幕間58
幕間58
「いやはや。貴方も災難でしたな」
ルーサは、笑いながら目の前の白髪の男、リオンに語り掛ける。
「助かりましたよ。ルーサ卿。貴公がいなければ、今頃、私も牢の中でしたよ」
笑いながら、リオンは、ルーサに礼を述べながら目の前の杯に注がれた酒を飲み干す。
「まさか、セレト卿が罪人となるとは。驚きましたな」
ルーサは、リオンの空いたグラスに酒を注ぎながら言葉を続ける。
「全くですよ。いや、おかげで何も知らぬのに追われる身になるとは。参りましたよ」
リオンは、ルーサが注いだ酒を、今度は軽く口に含みながあら少量ずつ飲み込みながら、彼の言葉に応える。
「聖女様暗殺ですか?いやいや、恐ろしいものですな」
ルーサは、そんなリオンの目の前で更に次の酒瓶の栓を抜きながら言葉を続ける。
「えぇ。まさかそんな大それた計画が裏で進んでいるとは…。いや、ありがとうございます。でも、そろそろ控えねば」
自身の置かれた立ち位置を認識してか、リオンは身体を震わせながら言葉を紡ぎ出しながら、グラスに手をかぶせ、ルーサの酌を止める。
「おや?白ワインはお気に召しませんか?なら、こちらは、如何ですか?甘味が強い赤ワインですが、この甘さが癖になると言いますか」
ルーサは、そんなリオンの態度も気にしないかのように、別の瓶を持ち上げると、その栓を抜こうとする。
「いえいえルーサ様。危ないところを助けて頂いただけでも、返しきれない恩があるというのに、これ以上、ご馳走になるわけには」
リオンは、そんなルーサに感謝を伝えながらも、丁重に断る。
その顔は、多少赤みがさしているものの、そこまで酔いが回っているようには見えなかったが、ルーサは、そんなリオンの言葉を受けると首を振りながら瓶を戻す。
「それで、貴方はこれからどうするのですか?国外に逃げるのでしたら、多少なりともあてはありますが」
ルーサは、笑みを表情の奥にしまいながら、リオンに問いかける。
「さて、どうしますかね。私自体は、セレト様の陰謀等知らなかったので、大層戸惑っているというのが本音ですが」
リオンは、そんなルーサの言葉を考慮するように思案顔で応えてくる。
ここは、王都のルーサの屋敷。
聖女暗殺をセレトとヴルカルが企んでいたというスキャンダルが広がると共に、王国内では、彼らに関係をしている人物たちが一斉に検挙をされ始めていた。
そのような状況でリオンも同様に王国内で追われる立場となったが、そんな彼を秘密裏に匿ったのがルーサであった。
「確かに貴方は無罪かもしれない。だが、王国では、そのように見ない人物が多いでしょうな」
ルーサは笑みを消したまま、真剣な様子でリオンに応える。
「参りましたね。とは言ったものの、そう国外に行けないというのも実情なのですよ」
リオンは、疲れた様な表情で首を振り応える。
「おや、そうなのですか?なら、私の下でしばらく素性を隠して働くというのはどうでしょうか?いえ、人手が不足していましたね。偽の身分ぐらいは用意できますよ」
ルーサは、そんなリオンにこれ幸いにと一気に言葉をかける。
実際、リオンを匿えたことは、ルーサにとって非常に僥倖であった。
聖女暗殺を目論んでいた者達の多くが粛清をされていく中、ルーサが取り入っていたヴルカルも失脚をした。
元々、どこかの派閥に属していたわけではないルーサは、現状そこまで大きな影響も受けず、またヴルカルと繋がりがあったことを一度は問題視されたもの、現状、特段何らかの罪に問われることはなかった。
だが、手を組んでいたヴルカルの失脚により、ルーサがここ半年ばかりで構築をしたルートを全て失い、かなりの損失を出すこととなった。
そのような状況から立て直しを考えたとき、多少のリスクがあろうとも、有益な人材を安く味方に加えられるこのチャンスを早々逃す理由はなかった。
「何、これでも多少は中央に顔は売れているほうです。貴方の力になれると思いますよ」
そういいながら、ルーサは、リオンに向けて手を差し出す。
「なるほど。だが、少し考えたいことがあります」
だが、リオンは、そのルーサの手を無視する。
「ほう。なんですかな?」
気分を害したように、自身の腕を戻しながらルーサは言葉を返す。
「いえ、大した話ではありませんよ」
リオンは、そう言いながら立ち上がる。
「そう言いますと?」
ルーサは、そんなリオンを眺めながら問いかける。
「いや、貴方についてですよ」
そう言いながら、リオンは一歩、ルーサに近づく。
「私について?」
ルーサは、アルコールで赤くなった顔を振りながらリオンの言葉に反応をする。
「そう、ルーサ様。貴方はなぜ」
そう話しながら、リオンは、懐に手を入れる。
「それは、どうい、う?!衛兵!衛へ…!」
そんなリオンの言葉と動きに反応をし、ルーサは声を上げる。
パン。
だが、その言葉は途中で一発の銃声で止められた。
リオンの手にある拳銃の銃口からまだ白い煙が出ている中、目の前にいるルーサは、額に穴を開けて絶命をしていた。
「なぜ、セレトに協力をしたのですかね?」
そんな男の死体を見下ろしながら、リオンは、言葉を吐き出す。
主が叫び、殺されたにもかかわらず、既に買収が住んでいる屋敷の中は、静寂に包まれていた。
「ヴルカル卿へのあの程度の協力位でしたら、お目こぼしをしてもよかったのですがね。残念です」
そう言いながら、リオンは、目の前のグラスに酒瓶から酒を注ぎ、そのまま一気に飲み干した。
酒は、貴族の来客用に使われるだけあり、かなりの美酒であった。




