番外編 待ちわびた春(彼視点)3
真鍮でできたドアベルが高らかになるくらい、扉を勢いよく開ける。
道の前に立っていた彼女は、びくっと体を震わせた。
ゆるく波打つ髪をシンプルな髪留めクリップで、アップにまとめて。
グレーの縦編みタートルニットに、ミモレ丈の上品な黒スカート。
冬に合うダークトーンのコーディネートに、上半身を覆う大判の赤いショールが映える。
目の覚めるような赤だ。
(来てくれた)
俺たちは少しの間、硬直したようにお互いを認め合った。
俺は、彼女がどんな間抜けなコーディネートをしていたとしても。安物を着ていても。そう言おうと決めていた言葉を口にする。
「かわいいじゃん」
彼女は何か言おうとして口を開けたけど、何も言葉にならずにうつむいた。
あんなに強気だった彼女が。今。下を向いて、顔を上げられずに。店の中に入ることもできず、ずっとここで待っていた。
そのことだけでも、心が浮き立つ。
彼女が下を向くと、自然とショールに顔を埋めることになる。
自分を抱きしめるように、ぎゅっとショールの端を握ったまま、動かない。
でも、彼女が怯えてすがっているそのショールでさえ、俺が渡したものだった。
怯えられているようで、どこか頼られているような、矛盾に満ちた感覚を覚えて、ぞくりと心が騒ぐ。
「行こう」
俺は店ではなく、川辺へ降りる道を指さした。
このまま店に入ったとしても、たぶんきっと緊張し通しだろうから。
警戒するように動けない彼女に、俺は紙袋からカップを取り出す。
「まだ熱いから、気をつけて」
動けなかった彼女が、まるで子どもみたいにきょとんと目を瞬かせて、聞いた。
「何これ」
それが、本日の第一声だ。
ほかに言うことあるだろ。だけど、声が震えていないことにほっとする。
「ココア」
「あんた辛党なのに」
それは、別に俺のセレクトじゃない。
そう言おうとしたけど、両手でカップを持った彼女が、はじめてふっと息を吐いて笑ったから。
それはそれでいいことにする。




