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アイドル男子はじめました☆  作者: 海埜ケイ
2/2

はじまりと出逢い2

「ただいま~」

帰宅後、晴海は誰もいない家に向かって声を掛けた。

実家通いの時の癖でいまだに抜けそうもない。

電気を付けると、1Kの部屋に明かりが灯る。

部屋の中ははっきりいって汚い。

それも漫画やゲームの類いが多いせいだ。

服や雑貨の類いはきちんと棚に入れてあるのだが、どうしてもそれ以外の物が片付かない。

寝るところと食べるところの場所だけは確保してあるので私生活に影響はない。

コートはタンスの取っ手に掛けてあるハンガーに吊し、鞄はタンス横の定位置に置く。

出したままの漫画を取り敢えず積み上げていくと、床に見慣れないものが落ちていた。

「何これ?」

金の懐中時計みたいだ。

「何で、こんなものがうちに?」

誰か友人が置いていったのだろうか。

不思議に思いながら、何となく蓋を開けた時ーーー。



『ようやく見つけたか! 遅いぞ、ニンゲン』



無数の粉星を振り撒きながら現れたのは、栗色の髪に緑の帽子と服を纏い、虹色の羽を生やした全長約15㎝くらいの妖精だ。

勝ち気そうな笑みを浮かべ、晴海の前に降り立った。

「な、な、な?」

『言葉が通じないのか? んじゃあ・・・「』これでいいか?」

妖精が白いスティックを振って粉星を撒くと、妖精の言葉がはっきりと聞こえてきた。

「おーい、聞こえてるかぁ?」

「き、聞こえてます」

「なら、良し!」

妖精はにっこり笑うと、再び羽を上下させ飛び出した。

「オレは異世界シルフィニアから派遣された幸せの鍵騎士―かぎし― 003」

「し、しるふぃにあ? かぎし?」

「シルフィニアは、この世界とは別の空間にある星のことで、鍵騎士は別空間同士を行来できる超エリート集団のことだ」

ふふんっと自慢気に話されても今一ピンと来ない。

「それで、カギシさんはどうしてこの世界・・・というか、何で私の部屋にいるの」

「良い質問だ! オレがおまえの部屋にいたのは、おまえに頼みがあって来たからだ」

「頼み?」

「そうだ。おまえにシルフィニアの魔法を授ける代わりにオレの、オレたちの頼みを聞いて欲しい」

腕を組みドヤ顔されても反応に困る。

これが思春期の少年少女なら、期待に胸を膨らませて1、2も言わずに承諾するだろうが、晴海は20歳を越えた女性。

正直、妖精を連れて魔法を使うのはかなり無理がある。

「お断りします」

「・・・はぁ!? 断るのかよ!」

「当たり前でしょ。成人女性が魔法を使って何が楽しいの。世間様のいい笑い者か、SNSで面白おかしくいいネタにされて終わりだよ」

淡々とした現実を述べると、鍵騎士はにんまりとした笑みを浮かべた。

「つまり、おまえがおまえだってバレなければいいんだろ?」

「ん? いや、そういう話じゃなくて・・・」

「今から、おまえにシルフィニアの魔法を与えよう! 懐中時計の針が1周するまでの間に、自分ではない姿を想像してくれ!」

「え、あ、ええ!?」

鍵騎士が白いスティックを振るうと、晴海の手の懐中時計が星粒を散らしながらカチカチと音を鳴らし始めた。

針は反時計回りにかなり早いスピードで回っている。

(あ、え~~と、私っぽくない姿、私っぽくない姿)

突然言われて、すぐに想像できる程、晴海は想像力豊かな方ではない。

部屋に視線を巡らせ、テレビの前に置きっ放しになっている“ソレ”がまたまた目に入った。

懐中時計の針が、カチリと1周する。

「!? うおっ!!」

目の前が真白になる。

瞼を閉じても、無数の星粒が飛んでは弾けて白い光を生む。

「ーーーーっ」

「もう、目を開けてもいいぞー」

「ぅん」

ゆっくり瞼を開けた。

特に変化という変化は感じられない。背が伸びた訳でも縮んだ訳でもない。ただ、目の前にいる鍵騎士は晴海を見て、満足気味に何度も頷いていた。

「なかなかのセンスだな! これなら、誰もおまえがおまえって気が付かないぞ」

「は? 何言ってんの?」

「鏡を見れば分かる」

「鏡?」

この部屋には姿見や化粧台の類いは置いてない。

場所を取るし、備え付けの洗面台で事足りるからだ。

「全く、訳わからな・・・・・・・・は?」

晴海は唖然としてしまった。

鏡の前に立てるのは1人だけ。

鏡の前に立っているのは晴海でなければならない。

だが、目の前にいるのは晴海ではない。

肩までしかない白金色の髪に冬の空の様な青い瞳。この世の人なのかと疑いたくなる美しい顔立ち。

ーー誰だ、こいつ。


(いや、待って。この顔、どこかで見たことある)

記憶を遡ろうとすればするだけ、頭に靄が掛かっているみたいに曖昧になって思い出せない。

ここ最近、かなり身近で見掛けた顔なのに。

「どうだ? これなら大丈夫だろ」

「大丈夫って、あんたねぇ・・・」

振り返った時、晴海は鍵騎士の後方にあった“ソレ”が目に付いた。

「あ゛あ゛ーーーーっ!!! それだぁっ!」

晴海が指差したのは、昨日までプレイしていた乙女ゲーム『星々の王子さま』だ。

普通の女子高生の主人公が、“はじまりの星”にうっかり迷い込んでしまい、星を司る王子さまたちの力を借りて元の世界に戻ろうとする恋愛物語。そこに出てくる隠れキャラ“シオン”の容姿とまんま同じ姿なのだ。

「あ~~、シオンくんクリアするのに1週間掛かったし印象に残ってたんだろうけど、何でシオンくん? それなら推しのレオンが良かったよ~~」

ゲームパッケージを眺めながら、推しのレオンに指を添えた。

赤髪、情熱、芸術肌、更に幼少期から抱える彼の中の深い闇は多くの女性たちを虜にさせるものがある。

晴海も例に漏れず虜になった1人で、彼の物語は5回もやっている。もちろん画像スチルは全て回収済みだ。

シオンも嫌いではないが、まだ1回しかクリアしていないため深くは知らないし思い入れもない。

晴海はパッケージを胸に抱きながら、鍵騎士を見上げた。

「ねぇねぇ、もう1回やり直しできない?」

「できるか。・・・って言いたいけど出来るぞ」

「そうだよね~、無理・・・・できんの!?」

「あぁ、但し条件がある」

「条件?」

「おまえの持つ懐中時計。その針を1周させるだけの『感情』を手に入れるのが条件だ」

ビシッと、鍵騎士は晴海の持つ懐中時計をスティックの先で差した。

晴海は蓋を開けて、盤面を見ると先程まで12時ジャストの時計が11時を指していた。

「えっとぉ、1から説明するぞ。オレの故郷シルフィニアでは、人の持つ『感情』をエネルギーとして色々な装置を使っているんだけど、先の戦争の影響で『感情』の生産量が著しく減っちまってエネルギー不足になったんだ。

そこで、オレたち鍵騎士は時空を越えて別世界から『感情』というエネルギーをかき集めることになった」

「『感情』を集めるってどうやるの?」

「見てなよ」

鍵騎士が白いスティックを振るうと、空中に5色の星の形をしたものが現れた。

「これが『感情の欠片』。対象に一定以上の感情の高ぶりが出た時、変身後の姿で懐中時計の針の面を向けながら『スティ』と唱えれば塊になってくれる。

『感情』は懐中時計の蓋のガラス面で対象を見るか、変身してから「見たい」と思わないと見えないからな。『感情の欠片』の色は、対象の『感情』の高ぶりが高ければ高いほど色濃いものになり無関心に近いと透明になる。

赤は恋愛・親愛、青は悲しみ・寂しさ、黄色は楽しい・元気、緑は苦しい・辛い、黒は嫉妬・憎しみだ」

晴海は空中をゆらゆらする星たちを見て首を傾げる。

「質問。人の感情はそんな簡単に括れるものじゃない。もし2つの感情があった時はどんな色になるの?」

「良い質問だ! その場合は色が混ざってしまう。混ざった色は潤色と比べて価値が下がるから、なるべく潤色の色濃いものを集めてほしい」

難しいことを言われた気がする。気がするではなく難しいことだ。

人の感情は簡単に揺れ動くものだし、1つの感情だけに絞られるのはかなり稀だ。

うんうんと、唸り声を上げる晴海に、鍵騎士は白いスティックを振り、『感情の欠片』を消して、にんまりと笑った。

「これが、オレがおまえに頼みたいと言ってたことだ。おまえがやる気になってくれて本当に良かったよ!」

「う~~ん、やる気になったというか。ここまでされたら信じるしかないと言うか」

現実世界なのに、まるで異世界に迷いこんだ主人公のような現実味のない話だ。

だが、鏡を見る度に、これが夢物語でないことを主張する。

「・・・あれ? ちょっと待って。この姿がシルフィニアの魔法ってことはさ、つまり」

嫌な予感がする。

鍵騎士は満面の笑みで親指を立てた。

「契約完了♪ これからよろしく!」

「事後承諾かよ!!」

「あははは、おまえなら平気だって」

「何その根拠!」

「勘」

「意味わかんないよ!!」

急展開過ぎて付いていけない。漫画やゲーム大好き人間とは言え、この展開は晴海の人生に於いて予定にない。

頭を抱えて項垂れる晴海に、鍵騎士は指先で頬を掻いた。

「あ~~、契約完了と言っても期間は最低1年。成績次第で延長になるが、おまえが望むなら最低1年我慢してくれれば良いからさ」

鍵騎士は地面をけり、晴海の頬に手を添える。

「オレの故郷を助けてくれ。頼む・・・」

鍵騎士の暗紫色の瞳が晴海を見つめる。

まっすぐで、真剣な眼差しは晴海の心を動かすのには充分だ。

(昔から八方美人とか言われてたっけ?)

懐かしい記憶に蓋をして、晴海は1度目を閉じて開いた。

「分かった、1年だけよろしくね」

「ああ! よろしく!」

鍵騎士は本当に嬉しそうに笑った。

幸先は全く分からないことだらけだが、自分にできる範囲のことだけをしようと晴海は考えるのだった。



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