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「さて、食事中ではあるけれど」
一つ目のスパイシーツナロールを堪能したあと。湯気の立つ湯飲みに手を伸ばしながら、ミキが切り出した。
「情報共有といこうか、チリ君。互いに動きがあったはずだから――ああ、なんだか長い一日だったね。認識を合わせておくべきだろう」
首肯してから、今日あったことを順に思い出す。
黒川先輩と会い。
駅前で、ゾンビのように操られた集団に追いかけられ。
山の上で、その首謀者を見付け。
ノアールと再開し、殴られて。
ここへ来るバスの中で、例の黒猫と話をした。
「ふむ」
特に意見を挟む余地はない。
俺の身に何が起きたのか。ミキは何か驚く様子もなく、平然と食を続けている。
「ゾンビか。……私も追いかけられたかったな」
「言ったな? お前言ったな?」
まあまあ、と冗談めかしてミキは笑う。完全に面白がってやがる。
「だって君、ゾンビの集団に追いかけられるとか、どこのハリウッド映画の主人公だよって話じゃないか。しかも傍らにはヒロインたる美女まで引き連れてさ。出来過ぎているとは思わないかい?」
羨ましいなぁ、などとミキは目を輝かせた。その羨望の眼差しは、からかい半分とは言え、本気でもあるのだろう。
何事も、長続きさせるためには、遊び心を持つことが大切だと言うが。俺がミキの域に達することは永遠にないと思う。というか、頼まれても達したくはない。
「知らねぇよ。代わりたいなら代わってくれ」
「え、じゃあチリ君がヒロイン役だよ?」
「ゾンビに食われて死ね」
話が逸れている。が、ミキ相手に円滑な情報交換などできるわけがないのだ。これは諦めるしかない。
「能力者の名前は『九十九 伊太郎』」
しばらく逸れ続けた話がようやく戻って、ミキは本題へと話を移行させた。
「能力は降霊術。恐らく九尾の系譜の人間だろうね。真っ向勝負では厄介な相手だったが、通りすがりのノアールに挽き潰されてしまったあたり、運勢は最悪だったらしい」
そこまで情報が割れているということは、あの理科系男も無事に行方不明となったのだろう。
行方不明――文字通りの意味だ。身元不明のまま地球の裏側で見つかるとか、そういうことさえ有り得ない。
その状態から脱した人間は、俺の知る限りでは一人きりだ。
「九尾――元々この辺を管理してた家だったか?」
「ああ、主要十家が一つ、狐憑きの九尾。本家はとうに没落しているし、だから私がここにいる訳だがね。血と地の親和性は切っても切れない。彼らの能力は、この夏臥美でこそ最大限発揮される。本当に、チリ君が無傷で安心したよ」
居心地が悪くて、誤魔化すようにスパイシーツナロールを頬張る。
夏にも食べた料理だが、やはり旨い。疲労と、若干痛む身体の節々に、米の活力が染み入るようだった。からしが良いアクセントで、なんとなくだが気分も上向く。
「これで二人目か。ああ、もしかして一人目の水鉄砲野郎も、主要十家の親戚かなんかなのか?」
「だろうね。一宮が射撃の名手だったことを思えば、関連性は大いにあると言える」
「…………」
没落したとは言え。
この町に潜入した能力者の二人ともが、機関の中で力のあった一族の関係者だったということは、つまり。
「じゃあ、後の二人も」
「ああ。当然の推察だね」
パクリと、ミキは次のスパイシーツナロールを口に入れる。まるでスナック菓子でも食べているようだ。
「基本的にさ」
ミキが、どこか遠い目をして、そんな風に切り出した。
「能力者の輩出という点で、血縁関係はそれほど重要ではない。我々の世界で能力は遺伝するものではない。あるのは技法の違いだけだ。何かしら一つの方向性に絞って能力開発を行うため、能力者の家系は、それぞれ独自の技術体系を確立させてきた」
「……聞いた覚えがあるな、その話」
ミキ――ではなく、ひのえからだっただろうか。
何世代にも渡り、力を維持し続けるのは難しいことだ。事実として、機関の主要十家などと呼ばれた家々も、半数以上が潰えている。
時勢もあるが、家として異能を保持し続けるのは難しく、その割に見返りは少なくなってきている。
機関は人手不足だと、自嘲気味にミキが零すのを、これまでも何度か目にしていたが。能力者の家系が減少傾向にあるのは、むしろ自然な成り行きなのだろう。
「その流れの中で、分家にも能力開発を行うかどうかは、家によって対応が分かれていた。重要な力を、本家だけが保持しようとした家もあれば。リスク分散という観点で、分家筋にも株分けしていた家もあった」
「株分け……」
なんというか。比喩表現としては適切なのかも知れないが。
フワフワした夢物語が、急に現実に引き戻されるような違和感がある。
違和感というか。なんか、間抜けな感じがする。
「対応が分かれたと言ったが、大多数は後者だよ。昔はまあ、安いプライドからか本家に拘った家もあったがね、今は違う。というか、そんなものに拘っている余裕さえないというのが実情だよ。未だ本家だけに能力者開発を行うのは、そうせざるを得ない理由があるからだ」
しみじみとミキは言って、小さく肩を竦めた。
「ともあれ。本家が没落しても、分家筋が辛うじて能力を維持していたりする訳だよ。私達が相手取ろうとしているのは、そういう者たちだということだ」
同情したくなるだろう? などと、ミキが眉を伏せる。ある種の嫌みにも聞こえるし、恐らく当人らが聞いたら憤慨するのだろうが。残念ながら、ミキは本心からそう言っている。
「どうだかな」
だから否定することはなかったが。
相手の事情なんか、俺にとってはどうでもいい。
殴ってくるなら、殴り返すまで。誰かに対する同情心なんてものを持ったまま戦えるほど、俺は器用ではない自覚があるから。
「私が知り得た情報を開示しよう。実は今日、私もあの駅周辺にいたんだが」
「ごふ」
飲み込もうとした米が喉に詰まり、慌てて茶を飲み干す。
「ちょっと待て、じゃあゾンビ騒動にも遭ってたはずだろ」
「いや、私は標的ではなかったらしくてね。気がついたら周りに誰もいなかった、くらいの現象だった」
それはそれで映画のワンシーンのようだったがねと、ミキは要らない一言を加えた。
「渋い顔をしないでくれよチリ君。実際私は、君も駅周りに来ていることは知っていたし、私以外の標的とすれば君しかいないのだから、すぐさま君の元へ駆けつけたかったんだよ」
「いや来んなよ」
「あのときほど、君にGPS発信機を仕掛けておくべきだったと後悔したことはない」
「マジでやめろよ……」
悪寒がする。
というか、本当に。アオが健在の頃は、一体どのレベルで監視されていたのだろうか。怖すぎるだろ。
「話を戻すが、君の捜索を諦めた私は、駅――つまりこの町の中心で、ある痕跡を確認してきた」
「痕跡?」
「能力者の手による仕掛けだ。ああ、九十九の件とは明らかに別のものだった」
能力者。
つまり、三人目。
「解除は時間が掛かりそうだったし、当然罠もあったろうから、とりあえずは放置するしかなかったが、情報としては大きい。加えて、先ほど訪れた東堂 アンリのもたらした目撃情報を加味することで、残る二人の正体が確定した」
勿体ぶって、ミキは一拍置き、俺の様子を眺める。
いや、早く言えよ。
「せっかちだなぁ、チリ君は。大方そうやって、黒川嬢との逢瀬を切り上げてきたんだろう」
「なんだ逢瀬って」
「なんなら、一晩待つ準備くらいはあったんだが」
「してんじゃねぇよそんな準備」
「子どもの名付けは私に任せてくれ。恥ずかしながら得意分野だ」
「てめぇの戒名でも考えてやがれ」
ひとしきり笑ってから。ミキは、その二つの名前を口にする。
「『八坂 雅』。そしてその従者『校倉 重蔵』。機関の第一勢力、八剣縁の刺客だよ」




