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12月(2)

「服を着るのは、生きることだ」

 

 あたしがチャーシュー麺をすすっている横で、彼は語り始めた。

 お酒が入っていないのに、よくもまあこんなに熱っぽく、と思う。


「現代で生きる人間は、誰だって服を着る。大人も子どもも男も女も。医者も患者も。お針子もバイヤーも。誰だって着る。少しでも、おしゃれでカッコいいものを」


 サングラスは取った。彼は今日、目の下に隈があったけど、それでもその目にはエネルギーがあって、輝いていた。

 あたしは、ゆっくりと麺をすする。

 口に広がる、脂身と塩気。それが冷えた体にしみていく。

 美味しい。

 いつもより、美味しく感じていることに気づく。

 なんでだろう、と考えて。「ああ、人と食べてるからだな」と気づく。

 ここ最近、ずっとずっと。休みの日、誰かと一緒に食事をとるなんてことなかった。

 誰かが隣に座っていて。存在を感じながらご飯を食べることが美味しいって、久しぶりに思い出した。


「ファッションはメッセージだ。

 自分はどんな色が好きで。どんな肌触りが好きで。どんな自分を見せたいのか。

 服をまといながら、それをいつも発信している」

 

 と、いうことは、とあたしは改めて彼を見据える。

 真っ赤な髪。それに映える原色の服を着ている。赤が映える黒。今日のシャツみたいにからし色。いつもどこかに革製品をつけていて、どこかワイルドで、いかつい。

 あたしのまなざしを感じたのか、彼は得意げに笑った。

 彼は自分の服には何もコメントしないけど。彼の着ている服は確かに言葉よりも雄弁だ。

 自分への自信。信頼。そしてそれを放出するパワー。

 とんがっていて、異端で、最先端で、常に誰かに喧嘩を売っているみたいだ。

 あたしは、彼に何かを言おうとして、やっぱり思い浮かばずに、自分のどんぶりの半熟卵を食べた。

 黄身がとろりとして甘い。やっぱりいまは、味を感じる。

 美味しい。

 あたしは、美味しいものを美味しいと感じる時、「生きている」ことを思い出す。


「だから俺には、あんたみたいなのが理解できない」

「でしょうね」


 としてか、言えない。

 今日はすっぴんで、着ているセーターには毛玉が這っている。

 髪はぼさぼさで、肌は乾燥してカサカサだ。


(だから何だって言うんだ)


 ほっとけ、と思う。思うけど、口を滑らせたのは。

 美味しくラーメンが食べれたからかもしれない。


「あたしの部屋は、一週間たつとゴミ溜めみたいになる。

 洗濯物は山になって積まれて、自炊もしないから、お惣菜やお酒の缶が積みあがる」


 案の定。彼の目がどんどんあきれたようになっていく。


(いいんだ)

 

 だって、隠しようがない。いま彼の目の前にいるのは、ありのままのあたしだった。

 そこからしゃべるしかない。


「灰皿がいっぱいになって、部屋が臭くなって。

 だけど疲れて動けなくて。日曜日はずっと部屋に死体みたいになって寝てる」


 この子が、そんな女子が嫌いでも。

 そんな女子とは、恋なんかしなくても。

 関係ない。

 あたしは、そうでしかいられないから。


「“服を着ることが生きること”なら、そういう意味で、あたしはすでに死んでんじゃない?」


 女子として、文明を生きる人として、死んでいるのかもしれない。

 動物のように、寝て、食べて。


「でも、それのどこがいけないの。誰にも迷惑かけてない」


 あんたの美意識にかなわなくたって、あたしが否定される覚えはない。

 あたしは選んで、いまの生活をしてるんだ。

 彼はぽつりと言った。掠れている声で。


「そういう格好をしてるよな」


 彼はゆっくりと顔を上げ、あたしを見た。さっき服が好きって言ってたみたいに、真っ直ぐなまなざしであたしを射ぬく。


「部屋をきれいにするのは、誰のためだ?

 おしゃれをするのは? 自分の好きな、自分に合った、一番着心地のいい服を着るのは誰のためだ? 自分のためだろう」


「自分を大事にしてない奴は、魅力的じゃない」


 俺、意識低い系女子、無理だから。

 彼は真正面から。あの時、言っていた言葉を、あの時よりも重い意味を持ってあたしに突き付けた。


つづきます

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