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序章「終わりから始まりへ」

 序章「終わりから始まりへ」


 ハイルフォード王国の首都である、王都・ルフォールでは戦勝パレードが続いている。

 長年戦争を続けていた隣国、ルムース公国との国境での戦いで大勝し、しばらく向こうが動きが取れないであろう程の損害を与えることに成功したからである。

 これによる有利な講和条約の締結。

 同時に今回の戦いの損害の少なさから計画される、スムーズな次の戦への準備。

 状況の全てが、王国の覇権を後押しをしているように進んでいるのである。


 街中では市民達がお祭り騒ぎを楽しみ、兵士たちを英雄のように祭り上げる。

 兵士たちは、自身の武勇伝を誇り、民衆からの尊敬を一身に受ける。

 そんな街中の活気に呼応するように、宮殿では宴が開かれ、この度の戦の褒章が振る舞われる。


 しかし、一見華やかで活気のある宮殿は、互いに互いを牽制しあう政治劇の舞台となり、多くの者達の策謀が渦巻く空間が広がるばかりであった。

 そんな中、特に周り者から除け者にされながらも、美味な料理と高価な酒に舌鼓を打つ男、魔術師セレトの心中は穏やかではなかった。

 何故なら、今回の戦の最功労者として、今、宴の席で最も王族達に近い栄誉ある場で、王侯貴族達から多くのお褒めの言葉を受けている者。

 第三騎士団長、リリアーナ・スーンが、セレトと特に犬猿の仲であったからであった。

 女性でありながら、そこいらの男より剣の腕が立ち、適切な判断力で部隊をまとめ上げているリリアーナは、多くの者から尊敬の念を集めている優秀な騎士だった。

 戦の場では、常に適当に結われている彼女の金髪も、今は場に合わせてか丁寧に整えられており、祝いの場にふさわしく着飾ったその姿は、一見するとどこかの令嬢のようにも見えていた。


 一方セレトは、腕こそ立つものの、胡散臭い魔法を使い、時には信心深い者たちを激怒させるような汚らわしい呪術を使う、厄介者であった。

 部下共々、その力を見込まれ、それ相応の報酬と地位こそ得ているものの、どこか冷遇をされている、そんな存在であった。


 今回の戦、リリアーナの部隊の活躍が目立ったものの、戦の要所要所でセレトの率いる部隊は戦果を残しており、最終的な勝利には多大に寄与をしていたつもりではある。

 しかし現実には、今も目の前で多くの者達から賛辞をうけているリリアーナに対し、魔術師であるセレトは、下座の席に追いやられている。

 その不快な現実は、目の前の料理を食い散らかし、酔える酒を呷ろうとも覆ることがなく、セレトのプライドを傷つけ続けた。


 「おい、小汚い魔術師風情がなんでこんなところにいるんだ?」

 そしてそんな中、自分に絡んでくる愚か者ども。

 それは、不愉快な顔をした騎士団の兵士達だった。


 彼らは、今城下町で飲み歩いている一兵士達よりは、多少は位が上ではあったが、所詮は爵位もないような騎士団の下っ端であった。

 そんな者達が気安く声をかけてくるような末端の席にいる自分。

 この場所に留められているという事実が、セレトにとって、何より堪えられないことでもあった。


 「おいおい、無視しないで答えろよ。下々の人間ってのは、自身の立場をわきまえて王宮なんかに出入りしないってのが礼儀だぜ。」

 絡んできた兵士の数は全部で五名。その中で一番地位が高いのであろうリーダー格の男がこちらに声をかけ、周りの兵士たちがそれに賛同するように頷く。

 しかしセレトは、そんな無礼な兵士の相手をする気も起きなかった。

 下々の人間にいちいち絡んでいては身が持たない。

 そのように考え、彼らの発言を適当に聞き流し、無視を決め込むことにした。


 そんな彼の態度が癇に障ったのだろうか。

 リーダー格の兵士が、「おい。」と荒げた声でテーブルに手をかけると、他の兵士もセレトを囲むように一斉に動いた。

 しかしセレトは、彼らを無視し続けながら食事を続けた。

 こんな下々の兵士を、一々相手にすることで、より不愉快な気持ちを増幅させることはご免であった。

 そうなるぐらいであれば、こっちが手を出さないことで、より相手に不快な気持ちを与えた方が何倍もマシであった。


 そんな状態でワインを飲んでいると、我慢の限界だったのであろう。

 リーダー格の兵士がセレトの腕に掴みかかり、そのまま彼を殴り飛ばそうとする。

 セレトは、自身の顔面に向かってくる拳をつまらなそうに眺めると、”そのまま思いっきり殴られた。”


 ガシャン。

 派手に吹っ飛んだセレトの体は、そのまま後ろの料理が積まれたテーブルにぶつかり、大きな音を立てながら、一帯に料理をまき散らした。

 殴った兵士は、間の抜けた顔をしながら、倒れたセレトを眺め、同時に自身が行った行動の意味を考えたのか、顔面を一瞬にして蒼白にした。


 ここは、王宮。

 そして今は、大勢の有力者達が宴を楽しんでいる。

 そのような場で、品位を欠くような騒ぎを起こした者は、当然に諸侯から覚えが悪くなり、同時に自身の出世から遠ざかるのは明白であった。

 しかし、ここが会場の端のエリアで、更に宴がちょうど盛り上がっていたこともあり、今のやりとりは、離れた場所にいる有力者達には気づかれていない様であった。

 そのことを確認すると、騎士達は、慌てたようにこの場を離れていった。


 セレトは、そんな滑稽な騎士達を倒れた姿勢のままぼんやりと見送ると、身支度を整えながら立ち上がった。

 こちらのやり取りを見ていた周辺の客達の視線を感じるが、ぱっと見たところ、特にこの騒ぎに目くじらを立てているような者は見当たらなかった。

 末席にいるような者達にとっては、このような場に介入する意味などないのであろう。


 セレトは、倒れたテーブルを一瞥すると、そのまま別の席に移動し、そこで酒を注いで飲み食いを続けることにした。

 しばらく今の不愉快な出来事を忘れるように、グラスを空けていると、ふと目の前の席に人が座る気配がした。

 嫌われ者の目の前に座りたがる変わり者がいることに内心驚きながらも、相手をする気もなかったセレトは飲み食いを続けようとする。

 「かのセレト様が、こんな末席でやけ食いとは、哀れなことだね。」

 しかし、そのまま飲み食いを続けようとするセレトの手は、目の前の来訪者に急に話しかけられたことで止まった。


 凛として品がありながら、どこか鋭い声。

 それは、誇り高い彼女の特徴的な声色だった。


 目の前の女は、まるで黄金のように輝いた金髪を手で払いながら、こちらを小ばかにしたように笑いながら見つめている。

 一見すると貴族の令嬢のように見えるその女の口から出る笑い声は、ケラケラと、まるでどこかの村娘のような品もなく下卑た音でありながら、どこか軽快で、楽しそうな、明るい音を奏でていた。


 セレトは、不愉快そうにワイングラスを机に置くと、そのまま女の顔を睨みつけながら品もない口調で言葉を返した。

 「何の用だ。」

 声を掛けられた女、リリアーナは、その言葉を受けて、より甲高い声で笑い続けながら、こちらを小ばかにした目で見つめてくる。


 ふと目をそらすと、先程までリリアーナが居た上座の席では、別の功労者がその労を労われていた。

 つまり、リリアーナは、上座から下座(それも末端中の末端)に、わざわざ移動をしてきたこととなる。

 この女の細い体のどこに、そのような悪意が煮詰まっているかを疑問に思いながらも、セレトは警戒を怠らず、リリアーナを睨みつけながら酒の杯を空け続けた。


 「いやいや、華やかな席に似つかわしくない喧騒が聞こえたものでね。気になって様子を見に来たら見知った顔がいるものだから、つい声をかけた次第だよ。」

 リリアーナは、弾むような明るい声で言葉を紡ぐ。

 「そうかい。それは不愉快なことだね。できれば声をかけずにいてくれれば嬉しかったよ。」

 セレトは、吐き捨てるように返す。

 リリアーナの話し方、態度も何もかもが腹立たしかった。

 本来の階級にそこまで差もなく、戦場での功績も大差がないこの女が、自分より上の立場に立ち続けて威張り散らしてくるこの状況を軽く流せるほど、セレトは我慢強くはなかった。


 それを受けたリリアーナは、また癇に障る笑い声をあげながらこちらを見下したような目で見てくる。

 セレトは、その視線を無視しながら、そのまま立ち去ろうとする。

 腹が立つ相手にいつまでも付き合うこともない。


 リリアーナは、そんなセレトに嫌味を言い足りないのか、そのまま追いかけようと立ち上がろうとする。

 と、その瞬間、リリアーナは後ろから来た男達に声をかけられ、そちらの対応に追われることになった。

 上の立場の人間に対し、わざとらしいほどの世辞を述べ、自身の覚えをよくしようとする愚か者から離れた瞬間、リリアーナの視線が届く範囲には、既にセレトの姿はなかった。


 リリアーナから離れたセレトは、宴の会場となったホールを出て、王宮の中庭を歩いていた。

 そこには、酔いを醒ましに夜風に当たりにきた者、宴の騒々しさに疲れて一服をしている者、個人的な親交を持つ者同士で落ち着いて話したい者達が、思い思いの場所でくつろいでいた。

 もっとも、華やかな宴の席と比べると、人影もまばらで、どこか寂しさを感じさせるような空気が漂っていたが。


 そんな中、セレトは宴の会場から離れるように、庭の奥へと進んだ。

 気が付くと、周りに人影はなくなり、時折、城の方からの歓声が聞こえてくるぐらいの静けさに満ちた空間へとセレトはたどり着いた。

 そこでセレトは、周りを見渡し、庭に設置されたベンチを見つけるとそこに座り一息をついた。


 体内のアルコールを吐き出すように、深いため息をついていると、自分が来た道の方から足音が聞こえてくる。

 こんな場所にやってくるもの好きの正体が気になりながら、同時にそれがリリアーナではないことを願いながら、セレトは後ろを振り向く。

 そこには、足音の主、小柄な体を杖で支え、高そうな服を着込んだ初老の男性が立っていた。


 「やあ、そこにいるのは、セレト君かね。いやはや、お休みのところを邪魔してすまんね。」

 目の前の男に、敬意を示すために立ち上がろとする、セレトを手で制しながら、男性は、杖を使っているとは思えない、軽快な足取りでセレトの座っているベンチに近づき、「失礼」と断りながら、セレトの隣に腰を下ろした。


 「いえ、ヴルカル様、気にはしません。むしろ、お近くにいらしたことに気づかず失礼しました。」

 セレトは、この男を知っていた。

 そして、知っているからこそ、最大限の礼をもって対応をする。


 ヴルカルは、現王族達とも親族としての関係を持っている、非常に有力な大貴族の一人であった。

 古王派とも呼ばれる、古くから続く、血縁、伝統を重視する貴族たちの大規模な派閥をまとめあげている中心メンバーの一人であり、同時に軍事面にも明るい、王国の立役者の一人であった。

 もっとも、昨今はその年齢もあり、表立って大きく動くことも少なくなり、口さがない者は、過去の人物、神輿と評してはいたが。

 それでも、その好々爺のようなやわらかい笑みの中から、時折鋭い眼光を見せ、その力が未だに衰えていないことを感じさせてくるだけの凄味はあったが。


 「しかし、さっきのパーティー会場では、中々大変そうだったな。」

 そんな状況で、ヴルカルより口を開く。

 「実は、あの騒ぎで君を見かけてね、ちょうど話し相手も欲しいと思っていたので、こうして後を追ってきたわけなんだよ。」

 「光栄でございます。」

 どこまでが真意かはわからないが、少なくとも敵意はないのであろう。

 礼を失せぬように気を付けながら、セレトは、相手の出方を待つことにした。


 「いや、しかしこの度の戦、素晴らしい戦果を挙げたようではないか。さすがだな。セレト君。」

 ヴルカルは、笑いながら、セレトを褒めてくる。

 その言葉に謙遜しながら、セレトは、その笑みの裏にある真意を読み取ろうとしたが、ヴルカルの長年鍛え上げられた表情は、何も語ることはなかった。


 「ところで、君の戦いの功績は多く聞いておるが、具体的な話は、まだ聞いていなくてな。もしよろしければ、話を聞かせてくれんかね。」

 そういいながら、ヴルカルは、今回の戦でセレトが戦い功績を挙げた戦地の名前を述べていく。

 セレトは、そのままヴルカルが求めるままに各戦場の話を聞かせていた。

 ヴルカルは、それを信底楽しそうに聞きながら、時折相槌をうち、会話を続ける。


 しばらくすると、二人が来た道から複数の足音が聞こえてきた。

 セレトがふと目を向けると、そこには二人の騎士が立っていた。

 近くで待機していたヴルカルの護衛であろうか。

 「お時間です」と、騎士の一人が言うと、ヴルカルは、セレトに礼を言い、立ち上がった。

 「いやいや、貴重な話を聞けて楽しかったよ。」

 そういいながら、ヴルカルは、セレトに一枚の折りたたんだ紙を渡す。

 「私は、今晩ここの宿に滞在する予定でね。もしよろしければこの後、この場所で先程の話の続きを聞かせてくれないかね。」

 「はい。喜んで。」


 では、待ってるよ。といい、ヴルカルはお付きの騎士を従えながら去っていく。

 その姿が完全に見えなくなってから、セレトは、姿勢を崩し、ベンチに座りなおすと、もらった紙を開いた。

 そして、深くため息をついた。


 そこには、王都にある、貴族ご用達の宿の住所と約束の時間、そして、ヴルカルの家紋、バラに囲まれた獅子の力強い顔が、「内密に」という直筆の文字の上に押されていた。

 それは、この呼び出しが私的な雑談のためでなく、一貴族としての公的な呼び出しであることを物語っていた。

 それも、表に出せないような仕事の依頼であることは明白であった。


 もう一度、宿の住所と時間を頭に入れると、セレトは、紙を指でつまみながら、指先に力を入れた。

 途端、指先でつまんでいた紙は、黒ずみ、そのまま細かい塵となり、風に吹かれてそのまま四方八方へと飛んで行った。


 セレトは、ヴルカルが先ほど消えていった方向を見ると、首を振りながら、城へ向かう別の道へと足を運んだ。


 第二章へ続く

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