12月(1)
あの男の子に会ったのは、9月の下旬。
次に会ったのは、11月。いまは12月の半ば。夜8時。
あたしは、年の瀬が迫りくるのをひしひしと感じながら、今年こそ捨てよう、と思っていたフード付きジャケットを着こんで、店に向かった。
「すみませんねー。今日、混んでて」
珍しく、真夜中じゃない時間帯にあたしはそのラーメン屋さんを訪れて、満員の席を見る。
思わず、出直そうとしたけど、小雨が降っていて諦める。
朝は氷が張るほどの12月の冷え込みに、ラーメン屋の湯気がなんだか優しかった。
「そちらの席にどうぞ」
店の中で唯一開いていた席、腰を下ろす前に気づく。ひときわ目立つ赤い髪。
(げ)
からし色のシャツに黒いネクタイ。カウンターに肘をついている腕には、シルバーとトルコ石が入ったレザーバングル。
着ている黒い革の上着はどこかで見た。あの、特徴的な貝殻のボタンのーー。
「あ」
あたしの声で、彼はこっちを見た。
正確には、薄い黄色のサングラスをしていたので、目までは確認できなかったけど。
嫌な顔をした、っていうのはわかった。
「なんだよ」
真正面から聞いてくる。いや、もうこれいっそ逃げようか、と出口に向かった時。
「お客さん、はやく座って」と店長さんに優しく促された。
しぶしぶ、あたしは彼のとなりに座る。
今日は少しだけ、甘い香りが漂った。が、心は若干冷え込む。
この人といると、また、美味しく食べられないかもしれない。
10年物の着古した青いセーターと、ゆるゆるのロングスカートのあたしは、彼のまなざしから逃れたくなる。何も悪いことなんかしていなのに。
「お前さ」
サングラスを外さず、あたしの隣で前を向いたままで、男の子が言う。
「言いたいことがあるなら、言えよ」
ゆっくりと発音を確かめるように言われて、あたしは、まだたったの2回しか会ってないこの男の子が、あたしのことを覚えているということを実感する。
「や、今日は特にそんなんじゃなくて」
別に常に喧嘩を売りたいわけじゃない。そんなに喧嘩っぱやい性格でもない。
「その上着」
「なんだよ」
なんでか、さらに機嫌が悪くなっている。
「駅前の広告で見たなって思っただけ」
なんでか、その子は硬直した。きょとんとして動かない。
沈黙が怖くて、あたしは続ける。
「黒いジャケットなんて、どれも同じに見えたけど。なんだかーー」
新しい服を買うのは 今の自分を脱ぎ捨てたいから
あの、キャッチコピーが頭をちらつく。
「なんだか、気になったから」
男の子は、何も言わなかった。何秒か待ったけど、動かないからあたしはいつも通り、チャーシューメンを注文する。店長さんが復唱する。
「チャーシュー麺ね」
その言葉で、はっと我に返ったみたいに、男の子が動いた。
口を押えて、なんだか照れるみたいに。
「それは、ありがとう」
いや、お前をほめたわけじゃないからな。と思いつつ、なんだか空気が変わったことにホッとする。
その子は今日は、あのラーメンを食べていたわけじゃなかった。
カウンターにあるのは、餃子とお漬物とウーロン茶。
何しに来てんだ、こいつ。
あたしは目の前のお冷をすすりながら、せっかくなので、聞いてみた。
「あのラーメンは」
あのラーメン、なんなの、って聞いたら、露骨すぎるか。
「今日は食べないの?」
「昼食べた」
いまは、夜の8時ですけど。
っていうことは、この子。昼からずっといるわけだ。
「俺も前から聞きたかったんだけど」
サングラスをかけたままの目が言う。
悪口ではなく、本当に不思議だというように。
「あんた、いつもそんな格好なのか」
余計なお世話だ。
意識低い女子 vs オシャレ男子
これを書きたかったのです。