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9月(2)

「意識高い系女子」のイメージは、なんとなくあたしの頭の中にある。

 朝食はフルーツとヨーグルト。それかグラノーラ。自分の好きなお茶か、スムージーをおしゃれなポットにつめるのよ。

 お化粧はね。ばっちりというよりも、丁寧。体に優しい自分に合ったブランドをシリーズでそろえていてね。朝、顔を洗ったらお手入れするように、整えるの。もちろん、毎日同じじゃないのよ。今日は営業に行くという時は、華やかに。普段の仕事はシックに。服に合わせて色を変えるの。

 仕事が終われば、英会話かジムかそれかお料理教室か、自分磨きのちょっとした習い事を入れて、家に帰る前にちょっとカフェで雑誌をみて、流行りの素敵なものを探すの。

 家に帰ったら、仕事着を綺麗に整えて、軽くお部屋を掃除して、ご飯はお野菜中心のお鍋か、和食。お風呂上りには、ヨガをして。それから、それから。


(なめとんのか)


 意識低い系女子、代表としてあたしは、言いたい。

 こちとら必死に働いてんだ。夜中23時、24時に家に帰って、スーツをババッと脱ぎ散らかして、ブラの紐はずして、化粧をシートで、ぶべばばばって落として、ビールをごくり、までがワンセット10分だ。買ってきたつまみを食べて、お風呂に入って、万年床のベッドに倒れ込むまでをなるべく早く済まさないと、翌日持たない。翌日6時に起きて、身支度整えて満員電車に揺られていくんだよ。

 便秘の日でも、生理の日でも、化粧して男一人前と同じだけのことをしに行くんだ。その苦労を察しもせずに、「意識低い系女子」だとか、言い切るんじゃない。


「女子たるもの。身だしなみとして、おしゃれは当然のこととして。外側だけじゃない、生活の、身の回りを綺麗にしとこう、っていう美意識はなきゃだめだと思う」


 赤い髪のその子が続けて言った。


(いちいちむかつく)


 なんだかもう、目の前のラーメンの味がしなくなってきた。

 急いでかっ込もうとどんぶりを掴む。

 海鮮の出汁の甘味と、醤油と、そしていい感じのあぶらが溶けて、美味しいラーメン。

 理性では美味しさが追えるのに、心から美味しいと思えない。


「俺。そこで忙しいだの何だの。自分に言い訳するのは、甘えだと思う」


 奴が言う。迷いなくだ。

 うるさい。


「ごちそうさまです」


 どんぶりをカウンターに置いて、あたしは早々にその場を退散することにした。

 椅子から立ち上がり、換気扇の音が響く店内を歩く。


「すみません」


 彼の後ろも通ると、「ああ、すみません」と、いちおう席を引く。


「はい、いつもの。お待ち」


 ちょうどその時、彼の目の前にどんぶりが差し出された。

 湯気の上がる大きなどんぶり。しかしその香りは、どこか妙だった。


「つーかお前。こんな夜中にこんなん食うよな。まあ我ながらうまいけど」

「俺、これから徹夜だから。眠気ざましだよ」


 何を頼んだんだろう、という興味であたしはそれをのぞきこんで、ぎくりと固まった。


(いつものって、これをいつも食べてるのか)


 このメニュー、この店で見たことがない。ということは、彼が独自で頼んでいるんだろう。

 スープは、真っ赤か。汁の色もそうだけど、表面にはラー油が沼のような浮いている。麺の上には輪切りに切った鷹の爪の輪切りがもさっと積んであって、黒いものは山椒だろうか、黒胡椒だろうか。

 彼はさらに、カバンの中から、マイタバスコを出した。

 それを後ろから見て、あたしは精いっぱいの勇気をだした。「意識低い系女子」を馬鹿にしたことへのせめてもの意趣返しだ。


「……はっ」とわざと、聞こえる声をだして笑ってやった。



「あ?」

 

 機嫌悪そうな声をだして、紅い髪の子は振り向いたようだけど、あたしはもうレジ向かって歩いていた。だけど君も、できたてのラーメンを前に、あたしを構うだけの余裕はあるまい。


(辛いもの好き、というよりは。あれはもう)


 見てるだけで、辛さを通り越して、「痛い」。食べたら、口中が腫れあがる気がする。

 でもまあいい。あたしは寛大だから、人の味覚をこれ以上評論したりしない。

 だけど。だけど、あたしはひとつだけ、彼に言いたい。


(少なくとも、貴様の「意識が高い」わけではない!)


「意識高い人」の食べるものには見えなかった。


ここから恋に発展する……という無茶なお話なのです。

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