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【完結】魔術師は嘲笑の中を足掻き続ける ~嫌われ魔術師は、策謀と陰謀が渦巻く王国で、その嫉妬と羨望、そしてその力を聖女暗殺に利用されるが、それを受け入れ自身も利用することにした~  作者: 成吉灯篭
第一章 魔術師は嘲笑の中足掻き続ける

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第五十九章「呪術師の追憶と記憶」

 第五十九章「呪術師の追憶と記憶」


 「セレト。起きなさい。セレト」

 頭が重く、目を開けることすら億劫なセレトの耳に声が聞こえる。

 どこか懐かしい、女性の声。


 「いつまで寝ているの?!起きなさい!」

 女性の声は、徐々に強くなる。

 これ以上、目を閉じ続けるわけには行かないだろう。

 いずれにせよ、こんな安眠とは程遠い状況で、目を閉じ続けるのも馬鹿らしい。


 「いや、わかったよ。起きるよ母さん」

 そう言いながら、セレトは目を覚ます。


 屋敷の隅に追いやられたような、日も碌に当たらない狭い部屋。

 置かれている家具と、調度品のそれなりの質が、部屋のみすぼらしさを多少は和らげてくれるものの、貴族の子供の部屋としては、明らかにひどい空間。

 その部屋が、あの家でのセレトに与えられた場所であった。


 もちろん、そこらの平民達と比べれば、格段に良い部屋だったかもしれないし、悪くない生活だったのかもしれない。

 だが、貴族の子供でありながら、明らかに他の家族達よりも質が悪いその扱いは、セレトにとって決して我慢できるものではなかった。


 「全く。早く降りてきなさい」

 そう言いながら、母親は、部屋を離れていく。


 その貴族の妻としてはみすぼらしい恰好を後ろから見つめながら、セレトは一つため息をつく。


 元町娘の女が孕んだ庶子。

 それがセレトの出生。


 父親であるクルスが領地の視察の際に見かけ、その時の過ちから生まれた望まれぬ子。


 本来であれば、認知も碌にされないような存在だった自分。

 だが、セレトには魔術の才覚があった。

 そして領民達の間で、子供を抱える捨てられた女に対する同情の声が上がることをクルスは良しとしなかった。


 そうしてセレトは、クルスの家に幼い頃に母親共に引き取られることとなった。


 「貴方は貴族の子供なのだから」

 セレトに対し、母親は常にそう述べていた。

 だが、セレトの生活は、使用人の子供としては上質であるものの、貴族の子供としては、非常に悪い扱いを受け続けていた。


 「貴族の子供として、恥ずかしくない人間でいなさい」

 自分自身が、貴族というものをよく理解せず、ただ華やかな生活と第一夫人を夢見た母親は、セレトが成人する前に流行り病にかかりあっけなく死んだ。


 その頃のセレトは、傭兵の真似事をしながら様々な戦場に赴き日銭を稼ぐ生活を続けていた。

 そして母の訃報を聞いた時、セレトは、自身を冷遇する家に残る理由もなくなり、そこを捨てるという選択肢が頭の中を横切っていた。


 だが、そのまま家を離れることを決めたセレトが実際に動く前に、クルスの気まぐれか、それとも自身の利用価値を鑑みてか、理由は不明だが、セレトは、認知をされ正式に貴族の家に迎えられることとなる。


 クルスの隠し子。

 訳あり、成人が近くなる今まで存在が伏せられていた存在。


 そうして、セレトは新しい生活を始めることとなる。

 今までより広々とした部屋。

 ふかふかのベッド。

 豪華な食事。


 これまでとは異なる扱い。


 だが扱いこそ多少改善したものの、同時に他の兄弟達とは明確に下と格付けをされるような扱いを受けていることには変わらなかった。

 あくまで気まぐれで引き取られた私生児。

 クルスは、セレトをそれ相応に扱い続けた。


 しかし、戦が多い王国という環境。

 そのような中、クルスの子供達は、出兵の都度その数を減らしていき、その一方、セレトは、各戦で手柄を上げ、名を上げていった。


 「今日からお前も、その家紋を身につけることを許そう」

 クルスに家紋が入った物を身に着ける許可を与えられたのは、そんな中。

 クルスが一段と可愛がっていた長男が戦死した時であった。


 家を継ぐ後継者としての、その武、統率力、そして王家への忠誠心。

 これらが揃っていた長男を亡くしたことは、クルスにとって大きな打撃であった。

 その穴埋めのために、セレトを形だけでなく、正式に自分の家に迎える。

 明らかに自身に首輪をつけ、利用するためだけの申し出。


 「ありがとうございます。父上」

 だが、セレトはその話に乗ることにする。

 自身の力、武勇だけでは、越えられない壁を感じていた時期でもあり、その壁を超えるために、家の力を利用することにしたのである。


 そして、セレトが家紋を受け入れると同時に、腹違いの兄弟、姉妹達を、兄、弟、姉、妹と呼ぶことを許され、クルスの第一夫人であった女性を、「母」と呼ぶことを許されるようになった。

 こうして、セレトはクルスの下で戦い、その力を振るい続けた。

 それが、自身が成り上がるために必要と考えた故の行動であった。


 だが、クルスは貴族であったが、中央とは距離を置いていた。

 彼は、王国への忠誠こそ重視をしていたが、必要以上の立身出世は求めていなかった。


 そのような家のために戦い続けたところで、自身の出世に大きくは繋がらず、頭打ちになることにセレトが気が付くのは、そう時間がかからなかった。


 そうして、セレトは、徐々にクルスの指揮下から離れ、自身の出世のための道を模索するようになった。

 少しずつ、自身の意のままに操れる兵士達を集め、貴族の子弟としての信用を基に各地の戦線に参戦し確実に名を上げる。

 だが、クルス達の基を離れても、所詮は、弱小貴族の子供の一人。

 そして、どんなに着飾ろうと、戦おうと、貴族という立場を得ようとも、周りからの評価は胡散臭い呪術士であるという現実。


 それでも、上に、上に行こうと粘り続けた。

 そうして粘り続けることで、聖女暗殺という方法でその出世のための切符を手に入れたはずであったが、今の状況、自分は、どこで間違えたのだろうか。


 後悔は、ほとんどなかったものの、疑問だけがセレトの心に深く根付いていった。


 ガツン。

 瞬間、セレトは目を覚ます。


 自身の落とされた首が、床と当たり、音を周囲一帯に響かせる。

 その衝撃と音で、セレトは意識を覚醒させる。


 「くそ!」

 セレトが放った蛇によって魔力を奪われているリリアーナは、自身が落とした首には、碌に目も向けずに、自身の身体にまとわりつく蛇を睨みつけながらぼやいている。

 セレトの首を落としたことで安心をしたのか、それともシャムの因子によってセレトの魔力を封じているからこそ、勝負はついたと考えていたのか。

 だが、リリアーナは、セレトがまだ意識を保っていることに気が付いていないようであった。


 そんなリリアーナを見ながら、セレトは一つの呪文を唱えることにする。

 首を落とされているため、声は出ないが、呪文の発動の意思に合わせてセレトの魔力が流れ始める。


 「!?何?」

 セレトの魔力の流れに気が付いたリリアーナが反応をする。

 だが、そんな反応により彼女の身体が動く前に、セレトの呪文が発動した。


 そうしてセレトの身体、落ちた首は一気に崩れさり、その影の中に飲み込まれて行った。

 そしてリリアーナが気が付いた時には、彼女の目の前からセレトの身体は消失し、ただ黒々とした影の穴が広がっていた。


 こうして急に進んだ事態に呆然とする彼女を、セレトは影の中から覗き見ながらほくそ笑んでいた。


 第六十章へ続く

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