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『カミヤお前、年上に興味ある?』
『???』
なんとなしに書き込んだ内容だったが。クエスチョンマークが三つも飛んできたので、この話題は即座に切ることにした。
マツイさん宅を後にして自宅に帰り、寝支度が整ったところでカミヤを捕捉したので、多少の雑談を試みている。件のプライベートBBSである。
夏に開設されたばかりのインターネットサイトだが、あれから随分と仕様が変わった。
最初は参加者全員宛にしか送れなかったメッセージも、今では個人宛にも対応していた。
簡素だったインターフェースも整って、少しずつ直感的な操作ができるようになっていた。どうも、ひのえが細かに使用感を伝え、管理者がその要求に応えた結果らしかった。
利用者側にも慣れが見えている。『クマセンセイ』の家庭で使える身近な医学が披露されているスレッドや、『サクラ』さんの手作り料理レシピが写真付きで並ぶスレッドがあったり。そのまま一般公開しても見応えのある、謎に充実したコンテンツが出来上がりつつあった。大人は案外暇らしい。
俺は、そんな創作活動に勤しむこともなく。ぽつぽつとした近況報告以外は、カミヤとの雑談にだけ利用していた。
あんなことがあった後なのに――とは思うけれど。同世代の同性というだけで、一番話しやすいのがカミヤなのだ。
そんな風に思えるのも、実際に互いの顔が見えないからこそ、なのかも知れないが。
『最近、ヒノエさんを見ませんね。センパイ、何かご存じですか?』
ヒノエ――ミキの妹は、元から書き込み頻度の少ないユーザだが。確かに最近は、殊更に見かけなくなったような気がする。
『知らない。仕事が忙しいんじゃねぇの? 年末だし』
なるほど、などとカミヤからも返ってきたが。学生である俺たちにとって、社会人がなぜ師走に忙しいなどと言われるのかは、その実よく分かっていない。そもそも同じ学生であるひのえが、同様にこの十二月を慌ただしく過ごしているのか、というのも変な話だ。
ひのえの仕事とは、則ち機関の仕事であるが。機関にも、そんな一般企業みたいに忙しい時期があるのだろうか。
クリスマスと年末年始は繁忙期で、擬獣が無駄にハッスルするとか。いや、そういう話なら、盆やハロウィンとかの方がそれらしい気がするけれど。
『クマセンセイに聞いてみましょうか。何かご存じかも知れません』
そこまでする必要があるだろうか? と俺が返信を考えているうちに、カミヤは早速、全員宛スレッドで質問を飛ばしていた。
アイツ……打ち込み早くなったな。もう俺より早い気がする。
『ヒノエちゃんなら、今日はウチに泊まってるぞ』
「マジかよ」
思わず口に出して反応してしまう。なんというタイミング良さか、それとも悪運の良さというか、悪さというのか。
クマセンセイとサクラさんの住まいは双町で、この夏臥美町の北、目と鼻の先にある。会おうと思えば、一時間程度で会いに行けてしまえる距離だ。
『怪我の経過を看ていただいたのです』
字面を見るだけで、あの不機嫌そうな顔が思い浮かぶような文字列。確認するまでもなく、三鬼 ひのえ本人の降臨である。
『予定より少々長引きましたが、完治しました。ご心配をお掛けしました』
おめでとうございます! などと、カミヤが書き込んだのにはヒヤリとしたが。
そんな空気が、カミヤ本人に伝わることはなかっただろう。
『ところで、チリさん』
唐突に、今までヒノエからは一通も来たことがなかった個人宛メッセージが届いた。
いや、いいんだけど。折角変えた俺のユーザ名を、なぜひのえは書いてくれないのか。あれか、勝手に変えたことを怒っているのか。異常に根に持つからな、あの妹。
『お姉さまの進路の件、聞いたそうですね』
『聞いた』
『その件で、少しお話があります』
お前もか。
どいつもこいつも、俺に振りすぎじゃないのか、ミキの話。
俺はミキのマネージャーでも、付属品でもないんだが。
『貴方の顔も、もう一度見ておきたいので』
もう一度殴りたい、の打ち間違いではないか? 本気でそう思った。いや、ひのえに殴られたのは腹だったか。顔を殴ったのは別の奴だ、しかも二人いる。二人もいる。
……なんでそんなに殴られてるんだ、俺は。よってたかって酷いことをする。俺が何をしたと言うんだ。
「……ん?」
そんな感傷に浸って、危うく見逃すところだった。
顔を見たい。ひのえはそう言ったのか? 話をするだけでなく、顔を見る? ということは、つまり――
『来週中にはお伺いしますので。何卒、よろしくお願いいたします』
その書き込みがあった瞬間、ケータイ電話をバコンと閉じ、倒れ込むように床についた。
見なかったことにしたかった。




