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無人の廊下を、小走りに進んでいく。
今し方、壁の陰に消えていった姿は、紛れもなく。土曜日、黒川先輩と共に遭遇した、狐面の少年だった。あの背丈、あの服装、この校内にあって見間違えるはずもない。
『狐面の少年に会った? ふん、なるほどね、それは確かに頃合いだ』
そのことを話したときの、ミキの言葉を思い出す。
『事態は急を要する、そういうことだ。いいかいチリ君、もしも次にその少年を見かけることがあったなら、今度は見逃してはならない。いや、捕まえろなんて乱暴なことは言わないさ。ただ追いかけて、お願いをして欲しい。まだ、今しばらく、夏臥美を見放さないで欲しい、と』
おおよそ、ミキの言いたいことは分かった。
狐面の正体もそうだ。だからこそ、サチウ先生とあんな話をするに至ったのだ。
校舎の中庭を突っ切る渡り廊下へ出る。
ほぼ同時に、少年は廊下を渡り終え、リプレイのように姿を消した。
「くそ、早いな」
追いつけない。
こちらはすでに全力で駆けているのに、全く距離が縮まらない。
徐々にスピードを上げているこちらに対し、相手は走っている様子もない。それなのに、追いつける気がまるでしない。
一階へ降りる階段を行く。このまま行き着くのは昇降口だ。外へ向かっているのか。できれば、逃げ場の少ない校内で距離を詰めたかったが、どうしようもない。
最後の四段を跳んで省略し、すぐさま進行方向を確認する。そのまま、とにかく後を追いかけるしかないだろうと、そう思っていたのだが。
視界の中のどこにも、少年の姿はなく。
代わりに、何か。騒がしい人だかりができていた。
「可愛い~! どうしたの? 迷子なの?」
「もしかして、ミキさんのご家族さんじゃ? ああ、やっぱり!」
「ミキさんに用なの? まだいるかな? 呼んでこようか?」
「ちょっと、まずは職員室でしょ。許可を貰わないと」
「可愛い~!」
「お前そればっかりだな」
「髪真っ白! 本当に?」
「おい! まずは三鬼 弥生ファンクラブ会長の俺に通せ!」
「あんた誰」
「誰? キモい」
「冗談は存在だけにしなさいよ」
「午後茶買ってきて」
「あ、私も午後茶」
「あたし豆乳」
「こっちオレンジジュース二つで」
「購買部にフルーツ牛乳入れてって要望出しといて」
「四十秒」
何か、誰かが泣きながら走っていったような気がするが、そんなことはどうでもいい。重要なのは、聞こえた会話の前半だ。
髪真っ白?
ミキの家族?
それは、もしかしなくても、つまり。
「いえ、用事があるのは姉ではなく、一年の男子生徒……。ああ、ええ、その人です。そこで回れ右をして今にも逃走しそうな構えのチリさん」
あっさりと捕捉され、あっという間に逃げ道をなくした。
白い髪。
手にしたベージュのつば広帽子。
ビジネススタイル……ではなく、セーラー服に黒いセーター姿。
すっかり忘れていたが。今週会いに来ると堂々宣言していたミキの妹、三鬼 ひのえ、その人だった。
「お久しぶりです。お時間、よろしいですよね」
いや、まったくよろしくねぇんですけども。




