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意味のない会話をしているうちに、俺と黒川先輩は校舎に戻ってきた。
元々明るくもなかった視界は、更に暗さを増している。肌寒い風も強くなってきた。
学校に残った生徒たちも、続々と下校してきていた。夏ならば部活動に勤しむ者たちも、冬となればいつまでも残ってはいないらしい。
「そろそろ、帰った方がいいのでは?」
すれ違いざまに浴びる視線が、異常なほどに居心地悪い。わざわざ戻ってきたものの、今すぐにも帰りたくなっていた。
「ええ、そうですね。探し物、見つかっていればいいんですが」
とりあえず、アズマを探すことになった。
当人ならば、見つかるまで探し続けるのもあり得るのだろうが。単なる手伝い要員にまで、そんな努力を求めるのは筋違いだろう。
「まったく、迷惑なやつ」
「そうですか?」
含み笑いをして、黒川先輩はこちらを覗き込む。
「でも、楽しかったですよ」
「…………」
「あ、変人だなって思ってます?」
バレた。なぜだろう。
昆虫観察をするような心地で、笑みを浮かべる先輩を見る。
「覚えはないですか? 文化祭や体育祭で、遅くまで学校に残って準備をしたり。なんだか気分が高揚して、友達と他愛ない会話で盛り上がったり」
「ああ、やりましたね。楽しくも、盛り上がりもしませんでしたが」
盛り上がっている人だかりを、外野席から眺めているだけ。それが俺の役割で、俺の立ち位置で、それがおかしいとも思わないで来た。
どちらが楽しいのか。どちらが幸せなのか。そんなのは明白だったろう。あの夏を経て、そういう人生の価値も、少しは認められるようになった。
でも。だからってすぐに、そういう生き方ができるようになるわけがない。
積み上げてきたものがある。
時間が必要なこともある。
取り返しのつかない過ちも、ある。
「楽しくなかったですか? 初めての高校生活は。生涯ただ一度の、高校一年生は」
「…………」
寂しそうに、言わないで欲しい。
生徒会長だったから、責任でも感じているのだろうか。自分が不甲斐ないせいで、そういう生徒を取りこぼしてしまったのだと。
だとすれば――
だとすれば。なんて、くだらない。
「そういう性格ですんで」
自分のせいだなどと、思い上がらないで欲しい。
俺の抱える幸も不幸も、全部俺の自業自得で、俺が背負う責任だから。
勝手に持っていかないで欲しい。
そんなことをされたら、俺にはどうしようもなくなってしまう。俺の責任で、俺が招いたことだからこそ、俺がこの手で解決できるのだ。
思い通りにならない他人のせいにして、思い通りにならない事態を嘆くなんて。そんな不毛なことはないだろうに。
「優しいですね、貴方は」
「は」
意味の分からない賞賛が、とにかく気持ち悪かった。
「そういう思い遣り、大切だと思いますよ」
「……よく分からない」
「私の経験則ですけど。言葉の少ない人って、大抵みんな優しいんですよ。優しすぎて、言葉を選びすぎて、声や感情が出せなくなっているだけですから」
聖人君子もかくやである。
この先輩、性善説でも信じているのだろうか。
俺やミキに合わないわけだ。
「先輩の夢、医者とかカウンセラーとかだったんじゃないんですか。合いそうですよ」
「え? うーん……そういうのではなかった、ような気がするんですが」
「じゃあ、教師とか」
「ああ、いいお仕事ですよね。そういう夢も、素敵です」
楽しそうに笑う先輩を見て、むしろ合わない職を探す方が大変な気がしてきた。何になっても、何だって、それなりに上手くこなせてしまいそうだったから。
まあ、たぶん。
合うとか合わないとか、こなせるかこなせないかとか。夢っていうのは一概に、そういうものでもないのだろうが。
「あら?」
辿り着いた校門をくぐったところで、先輩が何かを見つけたようだった。
その視線を辿る。もしや、まさかの偶然で、そこに件の宝くじが落ちているのかも知れない、と。そう、思ったのだが。
「貴方は――あのときの」
息をのんで、歩み寄る先輩の背中を追う。
そこにあったのは――いや。そこにいたのは。
冬らしくない薄着の子ども。
短く切りそろえた、男児らしい髪型で。
狐の面を被った、異形の姿の迷子だった。
「どうしてこんなところに? 誰かのお迎えですか?」
無警戒で近寄る先輩を、後ろから見ている。
まさかとは思ったが。念のために。
「でも、良かった。あのあと、あんなことがあったから、少し心配していたんですが。無事で良かった。ねえ、池鯉鮒さん」
しゃがみ込みながら、先輩は俺に話を振る。
空返事もできないまま、俺は事の成り行きを注視した。
と。
「あ」
先輩が声を漏らした。
高鳴る心音に、足音が重なった。
狐面の少年が、俺の前にやってくる。
「なに」
「…………」
「お前は、……ああ」
「…………」
先輩の真似をするように、子どもの視線に合わせて、膝を突く。
ミキのオーダーは、見逃さず追いかけること。
そして、もう一つは。
「もう少し、待ってくれるか」
「…………」
「まだ、この町にいてくれないか」
「…………」
台本を読むような違和感が拭えない。
どんな話しかけ方が自然なのか分からない。
子どもの相手は嫌いだ。
ヒステリックを起こした女と同じくらい苦手だ。
小さな身体、その姿が。幼い頃の自分の、嫌な記憶を思い出すから。
そうして、しばらくの間――いや、ほんの数秒のことだったが。沈黙が流れ、視線が重なったような気がして。
狐面が、何かを差し出してきた。
白い薄紙。風に煽られれば、一瞬で山の向こうまで飛んでいってしまいそうな、それは。
「あっ、それ」
黒川先輩が声を上げる。
受け取った紙を、そこに印刷された文字列を読む。
見たことのあるロゴ。
うっすらと写る、偽造防止用の加工。
一見して意味のなさそうな数字の並び。
アズマが血眼になって探している、宝くじそのものであった。
「返して」
「は?」
思わず聞き返した。
それは、先輩の声でも、俺の声でもなくて。
宝くじから見上げた視線の先には、しかし誰の姿もなく。
「アナタの手から、持ち主に返して」
そんな言葉だけが、かすかに、けれど確かに。
耳の奥で、鳴り響いていた。




