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夏夜の鬼 語り残し  作者: 真鴨子規
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 駅前広場に到着して、十分ほどが経ち。予想通りの余裕を持って、黒川 知世鈴は現れた。

 清楚感漂う白のブラウスは、首元を控えめなファーで覆っている。ブラウスのフリルを殺さない着こなしでモコモコとした羊のようなブルゾンを重ね、防寒対策に余念がない。藍色のロングスカートはコルセットと一体になったようなもの(ミキもよく着てるヤツだ……)で、元々の華奢なスタイルが印象的に飾られている。

 肩掛け用のベルトがついた白革の小鞄を行儀良く両手で持ち、なんとも優雅に歩いている。背筋に鉄骨でも通っていそうな姿勢の良さは、端整な顔立ちをより強調するようである。ヒールの低いパンプス打ち鳴らす小気味良い音が、二十メートル以上離れたここまで聞こえてきそうなほどだった。

「うん」

 まあ。

 なんというか。

 こうしてよく見てみると、なんとなく。黒川に抱いている緊張や、恐ろしさのような感情の根源、理由が分かるような気がしてくる。理由というか、理屈とか、理路整然とした明確な答えではないんだが。

 ただ、分かった。

 そうだ、アレは――

「アレは、敵だ」

「よなぁ。完全に殺しに来てる格好だよ、あの先輩。間違いない」

 思わず出掛けた肘鉄を全力で抑える。代わりに、ついさっきから背後に張り付いていた男の顔面を、振り向かずに鷲掴みにする。

「いった! 痛い痛い! いきなりなにすんの、チリ! なにすんのよ! そんな乱暴な子に育てた覚えありませんよ!」

「いきなりはどっちだアズマ。てめぇのような親を持った覚えもねぇよ。というかお前、完全に驚かしに来てただろ」

「あ、ところで今のこれ、俺の背後に立つなみたいな固茹で卵的な――アアアア潰れる! 顔が! 割れるってこれホント卵みたいに!」

 うるさかったので、そのまま蕎麦屋の裏手まで引きずっていった。新品のコートが! セットした髪が! など言っていたようだったが、特に気にならなかった。

「ひっど、酷くない? あんまりじゃない? それが同じ部屋で勉学に励むクラスメイトに対する扱いですか! 同じ屋根の下で寝たことを忘れたの!?」

「気色悪いことを言うな。そう言えば思い出したぞアズマ、五泊分の宿泊費用まだ払ってないよな? 耳揃えて返せよ今年中に」

「やめろ! 俺の金に手を出すな!」

 ベッドは一階のソファ、夕食朝食なし、一泊五千円、面倒なので利子もなし。とても良心的だと思う。空き巣前科者への対応としては。

「で、アズマ。何してんだ、こんなところで」

「いや、俺も人と会う約束してて」

「ほう」

「そう言えばチリも来てるはずだよなって思って」

「それで?」

「茶化しにきた」

「丸刈りにしてやろうか」

 悲鳴が上がる。むさ苦しい長髪を両手で隠すようにして、アズマは後ずさった。

「冗談だよ」

「そんな真顔で言われても……。悪かったよ、チクショウ。コンチクショウ。ネズミに噛まれて耳無しになれ」

「もうなってるよ」

 そんな、ドラえもんみたいな珍事には遭っていないが。

「油売ってんなよ。お前も十一時だろ?」

「ううん、半。だからもう少し見守っていてやれるぞ」

「今日このあと、一瞬でも視界に入ったら断髪式な、月曜」

 鬼! 悪魔! と、もはや言いがかりでもなんでもない捨て台詞と共に、アズマは去っていった。

 その際に、

「頑張れよ!」

 などと、嬉しくも何ともない激励が飛ばされた。

 陽気な奴である。

 アズマの存在が、俺の人生を変えることは、どうあってもないのだろうが。奴自身、そんなことをしようだなんて、一ミリも考えてはいないだろう。

 アズマも元々、中学でも変人扱いされていた人間だ。俺も、あれほどでなくとも浮き気味だったから、自然と一緒にいることが多かった。

 気が合ったわけじゃない。あぶれ者はしばしば、あぶれ者同士で行動させられるのだ。二人組を作って、というヤツである。その末の、ようは単なる成り行きだ。

 周りには俺たちしかいなかった――いや、アズマはフラフラとあちこち渡り歩いてはいたが。とこかのグループに定住することは、思えばあまりなかった気がする。

 常にあんな調子だが、頭はいいし、運動神経も悪くはない。天才と馬鹿は紙一重、を地で行くようだと。第一印象でそう感じたし、それは今も変わらない。多分、周りの人間も似たようなものだろう。扱い方に困って、しかしあのキャラクターが『どうでもいいか』と思わせる。空気は読まないが、危険察知能力だけはずば抜けていた。

 まるで人畜無害な野良猫だ。勝手に居座って、勝手に歩き回って。引き留めたところで、気紛れに離れていく。感慨の欠片もなく。

 俺とアズマの付き合いが今も続いているのは、たまたまだと思う。居心地が良かったわけではなかっただろうが、そんなことはどうでもいいと、お互いに思ったことが切っ掛けなのだ。

 利他ではなく利己だが、しかし無関心に振れていた。互いに自分のことしか考えていなかったから、排除する気も起きなかったのだ。無関心同士だったから、離れなかったのだ。

 そうだ、結局。排除も、阻害も、拒絶も。始めるのはいつだって、関心を持っている人間の側だ。何事にも無関心な人間が孤立するのは、関心を持ちがちな人間が、大袈裟に距離を取るからなんだ。反抗することにだって、感心なんかないんだから。

 だから、どちらが悪いなんて、言うつもりはないけれど――

「おっと」

 待ち合わせ時間まで、五分をきっていた。別段、五分前集合を意識していたわけではないにせよ。折角早めに到着したのに、あえて遅れて現れるのも気が引けた。というか、遅れるくらいなら来やしない。

 一つ、意識して深く、呼吸する。

 何が成功かは分からないし、何が失敗なのかも分からない。成功して得られるものもなく、失敗して失うものも、きっとない。

 手早く済ませ、早く帰って、暖かい部屋でくつろぐこと。それが唯一の成功条件であると定め、右足を踏み出した。

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