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玻璃の娘 黒の王~カイン、あるいは殊魂の話~  作者: 実緒屋おみ@忌み子の姫は〜発売中
第Ⅰ幕:なくした記憶の残響

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1-22:幕間の物語『料理、そして……』 作:御留守様

※この幕間の物語は、御留守様が書いて下さった二次創作小説部です。


1-20.if 料理、そして……


「料理をしてみようと思う」

「はあ」


 貧民街の一角、ある一つのあばら家にて。

 その一室に設えられた竈を目の前にして、カインはハンブレへと己の選択を口にした。その双眸には決意が漲り、ナイフを手にしながらああでもないこうでもないと、先程買い入れてきた食材を吟味している。

 ハンブレは隣室の椅子に腰かけながらその様子を物珍しそうに一瞥し……そして意味ありげに目を細めた。


「で、何を作るの」

「分からない」

「分からない……」

「君は料理出来るのか」

「まさか」


 わざとらしく肩を竦めて返事をするハンブレを見て、カインはむうと眉間に皺を寄せる。当てにしていたのに、と恨みがましく呟いてみるも、ニヤニヤとした笑いが返って来るだけだった。その顔を見て何とも言えない気分になったカインは、早くも料理をしようなどと思い立った事を後悔し始めた。


 切欠は確か些細な事だったと思う。

 いつもの様にすぐ食べられる果物を買いに行って、それで店主から何気なくこう言われたのだったか。


“傭兵の兄ちゃんは、料理とかできねえのか?”


 その声音には若干こちらを心配する様子があったし……なにより道理ではあった。傭兵は体が資本。果物ばかり食べていては本業もロクにこなせまい。なるほど、と得心すると共にその足で肉や野菜を買い出しに行ったのだった。奥では相変わらずノーラが毒に侵されたまま目を覚まさないでいるし、起きた時に何か気の利いたものでも出せれば、喜んでくれるのではないか――そうとも考えたのだ。

 眼下に散らばる食材を眺めながら、カインは短い回想を断ち切った。現実逃避をしている場合ではない。折角少なくない金を払って買い集めたのだ。記憶も腕も定かではないが、料理というものに挑戦せねば。

 そうしてよし、と一つ気合を入れ、食材へと手を伸ばすカインだったが――


「カイン」

「なんだ」

「手、洗った?」


 しかし、ハンブレの横槍が寸での所で降りかかってくる。その言葉にカインは己の手をまじまじと見つめた。確かに、少し泥で汚れてしまっているようだが……


「食べ物は清潔に扱わないと駄目だよ。お腹を壊したらどうするのかな」

「むう」


 言う事は至極もっともだ。だが、こちらのやる気を削ぐ絶妙のタイミングで言ってくるのが本当に、何というか……始末に負えない。

 ハンブレの忠告通りに水桶で手をすすぐ。ついでに野菜も洗っておこう。肉は……洗うのだろうか? よく分からない。取り敢えず洗っておいた。また横槍が入ったらと思うと、先に手は打っておくべきだろう。

 そうしてざぶざぶと水桶と戯れながら、買ってきた食材を全て処理していく事数分。


「これでよし」


 竈の近くのまな板の上に、綺麗になった食材が所狭しと溢れている。少し買い過ぎたかもしれないが、何分初めての事だ。失敗する分も含めてこれ位で丁度良いだろう。

 カインは僅かばかりの達成感を味わうも、すぐに後回しにしていた問題を思い出した。


「……何を作ろう?」


 再び小首を傾げながら頭上に疑問符を浮かべるカイン。咄嗟に美味しかった料理を思い浮かべてみる。この記憶で初めて食べた、馬肉や野菜の盛り合わせ。あれは美味しかったように思う。だが生憎とここに馬肉は無い。鶏肉ならあるが、記憶と同等の物が出来るかは全く見当がつかない。

 またしても固まってしまうカインだったが、そこへ隣室から助け舟が出される。


「煮れば?」

「煮る?」

「そう。煮れば柔らかくなるし、大体食べられるようになるんじゃない?」

「煮る……」


 煮る、煮込み料理か。その発想は無かった。


「水を沸かして、食材を入れれば良いのか?」

「多分ね。柔らかくなるまで火を絶やしてはいけないよ」

「……そうか。やってみる」


 ニヤニヤと笑うハンブレをそのまま信用していいものかと一瞬だけ考えたが、すぐに思い直した。料理が出来ればどうせ彼も食べるのだろう。わざわざ失敗する様にアドバイスをする程、彼も考え無しではあるまい。

 うむ、と頷いたカインはナイフを手に取り、手近にあった鶏肉を手に取った。先ずはこれを一口大に切って、それから他のに取りかかろう。


 カインはナイフを振り上げて、降ろす。


 ……しかしその刹那、溢れる様に記憶が身じろぎをした。


「むぅんっ!」


 掛け声と共に勢い良く叩き付けられたナイフは、鶏肉を真っ二つに両断、勢いを一欠片も減じぬ斬撃はその下のまな板にまで到達。……いや、それすらも叩き斬ってテーブルへと深々と突き刺さった。

 すぐに隣室から呆れたようなハンブレの声が掛けられる。


「君さぁ」

「なんだ」

「なんだ、じゃないよ。力み過ぎ」

「思い出したんだ」

「へえ、何を?」

「肉を断つ時は確かこうしていた、はず」

「いやいや、鶏肉は逃げないから。思いっきり叩き斬る必要は無いから」


 そうか、と返事をしたものの、カインの脳裏には何故か釈然としないものがこびり付いたままだ。何故だろうとしばし首を捻って考えてみたが、あまり深く考えても仕方の無い事だとすぐに思い直し、ナイフを引き抜いた。ぐずぐずしていてはこの量は処理し終えないだろう。

 ハンブレの助言通りに、カインは鶏肉にゆっくりと刃を通していく。さくりと音を立てたそれは何の抵抗も無く切り分けられ、無事に一口大に刻まれていった。

 ……次は野菜だ。カインが次に手にしたのは、何か葉っぱの塊のようなものだ。名前は知らない。売ってくれたという事は食べられるのだろう。これまた一口大に刻んでいく。

 次。や、野菜……? これは野菜だろうか。拳くらいの大きさのそれは何だかごつごつとしていて、一見石の様にも見えた。だが売ってくれたという事は、きっと大丈夫なのだろう。座りの良い位置で押さえて両断。意外と呆気なく切れた。意外にも中身は見た目と違い、真っ白で瑞々しい。切った面を下にして更に小さくしていく。

 うん。我ながら随分と手際良くなってきたように思う。それにこれらが食べられるようになるのかと思うと、何だか楽しくなってきた。

 そうして上機嫌に調理する事十数分。


「終わった……」


 カインは一つ息を吐くと、まな板の上に散らばった食材を満足げに見た。不揃いに散らばったそれらを見ていると、何だか全部美味しそうに見えて来るのは不思議なものだ。自分で何かを作り上げるという事は意外と楽しいものなのだなと、カインは新しく得た経験に満足した。


「次は……」


 上機嫌のままカインは次の作業に取り掛かる。

 大きめの鍋に水を入れ、竈の上に設置。そしてその下部に薪を放り込むと、朽木を前に火打石を擦り合わせ始めた。数分程格闘して種火を作り上げると、薪へと火を伝わせる。それが全部終わる頃には、竈の中には煌々と赤く燃える炎が広がっていた。


「おーおー、火を着けるのはうまいんだねぇ」

「よくわからないが、自然と出来た」

「へえ?」

「何故だろうか」

「僕に聞かれてもなぁ」

「ふーむ」


 炎に熱せされていく鍋を見ながら、ハンブレと他愛のない会話をする。大鍋一杯に入れられた水は、煮立つまでに時間がかかりそうだ。そわそわと鍋と食材を交互に見ながら、カインは竈の前で落ち着かなさ気に待ち続ける。


「湯気上がってるし、もういいんじゃない?」

「そ、そうか」


 そうして待望の時間を迎えたカインは、浮き立つ心を精一杯に落ち着かせてまな板の上の食材を鍋の中に次々と投入していく。水の量が多過ぎたのか、入れている途中で鍋が溢れそうになったが、それも鍋の蓋で水をかき出すと、全てつつがなく入れ終わる事が出来た。


「これで、柔らかくなるまで待てばいいんだな」

「ああ、そうだよ。あ、そうだ。僕はちょっと用事があるからこれで」

「出掛けるのか?」

「野暮用でね。これでも忙しいのさ。僕の分はいいから、ノーラが起きたら食べさせてあげるといいよ」

「分かった」


 カインへの助言もそこそこに、ハンブレはそそくさと外出していった。その様子にはそこはかとなく切迫したものが感じられたが、料理に集中しているカインにそんな事が気付けるはずも無く。

 ぐつぐつと煮込まれる食材を見つめながら、カインは待った。待ち続けた。全ては美味しい料理の為に。


「そういえば」


 だがふと、ある懸念がまたしても湧き上がってくる。


「どれくらい煮込めばいいのだろう」


 分からない。ハンブレは柔らかくなるまでだと言っていたが……

 気まぐれにお玉で野菜を取り上げてみる。さっきの岩のような野菜が取れた。ツンツンと指で突いてみたが、よく分からない。けど見た目が変わっていないという事は、きっとまだまだなのだろう。


「難しいな……」


 分からないままに、カインは時折薪を継ぎ足しながら、ただただ鍋の前で待ち続けるのだった――




「はっ」


 いつの間にか断絶していた意識を取り戻したカインは、即座に周囲の異常を感知する。何やら変な臭いがする。何か物が燃えている様な……いや、それにしてはやけに鼻に付く。

 慌てて前を見れば、鍋からどす黒い煙がもうもうと立ち上っているではないか。


「うおお!?」


 咄嗟に手を伸ばすカインだったが、長時間熱せられた鍋であれば、当然――


「あちつっぁ!」


 さもありなん。限界まで熱くなった鍋は無防備なカインの手へと容赦無くその熱を伝える。カインはその熱さに反射的に手を離すも、その拍子に鍋は竈の上から躍り出て……その中身を盛大に床へとぶちまけてしまった。


「ああ、あああああ……」


 煮込まれた食材が床へと前衛的なアートを形作る。どろどろに煮込まれたそれらは、嗅いだ事も無いような独特の臭気を放ちながら、じわりじわりと広がっていった。

 一部始終を見届けたカインは無様な呻きを漏らし、どうしてこうなったのだと自問する。確か、立ちながら待つのが辛くなってきたので、隣の部屋から椅子を持って来て、それで……いや、今はそんな事を考えている場合ではない。被害は最小限にとどめなければ。

 カインは一瞬の混乱からすぐに意識を戻すと、何とか鍋を立たせようと思い立つ。またしても熱い鍋に触れる愚を犯さぬよう、両手にまで服の裾を引っ張り、それで何とか掴める事を確認すると、未だドロドロと食材を垂れ流す鍋を慎重に立てていく。そうして立て終えた鍋の中身を覗くと、中の食材は半分以下にまで減ってしまっていた。


 ……しかし、まだ残っている。


 カインは床に広がった方を一瞬だけ一瞥すると、鍋の中に残った具材を再び見て……おもむろにお玉で掬ってみた。

 改めて見ても何だか酷く茶色い。変な臭いがしていたから、きっと煮込み過ぎてしまったのだ。ここ連日慣れない事の連続だったとはいえ、椅子に座った途端に眠り込んでしまうとは……

 迂闊にも眠った己を恥じながらも、カインはそれでもと、お玉の中の食材を掴んで口の中に放り込んでみた。


「ん、ぐ……」


 噛み締めてみると、弾力のある食感が歯を伝って帰ってくる。これは多分鶏肉だろう。

 けど、いや、なんだろうこの……酒場や宴の席で出た肉よりも遥かに淡白というか、もっと簡潔に言うならば……


(味が、しない?)


 もごもごと口を動かしながら、カインは己の失敗を即座に理解した。

 この料理……だったものには、味が付いていないという事に。

 そして己の買い集めたものの中には、そういった物品――調味料が一つも無い事にも。


「なんて、ことだ……」


 カインは未だ鍋の中に残る大量の茶色いなにか、床に散らばったそれらを目の前にして、呆然と見つめる事しか出来なかった――




「ねえ君、あの料理どうだった?」

「……聞かないでくれ」

「ふうーん? やっぱり?」

「やっぱり?」

「いいや、なんでもないよ。うふふ」

御留守様、この度は素晴らしく楽しい、素敵な物語をありがとうございました!


御留守様のマイページはこちら→ https://mypage.syosetu.com/1067188/

御留守様の小説「炎の魔女」はこちら→ https://ncode.syosetu.com/n7107ed/

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