第五十一章「反抗」
第五十一章「反抗」
「ふむ。利用価値ですか。閣下」
セレトは、足元のリリアーナを視界内に収めながら、顔をヴルカルの方に向けながら応える。
「あぁ。利用価値だよ」
ヴルカルは、堂々とした態度でセレトを見ながら言葉を続ける。
「閣下。我々は既に王国を追い出された身です。今更こいつをどう利用するというのですか?」
セレトは、その言葉に皮肉の色を混ぜてヴルカルに返答をする。
確かにヴルカルは自身を見出し、チャンスを与えてくれ、また真意こそ未だわからぬが、少なくとも逃げ道の一つとしてこの場所を教えてくれた恩義はあった。
だが、彼についたが故に、セレトはハイルフォード王国で築いた全てを失ったのでもある。
そうである以上、必要以上にヴルカルに従うつもりなど、既にセレトの心の中にはなかった。
「なに、貴公にも悪い話ではないよ。セレト卿」
そう言いながら、ヴルカルは、セレトに向けて多数生えている虫のような足の一本をこちらに向けてくる。
「貴公がその武器を振るいたい理由は、何かね?彼女への嫉妬かね。それとも、何か他に理由があるのかね?」
言葉を発しながら、ヴルカルの体内で渦巻く魔力は、徐々に強大なものへと変わっていく。
「そうは言いますが閣下。私は、この女の命を刈り取るため、貴方と手を組んでおりました。なのに、ここで手を引けというのですか?」
高まるヴルカルの魔力。
それに呼応するように、セレトも戦闘態勢を整えつつ、ヴルカルに向ける視線を強める。
「ひひひ。セレト様。それは、我が主からの依頼にすぎません。けっけけ。依頼主がもう断ると言っているのに、貴方は、無理に完遂をしようとするのですか?ききキキキ」
ユラは、セレトの方を見つめながら、いつもの笑みを浮かべながら問いかけてくる。
「閣下。私が貴方と組んだのは、私にとって、一番不愉快な存在を始末するための一つの方法にしかすぎません。貴方は降りますか?それなら結構。そうであるなら、元々の予定通り、私の自由にやらせてもらうだけだ」
だがセレトは、ヴルカルとユラを睨みつけながら、言葉を吐き出す。
それと同時に魔力を込め、セレトは戦闘態勢をとる。
「ほう。貴公は、そう考えるか。なるほど」
普段の好々爺のような柔らかい声でありながら、ヴルカルもそれに応じるように、戦闘に備え始める。
既に身体は異形の物となり、面影は、もはや顔ぐらいにしか残っていないヴルカル。
彼のこの姿と力は、自身が望んだものなのか、それともユラが仕込んだのか。
だが、いずれにせよ、セレトの目的はただ一つだけ、自身の障害となる者を全て蹴散らしていくだけである。
「閣下。私は、貴方と戦うつもりはないですよ」
最終通告。
無駄な戦いを避けたい思いもあり、セレトは、ヴルカルにそう語りかける。
「愚門だな。私も貴公と戦いたいわけではない。だが、貴公が私の思い通りに動いてくれないなら、仕方がないだろう?」
ヴルカルは、笑いながら応えてくる。
その身体から生えた無数の虫の足は、徐々にその数を増やしながら、ヴルカルをより禍々しく、されど、より戦闘に特化した姿へと変化していく。
「セレト様…」
アリアナが不安そうな表情を浮かべてこちらを見てくる。
明らかに何らかの干渉を受けているヴルカルが、どのような力を持っているか分からない状況への恐れもt分混じっているようであった。
だが、セレトは、そんな彼女を無視する。
いや、アリアナだけではない。
足元に転がっているが状況を見ながら虎視眈々と反撃の機会を窺っているリリアーナ、この状況の首謀者の可能性が高いユラ、その両名も既にセレトの眼中にはない。
今のセレトが集中をしているのは、ただ一人、目の前で強大な力を見せてくるヴルカルのみであった。
「閣下。その刃を下ろしてください」
最終通告。
半分ぐらい、ここでヴルカルが降りてくれることを期待して、セレトは語り掛ける。
「それは無理だな」
だが、ヴルカルはその言葉を短い拒絶で返す。
その瞬間、セレトは一気に動き出す。
魔力を込めた刃をヴルカルに投げつける。
ヴルカルは、その刃を避けようと身体をひねる。
「逃がすか!」
だがセレトは、その動きを止めるための魔術を唱える。
瞬間、ヴルカルの足元に四つの穴が開き、紫色に光る鎖が生み出され、一気にヴルカルの身体に巻き付いていき、その動きを封じる。
「ほう」
ヴルカルは、感嘆したように声を出す。
同時に、ヴルカルの額には、セレトが放った刃が突き刺さる。
最もセレトは、そんなヴルカルを無視して、そのまま背後に振り向く。
目の前には、こちらを見て笑っているユラ。
そんな彼女にセレトは、一気に距離を詰める。
「きひひ。おや?」
ユラは、そんなセレトの動きに少々、驚いたような表情を向けてくる。
「お前は、少し引っ込んでろ!」
セレトは、そう言いながら、ユラが迎撃の魔法を唱える前に、その身体を手に持った刀で、一気に一刀両断する。
「あら?」
ユラは、間の抜けた声を発するとともに、そのまま胴体から、首が落ちる。
しかし、その瞬間、ユラの身体は、無数のカラスへと変わり、一気にその場から飛び立つ。
だが、セレトは、そのカラスたちを無視して、鎖に縛られたヴルカルへと振り返る。
「さあ、閣下。話し合いを始めましょう。邪魔者は、消しましたよ」
そうして再度、セレトは、ヴルカルへと語り掛ける。
ヴルカルの意思に、ユラがどの程度まで干渉をしているかは分からなかったが、少なくとも、彼女を排除することで少しも理知的になるだろう。
「無駄だな」
だが、そんなセレトの考えは、鎖を突き破ったヴルカルが放った一撃、身体から生えている虫の足による鋭い突きによって打ち砕かれる。
「なあセレト卿。貴公は、何か勘違いないか?私は、貴公との争いを望んでいないんだよ?そしてユラが私を操っている?愚かしい!それらは、全て勝手な思い込みに過ぎないよ」
ヴルカルは、セレトを押さえつけながら、心底楽しそうな声で語り掛けてくる。
「ほう、なるほど。では、閣下の言い分は?」
セレトは、身体を押さえつけられながらも、笑みを絶やさない態度で、目の前のヴルカルを睨みつける。
「ふむ。この身体も、現在の状況も私が望み手に入れたものということだよ。セレト卿」
ヴルカルは、そんなセレトの視線を受け流しながら、涼しい顔で言葉を紡ぐ。
「あぁ理解ができないという顔だな。セレト卿。何、難しく考える必要はない。うむ、何から語るべきかな」
そう言い続けるヴルカルの表情は、確かに平常である。
だが、セレトは、その状況が理解できず混乱をする。
同時に、その魔力に乱れが生じる。
「喰らえ!」
瞬間、その魔力が乱れた一瞬の隙をつき、拘束を解いたリリアーナがこちらに魔力で作られた光の槍を放つ。
完全にセレトの意識の外に置かれていたリリアーナの奇襲は、セレトに一直線に向かい、そのままセレトの身体を貫こうとする。
「セレト様!」
だが、そのリリアーナの攻撃をアリアナが闇のカーテンを生成し防ぐ。
「きいひひ。では、ここいらで一つ舞台を整えますかね。けけっけ」
瞬間、ユラの声が一帯に響く。
同時に、リリアーナとアリアナが黒い幕状の結界に囲まれ、そのままセレト達から離される。
「ほう。ユラが気を利かせてくれたかね」
ヴルカルは、心底可笑しそうにこちらに語り掛けてくる。
「ふむ。これが貴方のお望みですか?」
セレトは、ヴルカルに抑えられたままの状態で答えを返す。
ユラは、こちらを孤立させることに集中をしているのか、この戦いに介入をしてくる様子はない。
そのような状況でセレトは、目の前にいるヴルカルと一対一のまま、対応を強いられることとなった。
「何。私は、貴公を取って食おうと考えているわけではない。そうだな。まあ私の考えも聞いてほしいものだな」
警戒するセレトを懐柔するような声でヴルカルは、語り掛けてくる。
もちろん、セレトは、警戒を解くつもりなど毛頭もなかったが。
「まあいい。さて、貴公は、クラルス王国の黒い翼を持つ者達を知っているかな?」
そんなセレトに笑みを浮かべた表情を向けながら、ヴルカルは言葉を続ける。
黒い翼を持つ者達。
クラルス王国に力を貸している者達。
予想もしていない単語が出てきたことにセレトは一瞬驚愕の表情を浮かべる。
「その力、身に宿せるとしたら、貴公はどうする?」
そんなセレトの反応を楽しむような声で、ヴルカルの語りは始まった。
第五十二章へ続く




