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崖っぷち会議2

軍略方のエースが発言を求めた。二十代後半から三十代はじめといった年齢だ。さすが軍人は身のこなしが違う。ネコ科のようなしなやかな動きで立ち上がった。


「国軍統合作戦本部 軍略方所属のマツバです。

レン殿がもたらした情報に基づいて、申し上げたいことがあります。


結論から言うと、絶対に使節団には転移陣を見せてはいけません。


たしかに転移陣が使えるとしたら、強力なカードでしょう。しかし強力すぎて厄介です。火種になり得ます」


国務卿は頷いて続きをうながした。


「連邦の立場に立ってみましょう。いま、大陸はわが国と南西部の三ヶ国を残して、ほぼ連邦に掌握されています。彼らは求める資源豊かな広大な土地を、蛮族から上手に奪って手に入れました。中つ国はどうしても欲しい土地だった。資源があるからです。


その険しい山脈の向こうに、忘れていたけどそういえば国がもう一つあった。

その国はけっこううまく統治されていて、気質穏やかで従えやすそうに見える。どうせだから編入して大陸を完全掌握してしまおうか?しかし遠いから、大軍を派遣するのはコストがかかり過ぎる。コストに見合うリターン…つまり、資源もないようだ。ブエノステラはその程度の存在です。


つまり転移陣が本当に外界に存在しなかった場合、転移陣の存在があきらかになることで最悪の事態が起こります。


ついでに編入しようかな?という程度の国が、何が何でも手に入れるべき国になってしまいます。いま本気で来られてはお手上げです。

我々はこの事態をこそ避けるべきです」


「なるほど…一理ある」

外務卿が唸るように呟いた。

皆真剣に聞き入る。レンは一瞬目を閉じて何かに耐えるような顔をした。


「おそらく転移陣の技術は本当にファレネスには残っていない。私はそう考えています。世界中でブエノステラにしかないと考えるのは早計でしょうが。それを知るには調査を続けるしかありません。


転移陣があれば長い距離を瞬間移動でできます。しかしこれまでの戦場を顧みれば、ファレネスの軍は常識的な時間をかけて移動しています。彼らの移動は確かに速い。しかしどんなに速くても、陸路であり海路です。


転移陣とあの大きな船を掛け合わせたらなにができるか、想像してみてください。

今ごろブエノステラは、突如現れたでかい船にとっくに接岸を許して脅迫されています。

だから彼らに対抗する実力がないうちは、転移陣を決して渡してはいけないんです。


ファレネスの戦果はあくまでも優れた戦略、戦術と技術力の結実であって、突如消えたり現れたりしたことはありません。驚くほど速く大きな船ですが、彼らは地道に海路を航行しています。


彼らがブエノステラを手に入れるとすれば、理由はおそらく船舶の補給港確保、これが一番可能性が高いと思われます。


外洋に進出するための補給港です。彼らに編入以上の利益を提供することができ、かつ編入すると面倒そうだと思わせることができれば、無理には介入してこないはずです。


立ち寄る船に利益を提供しつつ、レン殿の言うように文化を輸出して辺境の友好国として名を上げる。裏では機械技術と転移陣の研究を進めていく。


そうやって猶予を得る。その間に技術でファレネスのレベルまで追いつき、追い越すしかありません。国家百年の計ですね」

マツバがそこでわくわくを隠せない様子でニヤっと笑った。


軍務卿が呆れた目で見ながらもつられてふっと笑い、国務卿は心情的にややひいた。

レンもこのマツバも、なんだか癖が強くていやだと思った。最近の若いやつ、ちょっとおかしくないか?


「利益の提供とは、どういったことを考えていますか?」

レンが質問した。


「具体的には、港湾使用料をとって、同額以上の補給物資を輸入することです。燃料、物資、船舶修理用の部品、嗜好品、いくらでもあります。


港の使用料を払って、仕入値を払って、それでもすこしお釣りが来る具合に彼らを儲けさせる。

我々は船舶の構造を知り部品や燃料を入手する。

あまりへりくだってはなめられますから、加減とやり方に注意が必要です。


なんならすこし誘導して、港周辺を船舶鑑賞用の観光地にしてもいいですね」


「それはいいですね!」


レンの隣に座っていた40代くらいの血色のいい男が、思わずといった風に賛同した。

視線が集まり、男は愛想よく明るい笑顔を見せて自己紹介した。


「レン殿に推薦されて参りました。葵商会西域総括のユギと申します。


可能であれば船舶内部の見学ツアーなどを催行して、売り上げから一定割合支払う決まりにするのはどうでしょう。


人気の船はより稼げるとなれば、彼らはいい船で寄港しようとする。

我々はより最新式に近い船をつぶさに観察研究できる。さすがに軍艦はこないでしょうし、肝心の動力源は見せてくれないでしょうが、最低でも船に興味を持つ技術者の裾野は広がるでしょう。


気分良くもてなし、お互いに利益を得る。交易の王道でしょう?」


ユギはニカッと笑った。商人らしい抜け目のなさだ。

国務卿は大きくうなずいた。

「いい考えだ。その調子で頼む」

レンはなかなかいいのを連れてきた。


軍務卿が手を挙げた。

「転移陣の件に戻るが、秘匿するならバレたときに備えて二段三段の構えを用意しておくべきではないか?


なんといっても、転移陣は士族であれば誰でも知っているもの。どこから漏れるか分かったものでは無い」


若い神官が手を挙げた。

「神官ヨギです。

幸い我々には建前があります。

中つ国からの要求です。王室の秘匿技術を湯水のように使うなど許さないと脅されましたね。


それ以来、我々は転移陣のインフラ使用を諦め、おとなしく国内の裏道として利用して来ました。


自国民にも隠すものを、おいそれと他国のものに話すわけにはいきません。だから黙っていたんです」

ヨギはふわっと無害そうに笑った。


「それに、転移陣については一般に知られていないこともかなりあります。実は転移陣は古代技術の遺産であって、400年前には貼る技術も残っていたんですが…もう今では新しくは貼れないんです」


ざわざわと聴衆がざわめいた。

ヨギは柔らかい目で、困ったような下がり眉で皆を見渡した。


「貼れると聞いたことがある人も多いでしょうが、実際に貼るのを見た人はいないはずです。たまにそういう都市伝説が出回っているんですが…」


国務卿はいかにも人の良さそうな顔で嘘をつくヨギに舌を巻いた。

転移陣は貼れる。だがごくごく中枢に近いものが、緊急の用事でしか貼らない。ここで情報をひとつ遮断したのか。


貼るのを見た人間はヨギの意図を察しただろうし、見ていない人間は神官の言葉を信じるだろう。見ていなくても鋭いものは気づくだろう。うまい手だ。


たしかに新しく貼れないなら、転移陣はアトラクションのようなものに成り果てる。帝国軍にとってはブエノステラの王宮と離宮を行ったり来たりしたところでなんの意味もない。知られても害は無い。


レンが絶句してヨギを見つめている。ヨギは昨日、レンの目の前で陣を貼ったはずだ。国務卿は笑いがこみ上げるのをごまかして咳払いした。

マツバが俯いている。あいつも笑いそうなのだろう。


国務卿は意識して真面目な声を出した。

「では知られてしまった場合は、アトラクションのように体験していただいて、黙っていてすみません、というのも中つ国が昔…という話をすればいいわけだな。

なんだ。拍子抜けだ」


マツバがはぁーとため息をついた。

「私もレン殿も大真面目に…いい面の皮ですよっ!

あー恥ずかしいな。早く言ってくださいそれを」

恨みがましくヨギを見て、マツバがぐちった。すこし空気が砕けた。

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