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夏夜の鬼 語り残し  作者: 真鴨子規
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「やあやあミーちゃんいらっしゃいまさぁ! おコタ出して待ってたぜ! だけどもでもでもちょっと待て、五分遅刻だコノヤロウ! ありえん! この花も爆ぜ散る現役女子大生が『八時に全員集合!』って言ったら一時間前には玄関前で気の利いた挨拶の練習とかしてろよ! してるもんだよ常識的に考えて!」

 炬燵に下半身をうずめながら、バンバンとテーブルを叩くマツイさんの姿が、そこにはあった。

 これがもうすぐ成人になる人かー。選挙権とか貰えちゃう人かー。やべぇな、この国。

「はいはい失礼しました。けどマツイさん、用事あるから少し遅れるとは言ってあったでしょ」

「なに!? あたしとの約束より大事なナニってなに!? 女なの? また他の女作る気なのね! 黒川っていう元生徒会長が萌えなのね!? 黒髪ロングに殺されたのね! この童貞! チェリー!」

「…………」

 流行ってるの? 俺のいないところで俺の話題で盛り上がるのが流行ってるの?

 やめろ。切実にやめろ。

「マツイさん髪伸びましたね。男でも作ったんですか」

「ハハッ! なにそれめっちゃファンタジック! いるわけないじゃん。あたし、料理のできる宇宙人さんとしか付き合わない主義だから」

「アンタそろそろ妥協しないとあっという間に三十路踏みますよ」

「まだ十代だもん! まだ若いもん! うえーんミーちゃんがイジメる! 二十代いったらもうオバサンですよねプップーみたいな視線で見てくる! 助けてよぉグレイたん!」

 電灯の紐に吊された宇宙人型人形を、マツイさんはぐわしと掴んだ。

 人形の、皿のように大きな黒目が、悲しく俺に助けを求めているようだった。

 そんな目で見るな。俺にはどうしようもない。

「で、今日は何でしたっけ。宇宙人特番? それともホラー映画の視聴会でしたっけ」

 特に遠慮する仲でもないので、マツイさんの対面になるように炬燵に潜り込む。炬燵の中には何やら色々と入っているようだが、うっかり手に取るとマズいものが出てくる可能性があるので無視することにした。現役女子大生がどうこう言うくせに、なんでこうもズボラなのだろうこの人。

「ミキさんオススメのB級ホラー借りたから、一緒に視ようねって。言ったじゃん」

「ああ、ろくなもんじゃねぇだろうなと思って忘れてました」

 マツイさんはむくれるが、しかし前例が前例なので仕方のない話だ。

 人類のゆくえ! 地底王蟲vs宇宙ヒッポ!

 戦慄! 恐怖のワニ男!

 吸血マンタの大逆襲!

 ファイブ・ゴッド・シャーク最後の戦い!

 ――等々、吐き気がするほど詰まらなかった。

「大学生なんて、そんなに金がある訳じゃないだろうに。もっといいの借りて来なさいよ」

「いや、全部オカ研の経費で落としてるから」

「それでいいのか部長」

 オカルト研究会は順調に私物化されているようだった。人望があるのは結構なことだが、節度は守って欲しいものである。ブレーキ役いないからな、オカ研。雁首揃えて人が良すぎる。

「いいの! 面白いんだからオールオッケー! 来年には史上最強のホープ、ミキさんが入学アンド入部する予定だし! オカ研の未来は安泰よ!」

 隠しきれない興奮で顔を赤くしたマツイさんに、

「いや、アイツは――」

 言いかけて、やめておいた。

 どういう根拠があって、マツイさんがそんな夢幻を見たのかは知らないが。

 たぶん、そういう未来は、かつては本当にあり得た話で。

 その可能性を奪った原因の一端は、確実に、俺が握っているのだから。

「ミキさんはさぁ」

 マツイさんはコロコロと表情を変える。気が違えたのかと思うくらい笑顔だったかと思えば、今は眉間にシワを寄せ、フクロウか何かのように首を傾げている。

「あれで案外インドア派だからねぃ」

「嘘だろ。休みの日なんかほとんど外ですよ」

「でもアウトドアって訳じゃないでしょ。半インドア派? 的な? 遠出しないのよ、あの人」

 大学一年生で、でもミキと同年代のマツイさんは。心から、友人を心配するように言う。

 ミキが遠出をしないのは役目あってのことで、本質的には充分アウトドアだと思うのだが。しかしマツイさんと比べてしまえば、その程度では不足だということだろう。

「色々連れてったげるんだぁ。 私の卒業祝いにはみんなで海外旅行行こうぜって、今からお金貯めてるんだから」

「……それは」

 それは。

 まあ、なんというか、きっと。

 うるさくて。

 やかましくて。

 トラブルに次ぐトラブルが待っていて。

 そして底なしに、楽しいのだろうなと、思って。

「いいですね。土産物、期待してますよ」

 それが三年後の話であることを理解しながら。心にもないことを、俺は口走っていた。

「え、ミーちゃんも来るでしょ」

「いや俺、そのころにはこの近隣にさえいませんし」

 遠くに行く予定なので。

 そう言うと、マツイさんはパクパクと、何か言いたげに口を開閉して。

「ま。それもいいのかもねぃ」

 炬燵の布団で口元を隠しつつ、ぼやくように言った。

「いや、行きたかったな、マツイさんの卒業旅行」

「はー! なにそのゾンザイ極まる見え透いたウソ! 嘘嘘嘘嘘嘘っぱち! 変なところに連れてかれなくて済んじゃったやったぜとか思ってんでしょ! ニヒルな愉悦顔で私の乙女ハートをパリンパリンするのが大好物なくせに! さながら水溜まりに張った氷を踏み潰すかのごとく!」

「自覚があるならもう少し、人の迷惑というものに敏感になってみては?」

「ちゃんと気ぃ配ってるもんね! 配りまくってすかんぴんになるくらい配りまくってるもんね! ミーちゃんと違ってあたし、デキる系ウーマンなのでサ!」

 ここまで信用できない自称もなかなかない。デキるウーマンはすかんぴんになんかならないし、炬燵の中で人の脚を蹴りまくったりもしない。

「痛い、痛いですマツイさん。ちょ、脛はやめろよこのクソ先輩」

「美少女に足蹴にされるなんてむしろゴホービ! むせび泣きつつ諭吉さんを差し出せ! さもなくば貴様の脚がよちよち歩きしかできない有様にまで退化するぞ!」

「なんか恫喝が始まったんですが」

 自己防衛のため反撃が始まり、映画鑑賞会開始はさらに二十分遅れることになった。

 まあ、だいたいいつものことなので、今更怒ることもない。

 家に帰るのが少し遅れたところで。もう、気にすることはないのだから。

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