幕間57
幕間57
「おや、状況が動き出したようですよ。けけけ」
笑いながらユラは、ヴルカルに語り掛ける。
「状況?いや、それがどうした」
最も、ヴルカルは、その声に応える余裕がない。
セレトによって切り裂かれたヴルカルの身体は、その攻撃に込められた呪いによるものか、徐々に石化を始めており今はその対処が最優先事項であった。
ヴルカルは、自身の魔力によりその身体の変化を止めようとするが、元々魔術師でもないヴルカルの力では、その進行を遅らせることが精いっぱいであり、その身体が固まっていく状況を打開することができずにいた。
「私を、俺を、この身体を、この呪いを何とか、何とかしてくれ!このままでは、このままでは!」
普段の冷静さも、力を手に入れたことによる全能感も、全てをかなぐり捨てて、ヴルカルは、ユラに懇願をする。
「まあまあ。ききき。見てくださいよ。逃げたセレトは、聖女と出会い、追手達は呪われた娘を始末し、兄弟たちは手を取り合い始める。いやはや。ここに来て物語が大きく動き始めてますな」
しかしユラは、そんなヴルカルを無視するかのように笑いながら、言葉を続ける。
その眼は、彼女の目の前に展開をされた、観測魔法が映し出す映像に向けられている。
「ユラ頼む。碌に身体が動かん。この身体に、もっと力を、頼む、ユラ!」
もちろん、ヴルカルは、そんなユラの言葉に耳を傾ける余裕などない。
自身の持てる魔力を使い、呪いの進行を妨げながら、必死に彼女に呼びかける。
「おや、その身体もだいぶきつい様ですな。ひひひひひ」
ユラは、笑いながらヴルカルに視線を移す。
「この力、この身体は、無敵じゃないのか?なぜ呪いが止まらん?なあ、なぜだ?」
そんなユラに対し、ヴルカルは、もはや余裕がない状況である。
最も、自身の身体が呪いにより徐々に蝕まれている以上、冷静でいろというのも酷な話ではあるが。
「無敵?」
ユラは、そんなヴルカルの言葉に困惑を混ぜた驚いたような声色で応じる。
「そうだ。強大な力を私に与えるといった。だから、私は、あの場でお前の言うことを、お前の提案を受け入れたのだ。忘れたとは言わさんぞ!」
ヴルカルは、ユラに怒鳴りつける。
その声は、すでに常時のような威厳も何もなく、ただただ怯えた年寄りの叫びであった。
「私の提案?ああ、あの国境付近での話ですか?」
ユラは、笑みを浮かべながら問いかける。
最もその笑みは、いつもの軽薄なものではなく、どこか冷たく、軽蔑の色が混ざった物であった。
「くそ!そこまでわかっているなら、早く私を助けろ!このままでは、このままでは!」
怒りのはけ口。
あるいは混乱か
ヴルカルは、支離滅裂に叫びながら嘆願をしてくる。
徐々に石化が進んだその身体は、既に半分近くが固まりつつある中の焦りも多分に含まれながら、彼の言葉は、既に意味をなしていないように思えた。
「助ける?そのための力は既に与えておったと思いますが。それでは、足りませんか?」
だがユラは、その言葉を軽くいなす。
「力?この力では、この流れは止まらん!どうすればいいんだ!なあユラ、頼む。私は、まだ、ここで終わるわけには…」
もちろん、ユラのその言葉は、ヴルカルの心を余計かき乱すだけである。
石化は、徐々に、だが確実にヴルカルの身体を蝕み続けていく中、ヴルカルの声色に恐怖が強まっていく。
「おや、ヴルカル様。私はあなたの力の求めに合わせて、それ相応の力を与えました。私は国境で言いましたよね。貴方が力を求めているなら、それ相応の力を与えると。代価は頂きますが」
ユラは、笑みを浮かべたまま応える。
「代価?代価だと?!そうだ、代価を払ったはずなのに!なぜこの程度の力しか与えてくれないのだ?」
もし石化が進んでおらず、身体が自由に動けば、すぐにでもユラに掴みかかりかねない勢いでヴルカルは吠える。
「ああ代価は、確かに頂きましたね」
そう笑いながら、ユラは、ヴルカルの身体に触れる。
「でもね、その代価は、ほぼ全て貴方の、この身体のために使われているのですよ。中抜きも何もしていないはずなのですが…」
そう言いながら、ユラが触れた体に魔力を込める。
瞬間、ヴルカルの身体が魔力に反応し、同時に胴体に多数の顔が浮かび上がる。
それは、王国から逃げ出したヴルカルに付き従った部下達の物。
「この部下達、全てが貴方の代価でしたな」
ユラは笑いながら、既に生気を失い、ただヴルカルの身体に張り付いている顔を見ながら語り掛けてくる。
「そうだ。これだけの物を与えたのだ!なぜ、この程度の力しか手に入らない?この呪いをなぜ止められない?!」
ヴルカルは、怒り狂いながら、ユラに矢継ぎ早に語り続ける。
「そうですな。ヴルカル様。私は、貴方が与えてくれたこの者達の魂を基に二つの術を使いました。一つは、魔の者をこちらの世界に呼び寄せ、貴方の身体にその存在を固定する。もう一つは、貴方の身体がその力と存在に耐えられるようにする」
ユラは、そんなヴルカルに、いつもの調子で淡々と言葉を返す。
「そうだ!その時、お前は、私に言った。強大な力を与えると!これがその力か?」
ヴルカルの言葉は、ユラと対照的に力強さに溢れていた。
「えぇ。強大な力ですよ。貴方の力に固定されたのは、本来、その程度の呪いなど物としない程のね」
ユラは、笑いながら応える。
「ならなぜだ?私の身体が、どうしてこうなっている?!」
ヴルカルの目には、困惑の表情が浮かぶ。
「なぜ?それは、簡単な理由ですよ。ヴルカル様」
ユラは、笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。
「貴方のその身体には、強大な力が込められている。ただ、貴方の才覚では、その力を万全に使うことができない。それだけですよ。さてどうしますか?あぁちなみに私は、貴方にかけられた呪術は解除できませんよ。他者にかけられた術を解除することは苦手でして」
そしてユラは、ヴルカルに問いかける。
「どうする?どうしろというのだ?!自身で解くための術は、全て試している。それでも解除できない。それゆえに貴様に問うてるのだ!ユラ!」
ヴルカルの半狂乱の声。
それと同時に彼の身体の内側から漏れてくる禍々しい魔力。
耐性がない者は、それだけで気を失うであろう。
「くくく。私は、貴方のために一つの力を与えました。あとは、貴方の話だ。それだけですよ」
ユラは、そんなヴルカルから放たれる魔力、殺気、声も、全てを受け流し、笑いながら応える。
「さあ、どうしますか?」
そういいながら、ユラは、一歩ヴルカルから離れる。
その様子を、ヴルカルは、絶望した表情で見つめる。
「閣下から離れろ!この売女が!」
だが、そんなヴルカルと、ユラの間に一つの影が割り込む。
「おや?あなたは。あぁまだ生きておりましたか」
その人物に、ユラがめんどくさそうに言葉をかける。
「閣下。ここはお任せを!」
そんな中、間に割り込んだ人物は、ヴルカルの身体に触れる。
瞬間、その身を蝕む呪いの進行が止まる。
「おぉ!身体が、身体の自由が戻る!はははは!」
ヴルカルは、回復をした自身の身体と、自身を助けた人物を笑みを浮かべながら見つめる。
「よくやった、ユノース!」
ヴルカルのその言葉に、彼を救った部下、ユノースは、武器をユラに向けながら、自身の主に向けて深く一礼をした。




