第五十二章「貴族の舞台」
第五十二章「貴族の舞台」
「単純な話だよ。セレト卿。そもそもクラルス王国が呼び出している者達が何かは知っているだろう?」
ヴルカルは、セレトに笑いながら語り掛けてくる。
「黒い翼を持った魔法生物。クラルス王国が魔界から呼び出している知的生命体。とは睨んではいるのですがね」
セレトは、そんなヴルカルの一挙一動を見逃さぬように警戒を解かず、魔力を込めた手のひらを相手に向けなが言葉を返す。
万が一、ヴルカルに不審な動きが見えた場合には、すぐに魔力を放つつもりであったが、ヴルカルは、そんなセレトの様子を見ながらも、余裕を見せた態度を崩さなかった。
「ふむ。その通りだよ。セレト卿。あれは、一定の盟約によってこちらに呼び出された生命体だ。さて、じゃあ私の身体は何だと思う?」
ヴルカルは満足そうに笑いながら、セレトに再度問いかける。
その魔力の流れから、現状ヴルカルがこちらと戦うつもりがないようにも思えたが、もし戦うとなれば、すぐに戦闘態勢に切り替われるであろうことは、セレトには、容易に予測できた。
「魔力の塊?いや、それにしては、大分実態がはっきりしておりますね。ただの操り人形とも思いましたが、貴方の意思もあるようだ。いやはや、感じるのは、クラルス王国の奴らが使役していた化け物に近いものを感じるのですが、一体何なんでしょうかね?」
セレトは、わざとらしく悩んだふりをしながら言葉を返す。
ヴルカルの体内の魔力は、その力を徐々に増している。
いずれにせよ、油断は禁物であった。
「化け物?いやいや面白い表現だな。君。あぁこの身の事を言っているのかい?ならそうは見えるかもしれんな。だがね、セレト卿。貴公であれば、その見た目など、大した意味を持たないことを理解できるだろ?」
そういいながら、ヴルカルは、大げさに身体を震わせる。
振るわせるたびに、身体に生えた虫の足が四方八方へと振りまわれ、その不快さを更に加速させた。
「閣下。私は、貴方の野望に忠義を誓いました。その野望が私の目的に合致をしたからです」
ヴルカルの言葉を遮るように、セレトは、強引に言葉を割り込ませながら、自身の魔力を練り始める。
「野望?ふむ、だがいずれにせよ、今の私も貴公にとって決して悪くはない存在だとは思うがね」
そう言いながらヴルカルは、セレトの動きを見抜いてるかのように殺気を膨らませてくる。
膨大な魔力、力強い殺気。
異形の力を得たヴルカルは、決して弱い存在ではないだろう。
そのプレッシャーは、徐々に増していく。
「私は、貴公の腕は買っているんだよ。セレト卿。あぁ聖女の件は気にするな。こうなった以上、もう彼女が生きていようが関係はないしな」
そう笑いながら語るヴルカル。
だが、セレトは、その言葉を放つヴルカルを睨みつけた。
「そこですよ。閣下。私は、ただ聖女を殺したかった。貴方は、それを望んでいた。そしてあなたは、多大な権力と高い地位を持っていた。ただそれだけですよ」
そう言いながら、セレトは、武器を構える。
ヴルカルの殺気は、それに呼応するように高まる。
「既に道を違え、国家を離れた今のあなたには、私にとって何の価値もないのですよ。申し訳ないですが、ここでお別れですな」
だがセレトは、その殺気を受け流し、訣別の言葉を放つ。
「そうか。残念だよ。その力、惜しいと言えば惜しいが。まあ私に牙を向くなら申し訳ないが、ここで貴公は、舞台から降りてもらうしかないかね」
ヴルカルは、そんなセレトの言葉を淡々と受け止め、高まった殺気に呼応するように魔力を開放し始める。
同時にヴルカルの身体から漏れた魔力が、徐々に刃を象り始める。
「ふん、その程度の力で、私と張り合おうというのかね?腹立たしいんだよ!」
セレトは、そんなヴルカルに魔力と殺気を向け返す。
「あんたは、既にこの物語から退場しているんだよ。とっとと、失せろ!この老害が!」
そして叫びと共に、セレトが放った魔力は一瞬にして大量の黒い刃に変わり、ヴルカルに襲い掛かる。
「ふん。無駄だよ」
ヴルカルは、そんなセレトの攻撃を鼻で笑いながら、同じく大量の刃を魔力で生み出し迎撃する。
瞬間、両者が放った黒い刃は、ぶつかり合い互いに次々と消失をしていく。
「逃さんよ!」
だが、ヴルカルは、そんなぶつかり合う刃の様子等を気にしないように、一気に自身の身体から生えている虫の足を四方八方に勢い良く伸ばす。
その動きは、的確にセレトの周囲を囲むような軌道を見せながら、セレトを貫こうと迫ってくる。
「はっ!そんな緩慢な動きに捕らわれるかよ!」
その攻撃を、セレトは魔力を込めて自身の身体を黒煙状に変えて避けようとする。
「ふむ。愚かしいな」
だが、そんなセレトの一手を、ヴルカルは、嘲笑いながら迎える。
「黒煙の術、タネが割れれば、この通りだよ」
瞬間、ヴルカルの言葉と共に、彼の身体から伸びた大量の虫の足が、黒煙化したセレトの身体を貫く。
同時に、セレトの身体の黒煙化が解除され、そのまま実体化した身体をヴルカルの放った虫の足が貫く格好となる。
「まさか、閣下がこの一手を破るとはね。少々見くびっておりましたよ」
貫かれた身体から噴き出す血、傷口の痛みを感じながら、セレトは笑いながらヴルカルに話しかける。
「あくまで身体を魔力の素に分けているだけの術だからな。より強い魔力で干渉すれば、その程度の事象を捻じ曲げること等、簡単なものだよ」
ヴルカルは、なんてこともないように、セレトに応える。
「いや、貴方がこれほどの魔力を持っているとはね。少々甘く見すぎていたか。いやそれとも、その魔力のおかげかい?やれやれ、流されている魔力のせいか、碌に再生もできはしない」
身体の損傷は激しく、その修復もままならない状況であったが、セレトは、笑みを絶やさない。
「ふむ。今もう一度チャンスを与えようか。セレト卿。私に忠誠を誓いたまえ」
ヴルカルは、セレトの身体に魔力を流し込みながら、言葉を続ける。
セレトの身体に流し込まれた魔力は、毒素となり、その身を蝕み続けていく。
「貴方への忠誠か。あぁなるほど」
セレトは笑いながら、ヴルカルの言葉に応える。
「それを求めるには、閣下、貴方には、力が足りなすぎますな」
そう言い放ち、セレトは、再度魔力を込めなおす。
「何を?」
ヴルカルは、一瞬驚いたような表情を見せる。
「この程度の力では、私を繋ぎ止めることは無理ですな」
セレトが新たに放った術式が起動し、セレトの身体から多量の魔力が放たれる。
その魔力の流れに耐えきれず、ヴルカによる戒めは一気に弾き飛ばされる。
「馬鹿な?!」
驚愕の表情を浮かべたヴルカルであったが、その視線は、既にセレトを見失っている。
「ネタが割れましたな閣下」
そしてヴルカルの背後から、セレトは語り掛ける。
「貴様、一体何を?!」
ヴルカルは、慌ててセレトの方へ振り向こうとする。
「断!」
だが、その表情がセレトを捉える前に、セレトが力強く放った言葉と共に、ヴルカルの身体は、セレトが放った大量の黒い腕によって、その身に生やした大量の虫の足を奪われる。
「ひぎ!」
悲鳴とも叫びとも取れるような声を上げ、ヴルカルは、バランスを崩したように地面に転がる。
「チェックメイトですな。閣下」
そういいながら、セレトは刀をヴルカルに突きつけて語り掛ける。
「き、貴様、その力は?」
痛みに耐えているのか、息も絶え絶えに、ヴルカルは、セレトに語り掛けながら、徐々に距離を取ろうとする。
「ふむ、所詮は、魔力で生み出された身体。この程度の傷であれば、まだまだ動けますか」
セレトは、そんなヴルカルに一歩ずつ近づきながら言葉を続ける。
「大方その身体、何らかの存在をその身に宿しいたという所ですか。いやはや、安易で短絡な方法ですが、確かに効果的な方法ではある。誰の差し金ですかね?」
徐々に近づきながら、セレトは、武器を振り上げる。
その刀を振る事一閃。
その一手でヴルカルの命を止めることはできるだろう。
「くそくそくそ!貴様、目をかけてやったのに!あぁぁ許さん、許せんな!」
だがヴルカルは、そんなセレトを見ながらも、恐れを見せずに言葉を吐き続ける。
「哀れですな。閣下。だがお別れです」
そんなヴルカルへ哀れみを感じながらも、セレトは、それを断ち切るように斬撃の狙いを定めた。
「ユラああああ!まだ、契約は切れてないはずだぞ!」
だが、そんなセレトを無視するように、ヴルカルは、近くにいるらしい、ユラに大声で叫んだ。
「何を?!」
セレトは、そんなヴルカルの様子に驚き、慌てて刀を振り下ろそうとする。
だが、その判断は一瞬遅かった。
「わかりました。きひひひ。お約束通り、お助けしましょうか。けっけけけ」
瞬間、どこぞやから現れた現れたユラが障壁を張り、セレトの一撃は防がれることとなった。
第五十三章へ続く




