第五十五章「告知」
第五十五章「告知」
「さて、大分てこずらせてくれたな。セレト卿」
そう言いながら、ヴルカルは、異形となった複数の手足を動かし、セレトの身体を撫でまわす。
「驚きましたな。まさか、あれに喰われて無事とは」
そんなヴルカルに対し、セレトは、怒りを噛み殺しながら、表明上は、淡々と言葉を返す。
実際、セレトが召喚した存在によって、その身を喰われたはずでありながら、ヴルカルの身体は、一見、何の損傷もないようであった。
だが、その身は、より変貌を行い、すでに先程までとは似ても似つかぬ状況へと、セレトの目の前で変貌をしていった。
「この身を滅ぼすことは、無理だよ。さて、どうするかね?」
変貌していく身体に合わせるかのように、徐々に声の質が変わりながら、ヴルカルは、セレトに語り掛けてくる。
「けけけ。セレト卿、貴方にとってこれは、望ましい状況ですか?」
ユラは、笑いながら、倒れているセレトを見下ろしてくる。
そんな二人に、セレトは、何も答えずに、周囲を観察する。
変貌を続ける、ヴルカルの身体。
そして、そんな彼を心底楽しそうに見つめているユラ。
この二人に対する苛立ちを感じながらも、セレトは、抗うために動き始める。
「おや、人形如きが、自由に動こうとするでない」
押さえつけているセレトの身体に、動きを感じたのであろう。
ヴルカルは、わざとらしい笑みを浮かべながら、セレトの身体を抑える四肢に力を入れてくる。
「いやはや閣下。大したものですな」
だが、セレトは、その状況に、何も感じていないかのように言葉を返す。
「でもね。閣下。逃げるだけならいくらでも手はあるのですよ!」
そういいながら、魔力をまき散らしながら、セレトは、一気に身体を黒煙に変えようとする。
「逃さんよ!」
だがヴルカルは、そのセレトの動きに反応し、セレトを抑える四肢に力を入れてくる。
同時に、セレトが唱えようとする術式は霧散し、身体の変異は止まる。
「ききけけけ。無駄ですよ。セレト様。同じような手を何度も使う。愚かしいですな」
そんなセレトを見ながら、ユラが嘲笑うような声を上げて語り掛けてくる。
最もセレトは、その言葉に応えず、次の手を考える。
確かにユラの言う通り、セレト自身、それほど多様な術を使えるわけではない。
加えて、このように同じような相手と短期間で何度も戦うこと自体、あまりない経験ではあった。
「なるほど。ここが私の死に場所であると?」
そして、セレトは口を開く。
同時に、その言葉に合わせてヴルカルの拘束がより強くなる。
「そうだな。貴公の力は惜しかった。だが、私自身も力を得た今、無理に手に入れる必要もあるまい?」
唯一の人間の面影である顔を動かしながら、ヴルカルは、こちらに応えてくる。
最も、その顔にも、若干、陰りが見えてきていたが。
「なるほど。だが閣下、その身が何時まで続くとお考えで?」
そして、セレトは、そんなヴルカルに笑みを浮かべながら応える。
ここからが、最後の賭け。
話し始めたセレトを、ヴルカルとユラが見つめている。
「単純な話ですよ。閣下。所詮その身は、あちらの世界の模造品を、無理やりこちらに定着させただけの話。ハイルフォード王国のあれとは、似て非なる物ですよ」
こちらの会話を聞いている。
それゆえ、セレトは、勝ちを確信して言葉を続ける。
「あれは、あちらの世界の存在を、こちらの世界に呼んでいた。だが、貴方のそれは、あちらの世界の力だけを、無理やり身体に植えつけただけ。そしてあちらの世界の存在は、魔力をよく喰らう。その身、そう長くはないでしょうな」
だからこそ、セレトは一気に言葉を言い切る。
途中、ユラは、こちらの意図に気が付いたようだが、話を止めることもしない。
彼女には、彼女の意図があるのであろう。
だが、セレトの現在の相手は、ヴルカルのみである。
「閣下。貴方は、終わりです。その身体を見るに、既に、貴方自身のコントロールを離れたようですな。もう、その変異は止まらず、喰われ尽くされるだけですな」
そして、セレトは、最後の言葉を放つ。
同時に、自身の魔力を放つ。
「黙れ!貴様は、貴様は!」
セレトの言葉を受けたヴルカルは、一瞬言葉に詰まるが、すぐに激昂し、強く言葉を発する。
同時に、丸くなった身体から、新たな腕を生やし、それをセレトの心臓めがけて振り下ろす。
だが、その一手は遅かった。
「遅かったですな。閣下!」
振り下ろされてくる腕を見ながらも、セレトは、自身が放った魔力に反応し、あれが、こちらの世界に呼ばれているのを感じる。
「何?!」
ヴルカルの驚いたような言葉が響く。
同時に、セレトの身は、急に背後に現れた、あちらの世界から呼び出された、複数の口を持った存在の、一つの口に飲み込まれていく。
「おやおや」
ユラのわざとらしい驚きの声も聞こえる。
そして突然、現れた異形の生物の登場により驚いたのか、ヴルカルの四肢がセレトの身体から離れる。
瞬間、セレトの身体を、呼び出された存在がかみ砕く。
そしてかみ砕かれた身体は、一気に黒煙へと変わり霧散する。
「?!しまった!」
焦ったヴルカルの多数の畏敬の手足が、黒煙化したセレトに襲い掛かる。
「逃がすわけにはいきませんね」
ユラは、笑いながら、周囲に魔力で障壁を張り、逃げ道を塞いでくる。
「誰が逃げるといいましたかね?」
同時にセレトは、黒煙の身体でヴルカルの背後に回り、自身の術を彼に向けて放つ。
自身の剣に、魔力を込めて急ぎ作った魔剣の投擲。
グサリ。
完全に隙をつかれた、ヴルカルの巨大に変貌した背中に、セレトの一撃が刺さる。
「貴様あ!」
ヴルカルは、怒りの声を上げる。
だがその身は、セレトが強引に呼び出した、異形の怪物によって動きを封じられている。
「ふむ。やりますね」
ユラは、笑いながら、ヴルカルの身を抑えている化け物に向けて、解呪の呪術を放つ。
同時に、不安定な状態で呼び出された存在は消え去る。
「このままで終わるか!」
だが、セレトは、一気に次を放つ。
魔力で大量の剣を生み出し、それを四方八方に投擲をする。
「くそがあ!」
体中に剣を刺されながらも、ヴルカルは叫ぶ。
「おやおや!」
笑いながら、ユラは、セレトの攻撃を弾き飛ばす。
ドン。
鈍い音が響き、干渉しあう魔力が小規模な爆発を起こす。
「奴はどこだ?!」
爆発が収まった中、真っ先にヴルカルが叫ぶ。
「逃がしましたか。ただ、ここから逃げきれてはいないはずですよ」
ユラが、そんなヴルカルに応える。
「ユラ、この身体は、まだ大丈夫なんだよな?」
そんなユラに言葉を返さず、ヴルカルは、どこか焦ったような声で、彼女に問いかける。
「えぇ、えぇ。まだ大丈夫ですよ。けけ」
ユラは、そんなヴルカルに笑いながら応える。
「セレトは、どこだ?!」
焦った声で、ヴルカルは、ユラに問い続ける。
「周囲には、すでに障壁を展開しておりますが、それが破られた様子はありません。恐らくこの周囲に居るかと思いますよ。けけけ」
ユラは、ヴルカルに笑いながら、言葉を返し続ける。
その言葉に、ヴルカルは、落ち着きを取り戻したのか、再び身体に魔力をまとい始める。
このまま周囲一帯へ攻撃を加え、セレトを炙り出そうとしいているのであろう。
そんなヴルカルを影に潜み観察をしているセレトは、仕掛けるタイミングを落ち着いた表情で見計っていた。
第五十六章へ続く




