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新しい潮流

ざざーん、ざーん…

海はいい。

ユゼは波の音が好きだ。聴いていると無心になれる。

ふと目を開けると、夕焼けの空が広がっている。ピンクと茜色、灰色、白、空色。美しいグラデーションが風に吹かれて形を変えていく。


「ユゼさまーー!!」


ぼうっと雲に見入っていたユゼを、遠くから呼ぶ女がいた。ビーチの向こう、ユゼが宿泊している屋敷のバルコニーから叫んでいる。


「…レダ?」

乳母のレダだ。いつも淑やかで婦人の鑑のような彼女が、大声を出すのは珍しいことだ。


「陛下の御使者です!たった今いらっしゃって、ユゼさまとお話したいそうで!至急お戻りを!」

「…使者?…はーーーーい!!」


ユゼはわかった、と叫ぶ代わりに手を振って、疑問に思いながらもさくさくと屋敷へ歩き出す。レダは手を振り返してさっと室内へ引っ込んだ。急な客人のもてなしで忙しいのだろう。


ユゼは、15人もいる王女の一人だ。これは明らかに多すぎる。ほとんど鎖国状態であるのに、王女の供給過多である。


そんな状況のなか、ユゼは異国出身の母から生まれている。髪が奇抜な色で顔が派手すぎるという欠点があり、王女の中でも商品価値が低いほうと見なされている。日頃から放任気味のユゼのところへ、先触れもなく父王から使者が来るのはこれが初めてのことだった。


遠くでごろごろと雷のような音が鳴った。雨が降るのだろうか。

ユゼはなんとなく嫌な予感がして、ぶるっと身震いした。





屋敷には、略式の礼装をした使者が待っていた。従者も連れておらず、ずいぶん身軽だ。馬に乗る格好ではない。

ユゼの護衛リュウが、やや居心地悪そうな様子で使者の警護についている。知っている人だったのだろうか。

使者はすらっとした若い男で、端正だが冷たい印象を与える顔立ちをしている。


「ユゼ殿下ですね。先触れもなく申し訳ありません。レンと申します。陛下のご用で、至急確認したいことがあります。《殿下はファレネス共通語をお話しになるとか》」

レンと名乗った男は突然母の言葉で話しかけてきた。


「えっ…《ええ、母上の母国語ですね。幼い頃、母がブエノステラ語に不自由していたので、私がこちらを覚えました》」

使者の目がキラーンと光った気がした。


「これは予想以上です。《通訳することは可能ですか》」

「ええっ…《母としか使ったことがないの。ファレネス語で話すのは、あなたが2人目よ。難しいことはわからないと思う》」

「しかし聞き取りに問題なく、発音も完璧です。《三ヶ月、みっちり勉強すれば十分可能では?》」

「そうかなぁ…」

この人グイグイくるな…。なんなのだろう。面倒ごとしかなさそうだ。ユゼはわかりやすい困り顔で参っていた。


「通訳なら、母の方が良いのでは?」

「事情があって母君にはお願いできません。それに、王女である殿下が通訳することに意味がある」

レンはユゼの迷惑そうな態度など歯牙にも掛けない。淡々とたたみかけてきた。

「《本番にはほかの通訳もいて、殿下がもし間違えてもフォロー出来るとしたら?》」

「《それなら…出来るかもしれない》」


言い終わるか終わらないかで、レンがユゼの腰にさっと手を回してエスコート態勢に入った。

「ぅわっ」

「失礼します」


失礼しますが遅い。

なんなんだろう。

素敵な男性に密着されている状況だというのに、この惚れっぽい私がぴくりともときめかない。捕獲された感がものすごい。こわい。


「ではさっそく、王宮にお戻りください。明日から特訓を開始します」

「えぇぇぇ?明日?」

無理。物理的に無理です。

「馬で行くのよね?もう日が暮れるから、明日出発して…」

「いえ、今、転移陣でお戻りください。こちらへ参るために陣を貼りました。乗るだけです」


転移陣を貼った!?


ユゼも転移陣は裏道としてよく利用するが、わざわざ新しく貼って使ったことなどない。道理でレンは身軽なわけだ。これは本当に緊急の事態が起きたようだ。


「まず王宮に戻り、説明のために少々殿下のお時間をください。その間に侍女や護衛は荷支度を行い、済み次第彼らも転移陣を使って王宮へ戻る。よろしいですか」


レンは早口に段取りを口走り、「よろしいですか」と言い終わった直後、妙にギラついた目でくわっとユゼを見つめた。こわい。


レンはここの主人であるユゼに提案遂行の許可を求めているのだ。理屈はわかる。手順は真っ当だし、筋も通してる。

あまりにも雑で、眼力が恐ろしいだけだ…。


よく見るとなんだか瞳孔も開き気味だし、白目がちょっと充血しているし、目の下にクマがある。

忙しいんだな、この人…。ユゼはしみじみと思った。


つい先ほどまでゆっくりビーチで夕焼けを見ていた身としては、逆らうのは申し訳ないと思った。それにどうせ、あんまり価値のない王女だ。忙しい人を煩わせるのは気がひける。もう行ってしまおう。

「わかった。そのように手配して、レダ、リュウ。あとはよろしくね」






大陸の東端にある細長い国、ブエノステラ。


西には険しい大山脈が連なり、北のほうは年中氷で閉ざされている。東から南は、長い国境線をすべて海に面している。


この国は、山脈向こうの大国や海の小さな島嶼国家群と細々と交流しながら、独自の発展を遂げてきた。


天然の要塞に守られて、内紛を経験しつつも、数千年間1つの王朝を保持して独立し続けている。

いまや、世界最古の伝統を持つ王朝である。海の幸にも山の幸にも恵まれた、安泰な国であった。


これまでは。


いま、ブエノステラは、王朝始まって以来の外勢による危機に陥っていた。


長い間山脈向こうのお隣さんとして親しんだ大国が、大陸西部の新興国家に実権を明け渡したのだ。





厳重に警備された一室に、ブエノステラの要人が4名集結していた。彼らは壮年から老年の男性で、一様に苦い表情をしている。


「………中つ国の新皇帝は7歳、皇妃にファレネス連邦のミゲッレ公爵養女、摂政にミゲッレ公爵。総督にファーレン伯爵。今後は彼らが統治するそうだ」

「前皇帝はご病気で、一族連れてファレネスでご静養…とある」

「はぁ、ご静養!こんなにあからさまな人質があるか」

「もはや誰の抗議も怖くないのだろう。それだけの実権を握っているのだ」

「おそらく我が国には半年以内に手を伸ばしてくる」


腹の底から絞り出すような深いため息が重なった。


「急ぎ詳しいものを集めよう。外務卿の子息は先日まで殿下に従ってイスパーナに留学していたな」

「レンというが…生意気盛りの若輩者だ」

外務卿は躊躇いがちに呟いた。

「まだ19だ」


「切れ者と評判であろう。もはや実績や年齢にこだわっている場合ではない。向こうの風習や文化をわかっているだけでも得難い人材だ」

軍務卿は謙遜を面倒くさがってぶった切った。


「そうだ。使えるものは全て使う、そうあるべきだ」

宮司も後押しした。


「頭が切れることが第一だな。軍からは戦略方の逸材を参加させる」

「外務卿は子息のツテも当たってファレネスに詳しいものを参加させて欲しい」

「ことは国家存亡の危機である。慣例など打っちゃって実利を取るべきだ」

「そうだな…。承知した」


「外務卿、イスパーナに第4王子殿下、コサドに第6王子殿下がいらっしゃるな。帰国していただくことはできないのか」

「知らせはしたが、判断は殿下方にお任せしている。とくにイスパーナはやつらの核心に近い。コサドも交易都市らしく情報の出入りが多い。あちらに留まったほうが有利であれば、その方が良い」


「そういえば…あちらの言葉を話せる王女殿下がいらっしゃったような…?」

一同はしばし無言で考え込んだ。

「……そうであったか?」

「……どなただ?」

「あとで確認しよう。いらっしゃればチームに加わっていただく」

15人いる王女の趣味や特技を網羅しているものは、会議室にはいなかった。


ユゼの元に使者兼採用面接官のレンが跳んだのは、この数時間後のことである。





戦争ばかりに明け暮れた大陸西部では、ここ200年ほどの間に大幅な技術革新があった。

彼らはさまざまなものを生み出したが、ブエノステラにとっての直接的な脅威は、大海をやすやすと渡る大きな船と大砲であった。


これまで天然の要塞の一部であった海が、オセロの白黒を返すように見事に弱点と化してしまった。

もはや敵は、海に面する長い長い国境線の、どこでも好きなところから攻め込むことができるようになったのである。ブエノステラにとって、望まない新しい時代の到来であった。



西の大戦を制した新興国は、名をファレネス連邦という。


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