知りすぎた男
入り口のゲートを抜けるなり、友介はがっかりしたように肩を落とす。
「むむぅ。ごめん! もっと空いてると思っていたんだが……。夏休み前なのになぁ」
「いいって! 人がいっぱいのほうが、楽しい気分が倍増するもの」
初めてのデートを台無しにしたくないのだろう、友介をフォローするように明美が言う。
平日の午前なのだが、裏野ドリームランド遊園地は、かなりの賑わいを見せていた。
「うい奴め!」
「えへへ~」
ぽんぽんと明美の頭を優しく叩く。
「熱っ! 帽子かってきたほうがいいかな?」
「大丈夫! それより飲み物欲しいなぁ」
「気分悪くなったらスグに言ってね」
「うん」
「よし、まずは水分補給だ!」
夏の照り付ける太陽が、明美の黒髪と付き合いだしたばかりの二人の肌を容赦なく温める。
ジェットコースターや観覧車など、お約束のコースを一通り回った頃、明美が神妙な口調で切り出した。
「ねぇ、ここで半年くらい前に殺人事件あったのしってる?」
「あ、あったな、そういえば……」
「それから~、ここ~、――出るんだって!」
明美は驚かせるように言った後、友介のわき腹をくすぐる。
「お、こら、やめい! くすぐったい。俺、脇腹弱いんだよ。やめちくり~」
まんざらでもない友介は笑いながら彼女にくすぐりをお返しする。
ひとしきりジャレ付きあった後、息を整えた明美が、
「ていうか知ってて当然だよね。優子から聞いたけど、ここ友介君のお父さんの親戚が作ったんでしょ。すごいなぁ友介君のお父さんもセレブ? っていうの? お金持ちだもんね」
「う~ん、親父が医者で金持ちなのは否定しないけど……」
「なにそれ~ちょっと嫌味っぽ~い、一応否定しなさい!」
「ホントの事だし~。てか、なによ~、まさか金目当てで俺と付き合ってるの?! ショックだわー。今日は一日楽しいと思ってたのにへこむわー」
「ちがうよー。友介君ちょーかっこいいし、頭もいいし、いっつも彼女いたじゃん。フリーになったみたいだから勇気だして告ったんだから!」
「そうなん?! 俺も明美ちゃんの事、初めて会った時から気になってたからなぁ、んだよ、もっと早くこっちから声かければよかったなぁ。お互い時間無駄にしちゃったね」
手を繋いで歩く二人の前に、お目当てのアトラクションが姿を現した。本日のデート、その最後を締めくくる、殺人のあったミラーハウスである。半年も経った今、事件の影響ではないだろうが、並んでいるお客は誰もいない。係員が一人、ぽつんと寂しげに立っているだけだった。
「お、ガラ空きじゃん、らっきー」
「ここだよね。あの事件の場所」
「あぁそうそう。でも今なら貸し切りだねぇ。――薄暗い中で……、ムフフ」
「ちょっとぉ! 変な事しちゃダメだからね!」
「それは……どうかなぁ! 脇腹の復讐をするにはここしかあるまい! いざ参るぞ!」
「もぉ~、友介君変態っぽーい」
『薄暗い場所もありますので、ゆっくりとお進み下さい』
入り口のドアへ入っていく二人に、仕事を思い出したように係員が言った。
ミラーハウスに入り、何度か行き止まりにぶつかりながら6分程歩いただろうか、歩みを進める度に照明が徐々に明るさを失っていく。
本当に営業中なのかを疑うくらいに薄暗い中、腕を組んで進む。しかしその分、誰の目も気にしないで歩けるからだろう、二人はこれ以上ないくらい密着している。
薄暗いながらも、互いの輪郭や鏡に映る姿は見える。目も大分暗闇に慣れた頃、入る前は『変な事しちゃダメ』といいながらも、明美のほうから友介にちょっかいをかけていた。
「痛っ」
「あ、ゴメン! 大丈夫?」
明美も悪気はなかったのだろうが、本当に痛がっている友介を見て、一気に落ち込んでしまった。
それを見かねた友介が元気付けるように、
「大丈夫大丈夫、実はちょっと前に飼い犬に脇腹噛まれちゃってさ……、それでちょっと入院してたんだよ」
「えっ! そうだったの?! 本当にごめんね! 次から気を付けるね!」
「いいっていいって、もう傷は完全に塞がってるんだ。でも、たまに痛むんだよね。あの時の経験を思い出すからかなぁ」
二人はさらにミラーハウスを進んでいく。ミラーハウスに入った当初は、鏡に映る自分や友介にビクリと驚いていた彼女だが、いまや友介に対する罪悪感のほうが驚きに勝ってしまっているようだ。友介にあまり密着しないように、静かにただ歩みを進める。
「あ、ごめん靴紐ほどけちった。ちょい待ってて」
友介はしゃがみこむと、靴紐を結び始めた。明美は友介の少し先を歩き出すが、
「そうそう、事件現場ちょうどそこだよ」
「えっ?!」
明美はビクッとして、裏返ったような声を上げる。
「大丈夫だって、事件当日はそれこそあたり一面血だらけだったけど、今はすごい綺麗だから」
「へぇ……ここなんだ……。」
「うん、丁度ここ、この場所で女の子の振り向きざまにね、有尖無刃器で目玉に……グサッ! てね」
「えぇ……ちょうこわいじゃん……」
「そのあとに、まだ生きてるのに顔全体を隙間なく穴だらけ。女が倒れこんで息が止まっても何度も何度も何度も」
女性は急に寒気を感じたように、両手で自分を抱きしめた。
「やめてよ~。――――友介君……なんだか怖くなってきちゃったよ~。早く出よぉ!」
明美の背後で友介がポケットから何かを取り出した。
「その時の写真あるけど――」
友介の左手でポウッと携帯の明かりが灯る。
女性の耳元で囁いた。
「――見る?」