崖っぷち会議1
選りすぐられたメンバーが、大会議室に集結していた。老いも若きも頭脳を振り絞って事態を打開すべく真剣な表情だ。
関係各部署の責任者、複数の推薦を受けた人物、いずれも審査の上呼ばれている。総勢70名ほど。
しかし今日のところ、発言権があるのはたったの8人だ。
8名以外は、まずは事態を過不足なく把握することを求められている。
危機意識を共有し、実働まで緊張感を持ってスムーズに動かすための差配だった。
もちろん国務卿は、彼らの中からもさらに有益な人材を得ようと目を光らせている。
国務卿は時間を確認して立ち上がった。
「時間だ。はじめよう。
先日、中つ国がファレネス連邦に実権を明け渡した。
ファレネス連邦は強大な技術力、軍を持つ戦闘経験豊富な大国であり、今後は中つ国ではなく彼らが我らの隣国となる。
この事態を受けて今後のブエノステラの方針を決定するための会議である。
もちろん、我らはブエノステラとしての独立維持、国家存続を第一の目標とする。第二目標は国土を荒らさないことである。これは今後の展開に応じて模索することになる。
半年以内には、ファレネスからブエノステラへ使節団がやってくると予想される。その際のことも万事備えていこう。
例えば…中つ国は当初、皇帝の権威を示すために使節団をあえて侮辱的に扱ったそうだ。諸君はこれを聞いてどう思うだろうか」
なぜそんなあほなことをしたのかと大多数が思った。この思考こそが代々の王子たちの慣例の賜物である。
中つ国は大国の誇りに目を曇らせていて、外勢への理解が甘すぎた。
国務卿は皆の表情を見渡して、すこし微笑んで続けた。
「残念な失敗であった。とはいえブエノステラも、悠長に他人の失敗を眺めている場合ではない。
使節団の受け入れについても、我々がどう出るべきかこの会議を通して近日中に結論を出す。
宿泊場所、衣装、饗応に至るまで一点の不備も許さない。自覚を持って仕事に当たってくれ。
では会議を始める」
ファレネス連邦はどのような要求を突きつけてくるか。
ブエノステラは何を材料に交渉できるか。
どのように使節団を迎え入れるか。
目標は。
留意点は。
今打てる布石は。
重要な議題は山のようにある一方で、期限は短い。
後手に回っていることを歯噛みする時間さえ惜しい有様だ。
ファレネス連邦の中核の一つ、イスパーナに留学していた若い男が、発言権のあるものだけが座る中心の卓の下座に座っている。
平均的な身長だが、脚が長いからすらっとして見える。姿のいい若者だ。
若干19歳、外務卿の次男レンである。
この場で発言権のある8人の平均年齢は45歳ほどであり、戦力としてはダントツで最年少であった。
外務卿がレンを示して口を開いた。
「息子のレンだ。第4王子殿下についてイスパーナに留学していたので、若輩の未熟者ながらファレネスの事情を知らせるため、ここに参加している。
はじめに共通の認識を得るため、レンに発言させる」
彼は歴々の注目を集め、さすがに緊張した面持ちですっと立ち上がって一礼した。そして、衝撃的な発言をした。
「レンです。さっそく本題から失礼します。彼らは東の国々を、率直に言って野蛮で未開な蛮族と認識しています」
会議室が怒りのため息やつぶやきでざわついた。
レンは一瞬だけ待って、なるべく淡々と続ける。
「腹の立つことですが、怒っても一文の得にもなりません。現実的に、私たちは技術力で相当劣っています。武器ひとつ、船ひとつとっても、その差は歴然としています。戦って勝つ見込みは万に一つもありません。
だが我々は彼らが思うほど蛮族ではない。この点を利用して、使節団にはったりをかますことは十分可能です。
ですがそれは、所詮表面的なことにすぎません。本質的には、この国が存続する価値を彼らに認めさせる必要がある。一目置かれなくてはならない。
そのためのカードが必要です」
初っ端から飛ばすレンを、外務卿がちらと横目で見てため息をついた。
国務卿キイは、次男を表に出したくなさそうだった外務卿の「生意気盛り」と軍務卿の「切れ者と評判」発言を思い出していた。
まさにその通り。さすが二人は的確だ!心中やけくそ気味に二人を褒める。多少のことには目を瞑るしかない。いまはこういう男が必要なのだ。
今レンが述べたことは、国務卿にも薄々わかっていたことだ。ありがたくないことに、ついに現地で暮らした者のお墨付きを得てしまった。
発言者が遠慮なく過激なので嫌な気分にはなるが、こんな若僧に言われなくてもわかっとるわと思ってしまうが。
これを確認して共通の見解とするのは省くことのできない、必要な工程なのだ。
「…心当たりはあるか」
威圧感たっぷりの国務卿の視線を、レンはややギラッとした目でまっすぐ受け止めた。
「留学中、殿下とともに必死で探しましたが、確証のあることはひとつもありません。それでよろしければ提案させていただきます」
ほら、この通り。なんの腹案もない輩であれば、外務卿は断固参加などさせなかったであろう。
国務卿は目を合わせて重々しく頷いた。
「ふたつ提案致します。
ひとつは文化の輸出です。茶、酒、菓子、絵画、礼法、器、織物、剣術や弓術、馬術、鷹狩り、そういったものです。
自己紹介を兼ねて文化を紹介し、友好関係を築き、最初から文句の付けようもない友好国としてファレネス一帯に認知されることで編入の口実を与えないという穏便な作戦です。
ファレネス連邦の本陣であるファレネス帝国は、軍事国家です。強大な軍事力を背景に諸国を従えています。火力の強い武器だけでなく、戦略、戦術においても優れています。皇子が戦場育ちというくらい上から下まで戦に詳しく慣れていて、大国なのに決断が早い。
一方歴史が浅く文化的には未熟で関心も薄く、やや即物的です。回りくどいことは嫌います。
イスパーナは周辺に多大な文化的影響力を持ち、流行の発信地でもあります。周辺国はイスパーナ発の流行をこぞって受け入れる。そのせいか、イスパーナ社交会にはファレネス帝国を軽んじる向きが根強くあります。しかし軍事力に決定的な差がありどうあがいても屈するしかない。
その分熱心に文化の都足らんとしている国です。積極的で好奇心旺盛、愛想がよく気位が高い。そんな人間が多い傾向です。
イスパーナは流行の火付け役として使えます。私はイスパーナを通して周辺国に一大ブエノステラブームを起こすことは十分可能と考えています。
現に中つ国の品々が、あちらでは流行しています。実際に花器などいくつか手に取りましたが、流通しているものはほぼ粗悪品です。それでも珍品として高値で取引されています。販売体系を管理して粗悪品を弾けば、ブエノステラのあらゆる品はより上質なものとして売れます。
東方のエキゾチックで高級感のある異国というイメージは付けられるでしょう。
しかしこれだけでは弱い。
本命はあくまでファレネス帝国です。ファレネスは上意下達が徹底しています。下の者に取り入っても、上がノーと言えばノーですからあまり意味がありません。
皇帝、皇后、皇太子、第二皇子。このいずれかの人物と直接パイプを作り、なにかひとつでも気に入ってもらえれば爆発的に流行るはずです。
公衆の面前で彼らからブエノステラの存続を保証するような言質でもとれれば一番安全ですが…さすがに難しいことで現実的ではありません」
「ふむ…」
「それからこれは…本当に、確証が得られないのですが。シウ殿下が一番に期待を賭けている、もうひとつの要素があります」
レンが心なしか声を低めて、細く息を吐いた。
「転移陣です。ブエノステラ国外では、一度も転移陣を見ませんでした。ただ秘匿されているのであれば意味のないことですが…もしかしたら、存在しない可能性があると」
会議室が再びざわめいた。
ブエノステラでは、平民には開示されていないが、士族なら誰でも知っているものだ。当たり前に存在するものが他国にはない。そんなことがあるのだろうか?
宮司が口を挟む。
「だが…中つ国がかつて、王族の秘匿技術として保管しているものを、隣でインフラにばんばん使うのをやめろと要求してきたではないか。秘匿されているだけではないのか」
「たしかに、中つ国は過去にブエノステラの移転陣の使い方に言及しました。しかしそれは400年以上も昔のことです。長距離移動中、一度も転移陣がないなど…おかしくありませんか?
中つ国はこの400年の間に二回も王朝が変わっています。二度とも皇宮は焼失し、前皇室を赤子妾妃外戚に至るまで、一族根切りにしています。
更にファレネス連邦に属する諸国は、100年から1000年の歴史の浅い国であり、王朝は最長500年以内に内乱を経て転覆されています。
技術が失われる機会は何度もあったはずです」
国務卿は唸った。それが事実であれば強力なカードになるであろう。しかし…
「…確証がないのでは、希望的観測にすぎない。そこに国運を賭けることはできないな」
レンが暗い表情で頷いた。意外と素直に表情に出るのだな、と国務卿は変なところに感心した。かわいいところもありそうだ。
「たしかにその通りです。この件について、殿下と私ではイスパーナでこれ以上探ることはできませんでした。
我々は東方から来た一留学生であって、ファレネスやイスパーナ王室の秘匿事項に触れる機会は一切ありません。
そこで中つ国から情報を得るために、殿下が私を帰国させました。
帰国後メイ辺境伯とユア軍師どのに接触していましたが、中つ国はいまや非常事態です。ユア殿は行方不明、メイ辺境伯はいま間諜を疑われたら終わりだと連絡を絶ってきました。
国境線を張っていますが、中つ国からの流民は今のところ平民ばかりで、中枢の情報源は得られていません。
私からお話できることは以上です」
国務卿はふうーっと大きく息を吐いて辺りを見回した。軍略方のエースとやらは俯きがちでとんとんと指でリズムをとっている。考える時のくせだろうか。
神宮から派遣された二十代の男は、虚空を見つめてわかりやすく考え中だ。軍務卿も、外務卿も、宮司も、典礼長も、レンが連れてきた商人も、皆何か考えている。
上座から王妃がパチリと扇を鳴らし、声をかけた。
「皆、早いけど一度小休憩なさい。各自考えをまとめて、持ち寄ることにしましょう。休憩後の議題は?国務卿」
「は」
国務卿は王妃に礼を取ってから、メンバーに向き直った。
「休憩後、まずは引き続き全体の方針について議論する。今の話を踏まえて各々案を持ち寄ってくれ。10分後に再開する。これにて一度散会」
王女が、いの一番に突っ伏した。
「…はあぁぁぁあ……」
「ユゼ、しゃんとなさい」
すかさず王妃に叱られる。
ユゼはよろよろと起き上がって「しゃんと」背筋を伸ばした。
「王妃陛下…こんなことになっていたんですね。通訳もきついし、現実もきついです」
「そうね…」
王妃は上品に目を細めた。
「正念場よ」
「父上や兄上はここにいなくて良いのですか」
「逆らえない身分の持ち主は、いまはいらないのよ。ここで最高の結論を出して、私たちはそれに従って演出するだけ」
「…王妃陛下は?私は?」
「わたくしはただの証人。口出ししないからいてもいいのよ。あなたには演出のときに特別な役割があるから、その準備のためにいるだけ。ユゼ、あなたも口出ししてはだめよ」
ユゼは水をごくごく飲んでいるレン、険しい顔で考え込む軍服の人、転移陣の水晶を指先でもてあそびながら虚空を見つめる神職の男性を見た。
「彼らが次世代の頭脳なんですね」
「そうよ」
「忙しいわけだなぁ…」
通訳の訓練など、なんでもない。これが役割だというなら、私に出来ることがあるというなら、がんばろう。ユゼはそう思った。