12月(3)
最後に服を買ったのはいつだっただろう、と思い出す。
働き始めて、最初の2年くらいは。ボーナスが入るたびに、服を買いに行っていた。
学生時代には手の届かなかった、セレクトショップの服を買えるのがうれしかった。
バーゲンを待たなくたって、買えた。
店員さんと話して、たくさん試着して、クレジットカードを切った時、あたしはどこか大人になったんだと実感した。
楽しかった。
だけど、ある日、買った服が、値札がついたまま、透明なビニール袋に入ったまま、放置されていることに気づいた。頑張って、1回、2回着たとしても、クリーニングに出して、丁寧に管理するなんてこと。とても。
普段、炊事や洗濯にすら困っているあたしが、そんなこと。とても。
それからあたしは、服を買うことをやめた。
あたしは、服にふさわしい人間じゃない。
あたしは、いま。自分にお似合いの服を着ていると思う。
服を大事にできない自分が、大切な服を買わないでいることに、ホッとする。
(見せたい人だって、いないし)
疲れ果てて家に帰って。ビールを飲んで。煙草を吸って。
溜まった洗濯物は、まとめてコインランドリーだ。
なんとか、なんとか。
抱えきれない、自分っていう生活を抱えて。
「それでもさ」
あたしは、彼に言った。
思ってたよりも、落ち着いた声が出た。
就職した時親元を離れた。自分で服を買い、自分で食べる物を買い、自分で部屋代を払って、自分で光熱費を払って、自分で生きてる。
仕事に振り回されながら。それでも食い下がりながら。
美意識のレベルが低かったって。誰にも迷惑をかけずに生きてる。
友達にも親にも。「心配ないよ。大丈夫」って意地も張れる。
それを、みじめだとは思わない。
「そうやって、生き残ったら。あたしの勝ちだ」
どんぶりを掴んで、ラーメンの汁をすする。
塩気の強い、オレンジ色のつゆ。あったかくて体に染みる。
美味しい。美味しいと、うれしい。
生きている理由なんか、たぶん、それだけで。
「何と戦ってんだよ」
カロリーの高い、化学物質が入った、混沌とした体に悪いラーメンを、汁を最後まで飲み干したあたしを、彼はあきれたように肘をついて眺めてきたけど。
その声は、少しだけ前よりやわらかかった。
頑張って生きてる女子は、それだけで魅力的なのです。