロットの言葉は、止まらない。
「いやはや。私も助けに行きたいのですが、この身体ではねぇ。参りましたよ。ひひひひ」
そう笑いながら、ユラは、切り落とされた左腕へ目を向ける。
「貴方は、どうですか?ロット様?」
そして、ユラは、ロットに右腕を差し出す。
気が付くと、ロットを縛り付けていた術は、元からそのようなものがなかったかのように解除をされていた。
ロットは、一瞬、目の前の女に対する憎しみの気持ちを感じるが、すぐにそれを飲み込む。
「行ける。団長の、リリアーナ様の下に送ってくれ」
そしてロットは、ユラの腕をつかむ。
「えぇ。お手伝いしましょう」
そんなロットの手を、ユラは笑みを浮かべて強く握った。




