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夏夜の鬼 語り残し  作者: 真鴨子規
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 夏臥美高校において、生徒会長は選挙で決定する。別段特色とも言えない、どこの学校でもそこそこやっている制度だ。

 全校生徒に選挙権を与え、その年の生徒会長を選出するという、曰く社会の縮図。狙いは色々とあるのだろうが、年々薄れる若者の政治的関心と実際の投票率の低迷を考えれば、ろくに意味をなしていないと言わざるを得ない行事である。

 いや、俺などに言わせれば逆効果だ。学生時代にやった選挙の『ごっこ遊び感』のようなイメージが、国政選挙にも継承――伝染してしまっているようにも思える。

 そもそも、時代と共に移り変わる価値観に合わせて、制度も変わっていくべきなのに。お馴染みの行事などと捉えられている時点で『ザル』ではないかと、そんな風にも思えるのだ。

 まあ、さりとて。この一見平和な国で、それがすぐさま重大なアクシデントに結びつくかと言えば、そんなことはないのかも知れないけれど。

 生徒の自主性を育む生徒会。そんなお題目で設置され、実際に様々な行事の旗振りや裏方を任されてはいる彼らだが。実質としては、前年までの慣習に基づき、恒例のイベントを運営しているだけである。

 張りぼてというか、カカシというか。表面だけ適度に張り替え、最低限の仕事はしつつも。自主性も何もない、言われるがまま決められたままの無味乾燥、当たり障りのない一年を無難に回転させるためだけの存在――それが、多くの学生にとっての生徒会である。

「そうですね。結局は私も、そのような役割――言ってしまえば、単なる舞台装置に甘んじる結果となりました。そもそも立候補したことだって、大学受験の内申書に色を付けたい、という下心が強かったのを否定しません」

 その女生徒は、悪びれることも臆することもなく、そう言い切った。

 そんな問答は、とうに終わらせ、片づけきった過去であると、主張するように。

「でも少しは、意味のあることをしたいって思ってたんですよ。私がそこにいたという意味。ほんのささやかな、そう、革新的とはとても言えないものであっても。生徒の皆さんに、少しでも楽しんで、ただ一度の高校生活で、いい思い出を作ってもらえたらと。この一年、ずっとそんなことばかりを考えていました」

 夏に聞こえる、清涼な川の波打つ音のように。穏やかで簡明直截かんめいちょくせつ、たおやかで品行方正、そのものといった声で。

「そこから生じた、心残りというか。やはり最後の仕事として、あとに続く皆さんのために、できうる限りのことをしておきたいと。すでに引退した身で、いささか差し出がましいかも知れませんが」

 少しだけ、恥じらうように視線を落として。少女は、その健康的な色の頬に、朱を差し込ませていた。

 黒川 知世鈴。ついひと月前にその席を譲った、先代生徒会長である。

 黒い長髪はつややかに、僅かな夕日を反射して、淡く光って見える。肩元に垂れる先端が揺れる様はどこか女性的で、けがれというものに無縁のようだった。

「その一環で、貴方にお手紙を送ったのですが」

 承諾していただけますか、と。

 黒川は上目遣いで俺を覗き込んでいた。

 背は、女生徒にしては高いが。夏頃の俺よりも、つまり今のミキよりも、五センチほどは低い。

「そういう、お返事をくださるためにいらしたのでは?」

 俺が即答できないのを見て、黒川は小首を傾げた。

「いや、まあ」

 そうなのだが。

 あまりの居心地の悪さに視線を外す。

 今日の授業が全て終わり、部活動が始まる合間の時間。このときここへ来れば、人気のない場所で話ができる『気がして』やってきたのだが。そんな『勘』が働いたのだが。

 心の準備は万端で来た、その割に。どうしようもなく、目が泳いでしまっていた。

 冬服のブレザーが包む肩は驚くほど細く、藍色のスカートから覗く脚は引き締まって見えた。

 黒川は、元々陸上部だったと聞いている。種目は短距離走だったろうか。生徒会の傍ら、大会でも健闘したらしいことを伝え聞いていた。その上で学業の成績も抜きん出た文武両道、文句無しで国立大の推薦を勝ち取った才女。なんの活動もない俺が対面で言葉を交わす機会なんて、まず来るはずのなかった高嶺の花。

 あの手紙だって、アズマなどは『誰かのイタズラかもよ』などと言っていたし、以前の俺なら無視を決め込んだだろう。そういう相手だ。

 ミキのような怪談じみた人気は気持ち悪いが、彼女の育んできた健全な人気には好感を覚える。とは言え、だから近付きたいなどと考える性格では、俺はなかったから。

 近付いただけで、身体がこわばった。

 目の前で声を聞くたびに、背筋を冷たい何かが走った。

 なんというか。あまりに今更で、酷く無様な話なのだが。

 緊張しているのかも知れなかった。

「場所を変えて欲しい」

 なんとか口にした言葉が意味不明で、やむなく取り繕う言葉を探す。

「その、日時はいいんです。次の土曜、午前十一時、それは構わないんですが」

 相談事があるから、そこでお茶でもご一緒しませんか。手紙には、要約すればそんなことが書いてあった。内容については伏せられていたが、今聞いた話からすればおおよその予想は立つ。

 それはいい、それはいいんだが。

「場所が良くない」

「アケミネーション? お気に召しませんでしたか? 数ある喫茶店の中でも、無難な選択だと思いましたが」

 頷いて返す。

 別に、その喫茶店が嫌いだというわけではなかった。値段も味も手頃だという話だし、理解できる選択だ。そもそも好き嫌い以前に、俺は行ったことがないのだから。

 ただ、会いたくない人間に、会う可能性が高いと思っただけで。

「場所は、俺の方で探しておきますんで。駅前広場に集合でどうです」

 構いませんよ、と。黒川は朗らかに微笑んだ。不躾な申し出に不快感を覚えたとか、そういう気配は皆無だったが。その表情には僅かばかり、挑発的ないたずらっ気が見て取れた。

 見慣れている。夏にはよく見た。ミキが、俺で遊んでいるときに覗かせていた顔だ。

「じゃあ、そういうことで」

 話は終わった。長居すればするだけリスクが高まる。その他大勢の好奇心とは厄介なものだ。

 すぐさま踵を返して、自分の教室に向かう。あとは下校するだけで、であれば荷物を持ってくるべきだった――と、溜め息を漏らす、寸前に。

「ええ、それじゃあ」

 背後にいる黒川 知世鈴の、行儀よくも一礼する気配を感じながら、

「ミキさんにもよろしく」

 ぞっとして、歩調を早めた。

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