幕間52
幕間52
「全く、何が起こっているんだ?」
ユノースは、無駄に入り組んだ宮殿の中を闇雲に進みながら愚痴をぼやく。
ヴルカルから渡された鍵によって辿り着いた、緊急時の避難場所。
その空間に辿り着いた瞬間から、ユノースは、何らかの戦いが行われている気配を感じ取ってはいた。
自身の主が避難している場所における戦いの気配。
それは、自身の主の敵が、この空間のどこかにいるということであった。
最もユノースとて行く先に当てがあるわけではない。
ただ戦いの気配、魔力の流れを感じながら、そちらの方向に進んでいるだけである。
だが、その魔力の流れは決して弱くなく、ユノースの足は自然と早まる。
「おやおや。急いでどちらに向かわれますのかな?」
しかし、そんなユノースの足を止める声が周囲に響く。
「ユラか?これはどういう状況だ?」
ユノースは、声の主に大声で語り掛ける。
「きひひひ。状況?状況は、好転してますよ。けっけけけ」
ユラは、いつものこちらを嘲笑う態度で応えてくる。
最もその声は、魔術で遠方から送られてきてるものであり、声の主は、この近くにはいないようであったが。
「好転?ヴルカル様はご無事なのか?いや、他の部下達は?ここには、誰がいるんだ?」
そんな、ユラの態度と声に苛立ちを感じながも、平静を装いながら、ユノースは自身の疑問をユラにぶつける。
何が潜んでるか分からぬ伏魔殿の中で、自身と同じ人間を主としているユラの声は、苛立ちの中でも、確かな安心感をユノースに与えていたのである。
「あぁその件ですが」
そんなユノースの声に応えるようにユラが語り掛けてくる。
広い空間に響く、その声にユノースは耳を傾ける。
「けけけけ。貴方には、関係がないことですね」
瞬間、ユノースの耳元に声が響く。
「何?!」
ユノースが叫ぶとともに、首筋に冷たい物が当たる。
「ここで、退場をしていただきましょう」
同時に、ユラの声が響き、首筋に当てられた物体が動き出す。
「何をする!」
だが、ユノースは、その物体が動き切る前に身体を動かし、その一撃を避ける。
「おやおや。残念。これで終わらせたかったのですが」
そんなユノースに対し、ユラは、笑みを浮かべながら言葉をかけてくる。
「どういうつもりだユラ?我々を裏切るつもりか?」
そういいながら、ユノースは、ユラと向き合う。
見ると、ユラの右手には、恐らく先程までユノースの首筋に当てられていた物体、ナイフが握られていた。
刀身が短いと言えど、あの刃物による一撃をあのまま首に喰らえば、ユノースとてただでは済まなったであろう。
「裏切る?なぜ皆様、勘違いをされるのでしょう?私は、ただただ自身の主のためだけに動いているというのに」
だがユラは、そんなユノースを笑うかのような、いつも通りの態度で声をかけてくる。
最も、その手に持った刃物は、こちらに向けられ、魔力の動きは、明らかにユノースへの殺意へと繋がっていた。
「俺は、ヴルカル様の刀であり、盾だ。その俺を排除しようとすることは、すなわち、ヴルカル様への敵対の意思ということで間違いないだろう」
ユノースは、ユラへと武器を向け、同時にその動きに目を光らす。
魔術師であるユラの力は知っていたが、ユノースとてそれなりの場数は踏んでいる。
彼女の考えは分からなかったが、こちらに敵対する意思が確かなものであるなら、そのまま刀を振るい倒すことは十分に可能である。
「いやはや。なんと短絡的な。貴方が全ての中心にいると?」
ユラは、そんなユノースに対して、余裕の態度を崩さずに問いを続けてくる。
その動きに、まだこちらに仕掛けてくる気配はない。
それならば、こちらから仕掛けるか。
「だから、貴方本質を見抜けないのよ。例えばこういう風にね!」
だが、瞬間、ユラがこちらに向かって叫ぶ。
最も、目の前のユラが動く様子はなく、こちらを見ながら立ち続けている。
魔力の動きもなく、ただ殺意だけが向けられた状況。
こちらへ仕掛けてくるかと思い、迎撃のために力を溜めていたユノースは、動きのない現状に拍子抜けする。
「分からない?こういうことよ」
だが、その瞬間ユノースの脇腹に痛みと熱が走る。
「?!何?」
驚きでユノースは後ろを振り向く。
「けけけ。また会いましたな」
そこには、先程、砂漠で戦ったアサシンが立っていた。
「おやおやおやおや。さてさてどうしますかね?浅いようにも見えますが、結構深く入ったようですな」
ユラは、先程までと同じ場所に立ち、笑いながらこちらを見ている。
「ひひひひ。さて、どうしますかあ?」
後ろでは、アサシンが笑いながら、こちらに武器を向けている。
「お前ら、いや、ユラどういうつもりだ?」
ユノースは、武器を構えながら、傷をかばい、ユラとアサシン、二人を牽制する。
数の上は、二対一。
こちらが圧倒的に不利であったが、自身の剣技と魔力を活用すれば、まだ勝機はあるはずであった。
アサシンのカラクリも正体にも、凡その予想はついていた。
その考えが当たっているなら、まだ自身にもチャンスがある。
そうして戦闘態勢を整えるユノース。
だが、その瞬間、自身の身体の力が抜けていくのは感じた。
その感覚の広がりは、先程刺された傷口から徐々に始まり、今や、全身へと広がっていた。
毒の存在に思い当たったユノースがアサシンの刃に視線を向けた瞬間、彼の意思は、闇の中へと落ちていった。




