5.登山
数日後、二人はいつも水浴びをしている川の上流へ行くことにした。
何もなさそうで無駄に体力を消耗するだけということで今まで行こうとはしなかったが、食料や日用品にだいぶ余裕が出来たので初めて行くことになった。
全体的には平らな場所だが、そこだけは切り立った高い岩山が並んでいる。
クミナはリュックに物を詰めると担ぐ。
いつもはサザリカが背負うが、登山ということで力も体力もあるクミナが持つことになった。
サザリカはノコギリだけを持っている。
「……ノコギリって持ってこなくてもいいんじゃない?」
両手で持ったノコギリを見ながらサザリカが言う。
「何かあった時の武器だから重要だよー、ちなみに私は包丁ね」
クミナはリュックから出ている柄を見せる。
「まあいっか、それじゃ出発」
サザリカはノコギリを腰に巻き付けた。
川の幅は2m程、両脇から壁のように高い岩に挟まれている。
クミナとサザリカは水の流れていない川の両端をそれぞれ歩いていた。
いつもハイペースなクミナも、今日はサザリカに合わせてゆっくりと歩く。
二人は足を滑らせないようにしっかりと地面を踏みしめながら歩いていく。
「あー……」
サザリカは苦々しい表情を浮かべる。
しばらくは緩やかな道が続いていたが、歩くにつれ岩が大きくなっていき、ついに歩いて通ることの出来ない程の高さの岩が道を塞いでいた。
迂回するような場所も無い。
「私は行けるけど、サザリカはどうしようか」
「ロープ持ってきてたよね、クミナが先に登ってそれで持ち上げて」
「ああ、そういえばあったねえ」
クミナはロープがあることを確認すると岩を登って行く。
特に苦労もなく登り終えると、近くの岩にロープを巻き付けて下に垂らす。
そのロープを手に取ると、サザリカは自分の体に巻き付けた。
「いいよー」
「じゃあいくよー」
クミナがロープを引っ張り、サザリカは岩に足をかけながらロープを伝って登る。
「ふーなんとか……」
上まで来るとロープを外してリュックに仕舞った。
「でもまだまだあるよー」
クミナが向いた先には今登ったものと同じくらいの大きさの岩が転がっている。
「うえ……」
サザリカは膝に両手を付き下を向いた。
その後も同じようにロープを巻きながら登って行く。
途中でサザリカが休憩したいと言い出したので一旦休むことになった。
大き目の岩に二人が座る。クミナはまだまだ元気な様子だ。
「登山って疲れるね……」
汗を掻いたサザリカが、服の襟でパタパタとあおぐ。
「私はすっごく楽しいよ、はまっちゃいそう」
「元気だなー」
そして、しばらく休むとまた歩き出した。
「え……?これは無理じゃない?」
サザリカが岩を見上げる。
岩壁はサザリカ達の方へと反り返っている。
三方が壁に挟まれ行き止まりになった。
サザリカの隣ではクミナが考え込んでいる。
「ロープ、は足りないよねえこの高さじゃ」
壁は20m程の高さだ。
「私は大丈夫だと思うけど……」
「え?大丈夫なの?」
「うん」
「じゃあ、クミナだけが登って上がどうなってるか見てきてくれない? 何もなさそうだったら今日は帰るってことで」
「んー……」
クミナは腕組みをして目を瞑っている。
「いや、私がクミナを背負って登るよ」
「いやいや、それは流石にきついでしょ」
「いや、やるよ」
そう言うとクミナがリュックを降ろす。
「それ背負って私に乗って」
クミナが背中を見せる。
「本当にやる気なんだ……途中で落ちたりしたら大変なことになるよ?」
「大丈夫だよーその時は私も一緒に死ぬから」
「全然大丈夫じゃないねそれ……まあでも、ここまで来たんだから上まで行きたいね」
サザリカが反り立った岩を見上げる。
「そうそう、一緒に行こうよー」
「……ふぅ、じゃあクミナに任せるよ」
「らじゃー」
クミナが敬礼をするとサザリカが背に乗りロープで二人を結ぶ。
「これでクミナが落ちたら私は確実に頭から激突だ」
「大丈夫大丈夫ー」
そう言うとクミナは大きく深呼吸をする。
「よし、いくぞー!」
クミナが岩に手をかけた。
しかしサザリカの心配とは裏腹にクミナはスイスイと絶壁を登っていく。
「え、どうなってるのクミナ」
「なにがー?」
登りながらクミナが答える。
「いやいや、人担ぎながら、こんな楽々登るって……」
「体力と力は自信あるからねー」
「ほんと凄いなクミナは……」
そのままクミナは苦も無く登っていき、頂上まであと1m程になった。
「よーし」
クミナは岩へ手を掛けると力を込めて上半身を頂上へと出す。
「あっ!」
クミナが驚きの声を出す。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと待って」
クミナは全身を岩の上に乗せる、背負われていたサザリカも目の前の光景を見て驚きの顔をした。
「え、なにこれ……」
頂上には草が生い茂っていた。
30m程先には小さな湖がある。
その中には小島が浮かんでいて、小さな家がぽつんと建っていた。
家と湖は橋で結ばれていて、橋が水の上をゆらゆらと揺れる。
道中の風景とはあまりに違っていた。
ロープを外すと二人は立ち上がってその光景を見つめる。
二人とも口を半開きにしている。
サザリカは振り返り登ってきた壁を見下ろす。
「すごいなあー」
クミナが湖へと近づいていき、サザリカも後を付いていく。
湖の中からはポコポコと水が湧き出していた。
「てっきり今までと同じような、なにもない砂と岩だけの風景だと思ってたんだけどね」
クミナは水に手を入れる。
「あー気持ちいぃー」
「あの家……誰かいるのかな」
サザリカは家を見る。
二人が拠点にしていた家とは違い完全に原型を保っていた。
丸太を組んで作られており、ログハウスのような見た目をしている。
「凄く綺麗だし、最近建てたんじゃないかなあ」
「最近ねえ」
二人は湖の周りを歩いていく。
草は多いが木は無い。
動物や昆虫はおらず、生物の気配は感じられない。
二人は登ってきた場所の反対側の縁まで来た。
そこから見える下の風景は今までのものと変わらない。
砂と岩と少しの緑と、黒い物が転がっているだけの世界。
クミナが肩をすくめる。
「同じかあ、残念だなあ」
クミナは息を吐いた。
「そうだね……」
横目でクミナの様子を見たサザリカが地平線を見つめる。
「まあ、でも」
サザリカが振り返る。
「ここを見付けられたのは今までの中でも一、二を争う成果だと思うよ」
「うん……そうだね」
クミナも振り向き緑の世界を見渡す。
「綺麗だねえ」
その目には涙が溜まっていた。
二人は湖まで戻ってくると、小島まで伸びる橋の前に立つ。
橋からドアまでは一直線に続いている。
扉の横と正面右側の壁には窓が付いているが、カーテンが掛けられていて中は見えない。
「なんか怪しいなあ」
サザリカが腕組みをしながら言う。
「え? 何が?」
「何もかも。こんな所にこんなたくさんの緑があることも、そこに湖があることも、島があって橋があってこんな綺麗な家が建ってる事も全部」
「そう言われると怪しく見えちゃうね……」
クミナを腕組みをして首をひねる。
「なんかの罠だったりするのかな」
「罠ねえ」
「あの島に入ると島ごと爆発するとか、扉開けたら中の人から攻撃されるとか」
「何それ……そもそも私達以外の人ってここにいるの」
「私は、私達だけだとずっと思ってたけど……」
「私もそう思ってる」
サザリカが地面を見る。
「ああ、窓に石でも投げてみようか」
サザリカが落ちている石をひょいと拾う。
「ええ、駄目だよ、こんな綺麗な家を壊すなんて」
石を握るサザリカの手首をクミナが掴む。
「人が居れば何かしらの反応があるんじゃない?」
「そうかもしれないけど……でもやめとこうよぉ」
サザリカが手を広げ、石を落とす。
「じゃあどうする?」
「うーん、泳いで島に上がって、ゆっくりドアに近づいて開ける、っていうのはどう? 水中には何も無さそうだったよ」
「鍵がかかってたら?」
「その時はしょうがないからサザリカの手を使うってことで」
「まあ、ここでいつまでも話しても進まないし、それでいこうか」
二人は持ち物を降ろして服を脱ぐと、下着姿で水中へとゆっくり入る。
そのまま正面右の壁の前まで泳ぎ島へと上がると、サザリカが先頭になりしゃがみながら壁に沿って正面へと向かう。
壁を曲がろうとした時、クミナがサザリカの背中へと抱きついた。
「ちょっ、なにしてんの!?」
サザリカが正面を見たまま小声で呟く。
「だって綺麗な背中だったから触りたくなっちゃってえ」
クミナの胸がサザリカの背中に押しつけられる。
「馬鹿やってないで、いくよ!」
サザリカが手を後ろにまわしてクミナを引きはがす。
「残念ー」
クミナが渋々離れる。
「じゃあ開けるよー」
「オーケー」
サザリカがドアノブに手をかけるとゆっくり回す。
「あっ、鍵掛かってない」
そのままノブが回されていき、ドアがゆっくり開く。
サザリカが隙間から中を覗き、徐々にドアを開けていく。
そして完全に中を見渡せるまで開かれた。
「誰もいない……」
二人は立ち上がりあらためて外から家の中を見る。
入って左、正面の窓に向かうようにに机、中央にテーブル、一番奥に何も入っていない棚が二つ並べて置かれていた。
それ以外の物は何もなかった。
「拍子抜けだなー」
サザリカが腰に手を当てため息を吐く。
「そうだねえ、中も綺麗だけど、ちょっど寂しいなあ」
「とりあえず入ってみるかあ」
「あ、中に入ると爆発するって可能性……」
言い終わる前にサザリカが中に入ったが何も反応はなかった。
「大丈夫みたい……だね」
クミナはふぅと息を吐くと中に入った。