第六十章「首は嗤う」
第六十章「首は嗤う」
「ごほっ!こんなバカなことがあるなんてね…」
口惜しそうに、吐血と共にリリアーナは、絞り出すような声を出す。
その視線の先には、地面に広がる、黒々とした丸い影。
だが、この影はただの影ではない。
セレトが潜んでいる空間への入口である。
今、その影からセレトが放った漆黒の槍が、リリアーナの身体を抉っていた。
最も光の魔術により、身体を癒せるリリアーナにとっては、そこまでの致命傷ではない一撃ではある。
現にリリアーナは、今もその魔力で身体を癒している。
そんな彼女が現在、憎々しげな表情の中に若干の恐怖の色を浮かべながら、セレトが潜む影を睨みつけているのは、漆黒の槍による傷のせいではないであろう。
首を切り落としたはずのセレトが、未だに戦意を失わずに戦い続けることに対する底知れぬ恐怖が、彼女の心を侵食している様が、セレトの目に入る。
「まだ生きている?油断をしたのか、詰めが甘かったのか、いや貴方は一体…」
リリアーナは、驚愕と恐怖が入り混じった表情を見せながら、セレトが潜んでいる方向へと視線を向ける。
その身体に負った傷は、決して浅いものではないものの致命傷ではない。
それゆえセレトは、ここで一気に攻めむことにする。
「?!まだ戦うというの?」
セレトが影の中から放った攻撃、小振りの黒いナイフの雨をかわしながら、リリアーナはこちらを怒鳴りつける。
そして大量の刃を躱し、時には叩き落としながらも、リリアーナの目は、こちらの影から離れることはない。
リリアーナとて、セレトが今放っている攻撃を本命とは考えていないのは明らかである。
この攻撃は、あくまで牽制であり、セレトが本命の一撃を入れるタイミングを待っていることは、十分に理解したうえで、こちらと戦っている。
そんな彼女の裏をつくために、セレトも魔力を放ちながらリリアーナの動きを追う。
「少しは、何かを応えたらどうだい?!」
グサリ。
だが、そんなセレトが潜んでいる影に向け、一瞬の隙をつきリリアーナの手から十字架を模したような光の魔力で作られたナイフが投げつけられる。
その刃物は、セレトが潜む影を的確に貫くと同時に、光の封印式の展開を始める。
影ごと、セレトを捉えようとしているのであろう。
地面に刺さった光の刃は、影を地面に縫い付け、その場から動けないようにし一気に術式を展開していく。
「だんまり?でも、その姿ぐらいは見せたらどう?」
そう言いながらリリアーナは、影に刺さった光の刃を引き抜く。
同時に、その刃から展開された術式が、影の中身を強制的に地上に引き出す。
そしてセレトが影の中に潜ませていた、自身の首のない胴体に魔力の塊を繋げて造り上げたデコイが、リリアーナの目の前に現れる。
「!図られた?」
リリアーナの叫びと同時に、セレトの胴体は、魔力の供給を受けてい一気に変貌をする。
そして驚くリリアーナの目の前で、その魔力の供給を受けた胴体から大量の鈍い赤色が混ざった黒色の鎖が生み出される。
セレトの胴体を核とした多量の鎖は、そのまま一気にリリアーナの手足に巻き付き彼女の動きを封じる。
「甘い!この程度の拘束など、すぐに解けるわ!」
そう言いながらリリアーナは、身に触れる鎖を一気に断ち切る。
だが、その魔力を放つ瞬間、セレトは一気に動き出す。
リリアーナの足元、彼女自身の影。
そこからセレトは、首のみで飛び出した。
「?あっ?」
そしてリリアーナが気が付き声をあげた瞬間、金髪に隠れたその白い首に、セレトは、思いっきり噛みついた。
「くっ!貴様ああ!」
リリアーナの叫び声が聞こえる。
セレトの口の中に、肉と血と汗が混ざったような味が一気に広がる。
ドカ。
リリアーナが強引に振るった拳が当たり、セレトは、首のまま吹き飛ばされる。
「化け物が!」
リリアーナは、そのまま吹き飛ばしたセレト向けて光の矢を放つ。
低級魔法であるが故に、詠唱もなく放たれた純粋な攻撃。
「無駄だよ。聖女様」
だがセレトに向けられたその攻撃は、彼の胴体から放たれた鎖によって叩き落される。
「首を落とせば、死ぬと思ったかね?」
そう言いながらセレトは、自身の胴体と首を繋げる。
魔力の核となっていた身体は、切り落とされた首を、そのままの状態で受け入れる。
「あら、低級アンデッドのように便利な身体ね。貴方の下劣な精神にお似合いよ」
リリアーナは、そんなセレトの様子を見ながら、心底吐き捨てるような声をかける。
「いじりに、いじりすぎてね。この身体で大概なことはできるんだよ」
セレトは笑いながら、そんな彼女の言葉に応える。
「だが、今の一手も通じないとはね。いやはや。さて、聖女様、我々はどうしようかね?このまま潰しあうべきかね?」
最も、セレトにとって、これ以上の戦いに嫌気がさしているのも事実であった。
それゆえ、自身の放った攻撃を防ぎきった彼女に対し、皮肉を込めた様な声で言葉をかける。
「あら?あなたから売ってきた喧嘩でしょう?ここで終わらせようなんて、虫が良すぎない?」
だがリリアーナは、この戦いを終えるつもりは毛頭もないようであった。
セレトに対し、武器を向けて言葉を返す。
「あぁ。そうだね。君が許してくれるとは思ってないよ」
だからこそ、セレトは、徐々に身体を再生させながら蛇のような目でリリアーナの動きを追う。
「だからこそ、ここで終わらせようか!」
そうして、セレトは地面に展開させた魔力を開一斉に放する。
同時に地面に呼び出された大量の黒蛇がリリアーナに飛び掛かる。
「単純な!」
リリアーナは、飛び掛かる蛇を刀で叩き落しながら、セレトに言葉を返す。
「おらよ!」
セレトは、そんなリリアーナに魔力で生成した黒刀を振るいながら飛び掛かる。
「無駄よ!」
リリアーナは、そんなセレトの斬撃を防ぐ。
だがセレトは、その瞬間、自身の首を胴体から切り離してリリアーナに向けて首だけで襲い掛かる。
今度こそ、リリアーナの首を?み千切る算段であった。
「愚か者!」
しかし、リリアーナは、そんなセレトの攻撃を読んでいた。
「二度も同じ方法が通じるとでも思った?」
そう言いながらリリアーナは、セレトの首を殴り飛ばす。
「ぐはあ!」
身を守る手段もない生首の状態で、セレトは、リリアーナの攻撃を真正面から受け、吹き飛ばされる。
「どうするつもり?あなたは、ここで終わりかしらね?」
そう言いながら、リリアーナは、胴体と首が離れて、身動きが碌にできないセレトに近づいてくる。
「くそが!」
悪態をつきながら、セレトは、ここからの再起を狙う。
このままリリアーナと戦い続けること自体は可能であるし、まだ負けが決まったわけではない。
だが、これ以上無駄に戦い続ける理由もないであろう。
そう考え、セレトはここから逃げることを決めた。
リリアーナは、まだ多少の余裕があるようだが、隙をついて霧化をすれば、そのままこの場から逃げられるであろう。
そのためには、まず囮の攻撃を放つ。
そう考え、セレトは、魔力を込め始める。
リリアーナは、そんなセレトの攻撃に備えている。
このまま一気に逃げることは、十分に可能であろう。
パチパチパチ。
そう考えセレトが魔力を放とうとした瞬間、拍手の音が鳴り響いた。
「さすが聖女様。ここまで彼を追い込むとはね」
その言葉は、セレトが何度も聞いた馴染みのあるものであった。
「ざまあないね。坊ちゃん」
もう一人、セレトが聞き馴染みのある声が部屋に響く。
「貴方達が、なぜここに?」
驚いたリリアーナの声が響く。
「すまなかったね。こちらの後始末を押し付けてしまった」
そして、そんなリリアーナの言葉に応えるように、最後の一人、ローブを着込んだ男の声が部屋に響く。
「我々は、この愚か者を捕えに来ただけですよ。聖女様」
そう言いながら、男はローブから顔を出した。
「さて、お前は、この始末どうつけるつもりだ?」
ローブを脱いだ男、クルスは、セレトの嘗ての部下、ネーナとグロックを率いて、自身の息子、セレトを見下ろしていた。
第六十一章へ続く




