幕間60
幕間60
「うん?今何か物音がしなかったか?」
焚火の前に腰掛けている兵士の一人が、隣にいる同僚に声をかける。
「そうか?」
受けたもう一人の兵士は、同僚の声にめんどくさそうに応える。
二人は、セレト達の探索を命じられたハイルフォード王国の兵士である。
最も、セレト達を追う本隊ではなく、国境付近の動きを見張るように命じられた斥候である。
そして彼らは、そんな国境付近における実りもない探索に嫌気をさしていた。
「気のせいかもしれんが、念のために確認をするか」
そう言いながら、最初に声を発した兵士は、億劫そうに立ち上がる。
「待てよ。俺もいくよ」
その声に応える形で、もう一人の兵士も立ち上がる。
どさり。
だが、その兵士が立ち上がった瞬間、目の前に自身の相棒の首が落ちる。
「?!敵襲?」
慌てた兵士が武器を抜こうとする。
「遅い!」
しかしその腕は、突如来襲した男によって切り落とされる。
「き、貴様は!」
兵士は、目の前に突如現れた男に驚愕の表情を浮かべる。
「おら!!」
男は、そんな兵士の言葉など気に留めず、刀を振るいその兵士の首を落とす。
「将軍!下手な干渉は…」
そんな男の下に、慌てて走り寄ってきた一人の兵士、彼の副官が、息を切らして声をかけるが、目の前の惨状を見ると、そのまま言葉を失う。
遅れてきた、他の部下達も、目の前に広がる惨状に、順に言葉を失い固まる。
「はっ!そんなもの、こうすれば問題はなかろう?」
そんな副官の言葉に、男は、笑いながら応え、同時に魔法陣を展開させる。
瞬間、周囲に転がった死体は、魔法陣によって一気に腐敗が進み、そのまま塵となり風に吹かれて消え去る。
「いえ、ヴェルナード将軍。それだけではなく…」
そんな自身の主、ヴェルナードに対し、副官は、慌てたような口調で言葉を返そうとするが、ヴェルナードの表情に気圧されてそのまま言葉に詰まる。
「ふん。どうせこいつらは、今、ハイルフォード王国で起きている粛清とは碌に関係がない下っ端だ。ここで始末をしようが問題はなかろう」
イラつきを見せながら、ヴェルナードは吐き捨てるように言葉を発する。
「しかし、将軍。国境付近と言えど、ここはハイルフォード王国領でございます。必要以上の交戦は、避けるべきでしょうし、それに…」
副官の男は、ヴェルナードに怯えた様な態度を見せながら、歯切れ悪く言葉を重ねる。
「それに?何が言いたい?」
その口から出る言葉を理解していながら、されどヴェルナードは強い口調で目の前の部下に問いかける。
「いえ、これ以上の軍事行動は、やはり、危険かと思われます。それゆえ、一度部隊をまとめて撤退をすべきかと。少なくとも、これ以上の進軍は、やめた方がよろしいかと思われます」
そんなヴェルナードの圧力に抗う様に、途切れ途切れに副官は、ヴェルナードに進言をする。
「なるほど。これ以上のハイルフォード王国内での行動はまずいと考えるか?」
副官の言葉を受け、ヴェルナードは、考え込むようにしながら言葉を返す。
「は、はい。そもそも、和平を進めている本国の意向を無視して、その妨げとなるような作戦を進めることが望ましくないかと」
そんなヴェルナードに畳みかけるよう、副官は、言葉を続ける。
「ふむ」
ヴェルナードは、そんな言葉の洪水に一言応えると、考え込むように目を閉じた。
「将軍、どうしますか?」
そんなヴェルナードの答えを待てないかのように副官が問いかける。
同時に、後ろに控えていた他の部下達も騒めきだす。
だが、ヴェルナードは、そんな部下達の声も耳に入らないのか、沈黙を貫く。
「将軍!」
しびれを切らした副官が強い言葉で再度問いかける。
「来たか」
瞬間、ヴェルナードは目を開き、一点を見つめる。
「何を?」
副官がヴェルナードの突然の言葉に驚いたように反応をする。
「どうだった?」
だがヴェルナードは、そんな副官を無視し、虚空に問いかける。
「東500m~800m程先に中隊が三部隊程点在しております。そこから南2キロメートル先に本隊と思われる大隊がございます」
瞬間、夜の闇から声が聞こえる。
ヴェルナードがジモク(耳目)と呼んでいる斥候部隊だ。
「続けろ」
ヴェルナードは、そんな部下の報告を聞きながら先を促す。
「ほかには、小隊が広い範囲に展開をされている模様です。現在、交戦中の部隊はいなそうです」
そんなヴェルナードに対し、ジモクは、淡々と言葉を続ける。
「例の影使いは?」
ひとしきり報告を受けたタイミングで、ヴェルナードは、目下、自身が追っている敵について確認をする。
ハイルフォード王国軍が、戦っていた影を操る謎の貴族風の男。
その男こそ、自身が追っている男と考え、ヴェルナードは、部下と共にその戦場に向かったが、彼らが到着する頃には既に戦いは終わり、その影使いは、姿を晦ました後であった。
ヴェルナードはそのまま、ハイルフォード王国軍との接触を避けて、その影使いの男の探索を続けていたが、未だ手掛かりの一つも見つからない状況であった。
「未だ、見つかっておりません。ただ」
ジモクは、そんなヴェルナードの言葉に対し応える。
「ただ?」
ヴェルナードは、先を急かすように問い直す。
「ハイルフォード王国軍が探索を集中している地点より、南に8キロ程先に行った地点にて、何らかの大掛かりな術式が展開された跡がありました。何か関係があるかもしれません」
ジモクは、ヴェルナードに応える。
南進。
それは、よりハイルフォード王国内に入り込む進路であった。
これまで以上に、ハイルフォード王国軍と遭遇をする可能性も高まり、またヴェルナードが求めている人物がそこに居る保証はなかった。
「将軍。これ以上の深入りは危険です」
そんな状況でありながら、より危険な道を突き進むリスク等、どこにあろうか。
副官が宥めるように、しかし、どこか安堵を含んだ声でヴェルナードに進言をする。
「わかった」
その言葉を受けてヴェルナードは、口を開く。
「全軍進軍準備。報告された地点へと向かう。ジモク、お前は、今話した地点へ案内をしろ」
だが、ヴェルナードは力強く進軍を指示する。
「御意」
同時にジモクが応え、魔力で誘導用の灯をルートに沿って生み出す。
「ヴェルナード様!」
諫めるような副官を無視して、ヴェルナードは、無言のまま馬に鞭を入れた。




