幕間50
幕間50
「歩けど、歩けど、目的地はまだ先か。あとどれぐらい進めば目的地に辿り着くんだい?」
グロックがめんどくさそうな態度で問いかける。
最もその声は、誰かへの問いかけというより、ただのボヤキのようであったが。
「…」
黒いローブを着込んだ人物が、無言のまま指をさす。
その方向には、変わらずに砂漠が広がっている。
「あぁ。わかったよ。進めばいいんだろ?」
グロックは、愚痴を言いながら、指をさされた方角へと進み続ける。
「文句を言っても仕方がないだろ」
そんなグロックに睨みを利かせながら、ロットが強く言葉をぶつける。
最もグロックは、そんなロットを一瞥するだけで、特に言葉も返さずに、そのまま先に進む。
「そろそろ目的地に到着するとは思うけどね」
そんな二人の様子を気にしていないように、ネーナが誰ともなく話す。
一行は、特段話すことなく、唯々、黒いローブの人物の指示に従い、先に進み続ける。
「本当に、こいつのいう通りにして、セレトに辿り着けるんだろうな」
だがしばらく進んだタイミングでロットが吐き出すような声でぼやく。
セレトの追跡を開始し、早数日が経った。
メンバーは、ロット、グロック、ネーナは、黒衣の人物を加えた四名。
行く先は、黒衣の人物が理解をしているのか、こちら道を指示してくる。
当初ロットは、その行く先の決め方に面を喰らったが、ネーナとグロックは、特に疑問も見せず、(グロックは、文句を言いながらも)その黒衣の人物の指示に従っていた。
「坊ちゃまの現在の位置をわかっている人物だからね。その指示に従うのが一番効率的でしょう?」
そしてこのネーナの発言である。
「どうしてそれを信じられるんだ?」
もちろん、ロットは当然の疑問を呈した。
「そういう力を持っているのよ。それ以上の説明がいるかしら」
だが、そんなロットの質問はネーナに軽く流される。
「けっ。そもそもお前の大好きなお偉い様方が決めた人選と役割だ。お前は、それを否定するのかい?」
加えてグロックのこの言葉まり、ロットは引き下がり、この方針に従うしかなかった。
また、本来であればそれぞれの部下達を引き連れ、それなりの規模の部隊で挑むべき相手であるように思えたが、今回の任務では、基本、この四人のみで当たるようにという密命が下ったことも、ロットは気にくわなかった。
国家機密の関係もあり、秘密の秘匿のために最低限の人数でこの任に当たるようにということであったが、この流れは、どこかロットに不安を抱かせていた。
最も、既に動き始めた以上、与えられた戦力でなんとかするかない、
そのことを考えながら、ロットは、軽く頭痛を覚えた。
「しかし、坊ちゃまが逃げれる先なんてあるのかね?」
しばらく先に進んだところ、グロックがふと呟く。
「あら、あぁ見えても、色々なところと接触をしていた模様よ。私達の知らないところでね」
そんなグロックに対し、ネーナが応える。
「ヴルカル卿は、別にしても、どこの派閥にも属していないそれなりの力の持ち主。まあ、利用するという人は、たくさんいるんじゃない?」
ネーナは、そう話しながら、心当たりがありそうな組織や人物の名をいくつか挙げた。
最も、その多くは、ロットが聞いたこともないような小者や泡沫の組織であったが。
「ヴルカルのところに逃れたという可能性は?」
ふと思いついた言葉を口にしながら、ロットは会話に割り込む。
「まあ、その可能性も0ではないわね」
ネーナは、多少思案するような表情をしながら応える。
「はっ、いくら坊ちゃまでも、そこまで愚かな選択肢をとるかね」
グロックは、嘲りを隠すこともせず、懐疑的な態度で言葉を返す。
「それはどういう意味だ?」
ロットは、そんなグロックに対し、怒気を含んだ声で問いかける。
「あの方は、所詮は権力欲に魅入られた小心者だ。今更落ち目となったあの男を頼るかね?」
グロックは、ロットの態度に応えるような、高ぶった感情を込めた声で応えてくる。
「そうかな。そもそも行く先も碌にない奴だ。一つの選択肢としては、十分にありえるんじゃないかね」
ロットは、そんなグロックに諭すような口調で反論をする。
最も、グロックが、なぜそう考えるのかは、わからなかったが。
裏切ったと言えども、嘗てはの雇い主。その人物像については、詳しいであろうことは、確かであったが、グロックが語るセレト像は、そこまでロットが持つセレトのイメージと一致しなかった。
「そうね。まあ可能性はいろいろとありすぎる以上、今結論づける必要はないんじゃない?この子が、そろそろ、答えを教えてくれるだろうし」
そんな二人の間に入るように、ネーナが、黒ローブの案内人を指さし、声をかけてくる。
指をさされた案内人である、黒ローブの人物は、その言葉に反応もすることなく、時折方角を確認するかのように立ち止まりながら、方角を修正すると淡々と歩き続ける。
「ふん、答えね。坊ちゃんの底がようやく知れるわけだ」
グロックは、嘲りの態度を隠そうともせずに言葉を吐く。
だが、その荒々しい口調の中、言葉の端々に含まれているある感情、ロットは気が付いた。
「何を怯えているんだい?」
そしてそんな思いは、そのまま自然とロットの口をつく。
グロックの中にあるのは、セレトに対する怯え。
それを抑えるために、グロックは、セレトを矮小な人物と語り続けていたのだろうか。
そのことに気が付いた瞬間、ロットは、グロックへの哀れみという、予想もしない感情が浮かんでくるの感じた。
「怯える?何を言っているんだ?」
グロックは、そんな自身の心情に気が付いていないのか、それとも気が付きながらも抑え込んでいるのか、屹然とした態度でロットに応える。
そんなグロックに対し、ロットは、哀れみを込めた視線を向ける。
セレトという狂った存在が持つ力。
それは、身近にいたグロックはよく知っているのであろう。
そうでありながらも、自身の過去のトラウマを克服するために、そのような強大な存在に、自身の心を偽りながらも挑もうとする。
そんな彼の生き様が、どこかロットに同情の念を感じさせたのであった。
「いや、忘れてくれ」
ロットは、グロックにそう話し一方的に会話を打ち切った。
グロックは、そんなロットに何かを言おうとし、口を開きかけたが、その言葉は出ることはなかった。
「皆様。目的地についたようですよ」
ネーナが、ロットとグロックに歩みを止め、声をかけてくる。
黒衣のローブの人物は、立ち止まり、空の一点を見つめている。
その指先には、魔力が込められ、空間に干渉を始めている。
徐々に変わってい行く風景に目を向けながら、ロットは、この先に待ち構えている脅威と、囚われているであろう自身の主であるリリアーナの救出を考え、武器に手をかけるのであった。




